26話 私は頑張るって決めたんです!!
私とスライムたちに救出されたビルドさんは、プロテインの滝の岩陰で必死に呼吸を整えている。
「ぜえ、ぜえ、はあ、……ああ、死ぬかと思った……」
「ええと、お疲れ様です……?」
その様子を、私はしばらく遠巻きに眺めていた。
しかし光り輝く彼を見つめていたら、美少年写真集での不眠被害のことをじわじわ思い出してきた。
折角の機会なので、私は苦情を出しておくことにする!
「そういえば、ビルドさん!
以前に大量に送り付けられてきた写真集は何だったんですか!!」
「ああん? 素晴らしかっただろう??」
「素晴らしく迷惑でしたよ!!」
「なんだとぉ!
あの写真集を見ても、まだ美少年の虜になっていないというのか!?」
「なるか! ただただ眩しい安眠妨害装置でしたよ!」
「くそっ。折角の僕の完璧な作戦が……」
「作戦……?」
「この世界は、転生者のお前の無意識により左右される。
つまり、お前が筋肉推しから美少年推しに変化すれば、自然とここは僕の天下になるって寸法さ!」
「ま、まさか、そのプロモーションの為にあの写真集を……!?」
「そうとも! 特に水着特集には気合を入れたぜ」
「うーん、努力の方向音痴さん!」
「なにぃ!?」
「何の説明もなくいきなり写真集が送り付けられても、恐怖と驚きしかないですよ!」
「そうとも、僕の美しさに畏怖しな!」
「ちがーう!!」
こうして暫し不毛な言い争いをしていたが、やがてビルドさんにも思う所があったらしく、キッとこちらを睨みつけてきた。
「というか! 文句だったらこっちにもあるんだが!!」
「え、ええっ!? なんですか??」
「筋肉大佐の写真集! あれ、何なんだよ!!」
「……? ど、どうして大佐の写真集のことを、ご存じで……?」
「ご存じも何も、今、本屋であの筋肉写真集がバカ売れしてるんだぞ!?」
「ひえっ!? いつのまに、そんなことに……!」
「そして、……そして、だ――」
ビルドさんは忌々し気に拳を握り締めると、唇をかみしめた。
「僕の信者もあの写真集のファンになり、全員聖バーベル教会を退会していった!!」
「えっ。えええええっ!?」
「どうしてくれるんだ!! 返せっ、僕の宗教組織を返せよおぉぉ!!」
「なんかこう、本当に、ごめんなさい……?」
「あいつら、筋肉大佐の下で働くって言って、全員軍に入隊しに行ったんだぞ!!」
「ま、まさか今日大佐に急に仕事が入った理由って、入隊者が激増したから……!?」
意外なところで話が繋がってしまった。
いや、というか、聖バーベル教会が崩壊してしまったのは確かに気の毒だけれど。
私には、どうすることも出来ない訳で……。
「ええと、今日はその苦情を言う為に、ここに……?」
「それもだし、お前には色々言いたいことがあったんだよ!
ただ、転生者と話をするにはあの大佐が邪魔だからな。
奴が傍にいないことに気づいて、急いで転移魔法で飛んできたんだ!」
「そして運悪く、プロテインの滝に落ちたと……」
「ああもう、あれもこれも、筋肉が全部悪いっ!!」
ビルドさんは苛立たし気に頭を抱えて、改めて私を睨みつけてきた。
「――ええい、だが、苦情はもういい。
転生者に文句言ってもどうにもならんし、美少年推しに転じる様子もなさそうだし」
「はい、その、すみません……。
この世界がビルドさんにとって住み難いのは分かるんですが、やっぱり私は、大佐が……」
「……」
ビルドさんは複雑そうな表情で私を一瞥した後、ふいっと顔を背けた。
そして丸い月を見つめつつ、言葉を続ける。
「お前、ダンベリアとグルメシアの戦争を終わらせるつもりらしいな」
「……!! なんで、そのことを」
「舐めるなよ。僕はこの世界の”バグ”だぜ?
大体の情報は手に入るんだ。
それに魔法という形で、ある程度の世界改変も出来る。まあ、”転生者さま”には敵わないがな!
「うっ、そ、そんな言い方……!」
「転生者、お前はこの戦争を終わらせて、ハッピーエンドを目指してるんだろう?」
「っ、そうですよ。できるだけ皆を、幸せにしたいんです!」
「――そりゃあ、ここはお前の”おままごと”の世界だもんな」
ビルドさんのその言葉を聞いた瞬間、ぞっと全身の血の気が引いていく感じがした。
私が不安に思っていることを、的確に突きつけられてしまったから。
「な、何を……」
「そうだろう?
無意識的にとはいえ、この世界は、僕以外はお前にとって思い通りだ!」
「そんなこと!」
「お前の作った舞台で、お前の作ったお人形相手に物語を作っていりゃ、そりゃ楽しいだろうよ!」
「やめてくださいっ。皆のこと、そんな風に思っていません!」
「だけど、それが事実だ!!
お前は安全な世界で、頑張ったふりして、満足に浸ってるだけなんだよ!」
「……っ!!」
言い返せなかった私に、ビルドさんはニヤリと笑う。
「だから……、だから、僕が全部ぶち壊してやることにしたよ」
「え……?」
「このふざけた世界も、この世界の住人たちも、転生者、お前も!!」
ビルドさんの両手に強力な魔力が渦巻いていく。
彼は私よりずっと前から、この世界に存在していたのだ。おそらく魔法使いとしての実力は、最強格に近い。
「どうせ僕の望む世界にならないのなら……。
全部全部、ぶっ壊してやる!
まずはこの場所から!!」
ビルドさんの掌に集まった雷光は、空気を焦がしながらどんどん肥大していく。
眩しさに目を細めた瞬間、地面がビリビリと震えた。
「あっ、プロテインの滝が……!」
轟音とともに、稲妻をまとった魔力弾が放たれた。
閃光が夜を裂き、一直線にプロテインの滝へ向かう。
この滝は、おそらく問題解決のために大切な場所。
皆の筋肉パワーアップに必要な存在だろうし、食糧難解決の鍵も秘めているかもしれない。
壊されてしまったら、きっとよくないことになる!
「ハッピーエンドなんて迎えさせるか! あははははっ!!」
「駄目っ!!」
私は無我夢中で飛び出した。私の魔法では、ビルドさんの魔法を打ち返すことはきっとできない。
だったら、出来ることは、ただひとつ。
――ドォォンッ!!
私は自分の身体でエネルギー弾を受け止めた。
焼け付く閃光が肌を刺し、肺がひっくり返るような衝撃が全身を貫く。
そのまま私は、弾き飛ばされて滝つぼへ叩き落とされた。
『ぷよよっ!!』
筋肉スライムちゃん達が、慌てて助けに飛び込んで来てくれるのが微かに見える。
全身が酷く痛む。それでも、私は必死に彼らに手を伸ばす。
頑張るんだ。頑張るって、決めたんだから。
ここがどんな世界だったとしても。
ビルドさんに何と言われようとも。
ハッピーエンドを壊させたり、しないんだから!!
ザバァッ! と、私は筋肉スライムたちの助けを借りて、水の中から立ち上がる。
そして満身創痍の体を抱えながらも、真っ直ぐにビルドさんへ向き直った。
ふらつく足に力を込めて大きく深呼吸すると、声を張り上げる。
「いい加減にして――!!!」
キッとビルドさんを睨みつけた。
彼は私の行動に驚いているようだったが、それでも無言で睨み返してくる。
私はその迫力に気圧されることなく、言葉を続けた。
「言いたいことばっかり、言ってくれちゃって……!
貴方が邪魔をしてくるのなら、私は立ち向かいます!!」
決意を込めて、私は言い放った。
次回、コハルちゃん、反撃です!!