30話 地獄の筋肉鬼ごっこ!!
「ひいいっ」
私は涙目になって、木陰に身を潜めていた。その周辺を、ノースリーブの軍服を着たマッチョ軍人たちがうろうろと徘徊している。
「ど、どうして、こんなことに……」
――そう、この話は数時間前にさかのぼる。
◇ ◇ ◇
「新人研修の最終訓練ですか……!」
カイル大佐と私が軍の新人研修に合流してから、1週間ほどが経過していた。
朝の挨拶代わりのスクワット敬礼に始まり、懸垂行軍、バーベルシールド演習、腕立て射撃と、その訓練メニューは苛酷なものだった。
しかし新人たちは誰一人弱音を吐くことなく、むしろ我先にと訓練をこなしていった。
流石、もともと聖バーベル教会に入信していたマッスルエリートたちである。
ちなみに彼らは自慢の上腕二頭筋を見せつける為、いつの間にか軍服の袖を勝手に切り取っていた。
その後、軍服を再支給する話も出たが、「どうせまた勝手に切りそう」という理由でこのまま放置されている。
――そんなわけで、ついに研修最終日を迎えることになったのだ!
「うむ。最後は今までとは違い、実践的な演習を行う!」
演習場である森の中、新人たちの前でカイル大佐は腕を組みつつ説明を始めた。
「演習は二チームに分かれておこなう。簡単に言えば鬼ごっこのようなものだ。鬼はささみチーム、逃げ手はブロッコリーチームとする!」
(ネーミングが筋肉食材……)
「私はこの森の奥にある岩山で待っている。ブロッコリーチームの一人が私に辿り着ければ、逃げ手の勝ち! それまでに全員捕獲すれば、ささみチームの勝ちだ!」
「おお、なんかちょっと面白そうですね。私は捕獲の判定員とかすれば良いですか?」
「いや、この演習にはコハルたちも参加してもらう」
「ひょえ!? 私もですか?」
「ああ。人数が多い方が訓練になるし、チームワークも磨けるからな!」
「な、なるほど。あれ、コハル”たち”って……?」
「勿論、彼らのことだ!!」
カイル大佐の言葉と共に、森の木陰から筋肉スライム達と、バルキーモンキー達が飛び出してきた。
「えええっ、こ、この子たちも参加するんですか!?」
「うむ。素晴らしい筋肉を期待しているぞ!!」
元聖バーベル教会の教徒、もとい軍の新人さん達から大きな歓声が上がる。
私は筋肉ムードで盛り上がるこの場の雰囲気におされて、一切のツッコミを封じられた。
「さあ、くじ引きだ!」
「あ、チーム分けはくじなんですね。どっちになるかな!」
私は差し出されたくじを引く。出てきたのはブロッコリーの札。
つまり、逃げ手ということだ。
「私はブロッコリーチームみたいです。一緒になった方、宜しくお願いします!」
顔を上げて、私はチームメンバーに挨拶をした。
すると私の傍には続々と、同じチームのみんなが集まって来て――
「……んっ!?」
――集まってきたのは、筋肉スライム軍団と、バルキーモンキー軍団だけだった。
軍の新人さん達は全員で集団となって、ささみチームの作戦会議を始めている。
「え、ええっ、ちょっと、このくじ、偏り過ぎじゃないですか……?」
「さあ、演習を開始するぞ――!!」
「くじのふり直しなしですか!?」
私の絶叫がこだまする中、容赦なく鬼ごっこ演習が開始したのだった。
◇ ◇ ◇
そして今に至るという訳である。
つまり私は、筋肉スライム達やバルキーモンキー達と協力して、このマッチョ軍人達に捕まらないように、岩山にいるカイル大佐を目指さなくてはいけないのだ。
(それにしたって、数が多すぎる……!)
ビルドさんは聖バーベル教会の教徒ほぼ全員が離脱したと言っていた。
その言葉通り、新入軍人さんの数は百人近くいる気がする。
私とモンスター達が動くに動けず木陰に身を潜めていると、ささみチームの高らかな笑い声が聞こえてきた。
「くくくっ、筋肉聖女さま! 我ら、勝負においては手を抜く気はありませんよ! すぐに何処に隠れているのか、探し当てて見せましょう!」
(一体何をする気なの!?)
(ぽよよっ)
(ウホ)
息を飲む私たちを知ってか知らずか、ささみチームは輪になって全員でスクワットを開始した。
それは、あまりに息の合ったスクワットだった。
統一された筋肉の動きはやがて膨大なエネルギーを生み出し、大地をも躍動させる。
「ゆけっ、スクワット地震――!!」
ゴゴゴゴゴッ!!!
砂煙と共に、地面がぐらぐらと激しく揺れて、まともに立っていることも難しい状況になる。
「きゃあっ!?」
『ぽよぽよ……!』
『ウホホホーッ!?』
私たちは必死に木や周りの物にしがみつくが、筋肉スライムのうち何体かがぽよぽよと転がり落ちてしまう。
「見つけたっ! 捕獲だーっ!!」
それに気づいたささみチームは、抜群の連携でスライム達を捕まえていく。
「……っ!! このままじゃ、全員やられちゃう。この隙に岩山目指して行くよ、みんなっ!」
私たちブロッコリーチームは必死に駆けだした。
すぐに、ささみチームが追いかけてくる。
「逃がしませんよ、聖女さま! マッスルダッシュ!!」
「ただの全力疾走じゃないですかああぁぁっ!?」
それにしたって、マッチョ軍人たちは物凄いスピードだ。
「追いつかれるっ! 奥の手、いくよ!!」
『ぽよっ!』
『ウホ!』
私の号令に合わせてスライム達は、びょーんと平べったくなって繋がり合う。
そうして一枚の布状になったスライムの端を、バルキーモンキー達がしっかりと握り締めた。
私は勢いよくその上に飛び乗る。
「秘儀! スライムトランポリン!!」
ぽよよよーん、と鍛えられた筋肉により生み出された弾力は、私を空高くへ導いた。
「ふふふっ! これが私たちの連携技よ!」
岩山の傍まで、ひとっとび! これで随分とショートカットが出来た。
トランポリンを作ってくれた皆は捕獲されてしまっただろうが、この演習は一人でも大佐に辿り着ければ勝ちなのだ。
彼らの頑張りを無駄にしない為にも、私がゴールするしかない!
だが、ささみチームも簡単には諦めてくれないようだ。
「素晴らしいですね、聖女さま! しかし、まだまだ負けませんよ――!
ウルトラスーパーマッスルダッシュ!!」
「純然たる、ただのもの凄く頑張っているダッシュですね!?!?」
マッチョ軍人たちは、恐ろしい程のスピードで迫ってくる。
私は何とか必死で走るも、筋肉量は彼らに圧倒的に劣っている。差がどんどん詰められていく。
「くっ、きつい……っ! しかも、昨日までの訓練での筋肉痛がぁああっ……!」
私は歯を食いしばって走る。魔法を使ったりしていたら、きっと追いつかれる。
ただただ、走るしかない!
『ぽよよっ!』
まだ捕まっていないスライム達が、軍人たちの足元に絡みついてマッスルダッシュを妨害する。
『ウホホホォーッ!!』
バルキーモンキー達も、プロテインパックや大佐の写真集を投擲して、軍人たちの気を引いて惑わしていく。
「皆も頑張ってくれている……! 私が、やらなきゃ!!」
幾多の妨害や誘惑を乗り越えて、ささみチームの何人かが私のすぐ背後まで迫ろうとしていた。
けれど同時に、岩山の上に大佐の姿が見えた。
私は気合を入れ直す。
「負けたくない……、絶対に、大佐の元に、辿り着くんだぁぁ!!」
その瞬間、私の周りがパアアッと明るく光り出す。
あの時と同じ、力がみなぎってくるような不思議な感覚に包まれた。
「ほう、その輝きは……!」
岩山の上で待機していた大佐が、目を見張るのが見えた。
「大佐っ!!」
私は大佐めがけて、思い切り地面を蹴って岩山へと飛びあがる。
「くっ、聖女さま! ま、眩しいッ!!」
追いかけてきた軍人さん達は私へ腕を伸ばすが、ぎりぎり届かない。
「やった!! 勝っ――」
私が大佐に触れて勝利宣言をしようとした、その時。
――ドカアアアアンッ!!
「……!?!?」
激しい閃光が辺り一帯を眩しく照らし、大爆発が起こった。
私と大佐は、その衝撃で森の彼方へと吹き飛ばされたのだった。