25話 プロテインの滝を求めて! 探検、南の森!
私が南の森に到着した頃には、既に空には満月が輝いていた。
「ここが……、プロテインの滝があるという森」
馬車の御者さんに聞いたのだが、この辺りは人の往来が元々少なく、特に夜には魔物が出るので誰も近寄らないのだという。
私も引き返すように説得されたのだが、無理を言って森の手前まで送って貰ったのだ。
「うぅ、暗い……。でも、こんなときこそ……!」
図書館を出てすぐに馬車に飛び乗ったので、探索の準備も殆ど出来てない。けれど、私には暗闇を打ち払う秘密兵器がある。
「――大佐の筋肉写真!!」
軍服の内ポケットから取り出したのは、とっておきのカイル大佐筋肉写真。しかも貴重な笑顔バージョンである!
パァァァッ……!
写真からはシックスパックの谷間から放たれるような、神々しい光が溢れ出した。
「ふふふ、これで夜の闇も怖くない!!」
木々の間に浮かぶ魔物らしき影も、光に照らされた途端に逃げ出していく。筋肉の輝きに怯えて去っていったのだろう。まさに完璧な作戦である。
「……」
しかし、それでも夜の森には不気味な雰囲気が漂う。風が枝葉を揺らすたび、「フンッ!」「ハッ!」とまるで筋トレの掛け声のような音が響き、私はごくりと唾を飲む。
「大丈夫、怖くない、怖くない……」
私は自分に言い聞かせながら発光する大佐の写真を握り締め、森の中へと足を踏み出していった。
◇ ◇ ◇
それから私は森を歩き続け、随分と奥深くまでやってきた。
「……何だろう、この視線」
見張られているような違和感を覚えるのは、恐怖心のせいだろうか。
「でも、目的地に近づいている気がする……」
私がそう感じるのは、筋肉聖女見習いとしての第六感――などではなく、単に辺りの植物の枝葉が、妙にムキムキと逞しく隆起し始めたからである。
ついでに、落ちている石や岩も、何となく胸筋や上腕二頭筋などの形をしているように見える。
「もう少し、……きっともう少しですよね、大佐!」
写真の大佐に話しかけつつ進んでいくと、やがて水音が微かに聞こえ始めた。
「やった、もしかして!!」
滝が近いのかもしれない。私の胸は高鳴り、足取りが早まる。
だが、その瞬間、頭上からけたたましい声が響いた。
『ウッホォォォーーッ!!』
筋骨隆々の猿――バルキーモンキーが飛び降りてきた! 一体、二体……いや、十体以上!?
満月を背に、毛並みの間から盛り上がる大胸筋がギラついている。
「ひえっ、多っ!? ちょっと、近い近い近い!!」
私は慌てて両手をかざした。
「ウインドショット!」
鋭い風弾がモンキーの一体を吹き飛ばす。だが、すぐ別の個体が迫り来る。
彼らは筋肉写真の光に怯むどころか、「フンッ!」「ハッ!」と鳴き声をあげつつ群がってくる。
まるで、「光源があるぞ! 筋トレだ!」と言わんばかりである。
「森で聞こえていた奇妙な音は、あなたたちだったの?
というか、なんで逆にテンション上がってるのよーっ!?」
魔法で何回吹き飛ばしても、バルキーモンキーの数が減る気配はない。むしろ「さぁ腕立てだ!」「スクワットだ!」と筋トレお代わりのノリで立ち向かってくる。
「えいっ! とうっ!! きゃっ、あああっ!?」
私はじりじり追い詰められ、ついにモンキーたちに担ぎ上げられてしまった!
彼らは私を持ち上げたまま、ご機嫌な様子で森を駆け抜けていく。
「ちょ、ちょっと待って!? 私をダンベル代わりにしないでーっ!」
あまり害意は無さそうなのが救いだが、このままでは折角聞こえてきた水音から遠ざかってしまう。
「私は……、私はプロテインの滝に、行かなくちゃいけないの――!!」
私が叫んだ瞬間、握り締めていた大佐の筋肉写真が、いっそう明るく光り輝いた気がした。
そして――!
『ぷるるるるっ!!』
その光に導かれるように、四方八方から、無数のぷるぷるスライムが集結した。
しかも、ただのスライムではない。彼らのお腹にはぷるるんと、シックスパックが刻まれている。
「筋肉スライムちゃんたち!!」
そう、以前に大佐の弟子入りをした、筋肉スライムたちだ!
彼らは屈強なバルキーモンキーの腕や足に絡みつき、その動きを止めようとしている。
「もしかして、助けに来てくれたの!?」
しかし、相手は筋肉ムキムキのバルキーモンキーの群れだ。いくら大佐の指導を受けたとはいえ、スライムたちでは――。
「……いや、耐えてる!? すっごく耐えてる!! ありがとう!」
そう、敵も筋肉ならば、スライムたちもまた筋肉だった。
数で勝るスライムたちは、チームワークも駆使して絡みつき、バルキーモンキーの群れ相手に互角の踏ん張りを見せている。
まさに互いの筋肉をかけた熱い戦い!
その隙に、私はバルキーモンキーの拘束から抜け出した。
「ごめんね、お猿さんたち!
私には行かなくちゃいけない場所があるの!!」
スライムたちが時間を稼いでくれたので、私は意識を集中して上級の魔法を唱える。
「ウインドバースト!!」
轟音と共に風が炸裂し、バルキーモンキーたちをまとめて吹き飛ばした。
『ウホォォォ……!』
森に響く悲鳴。彼らは夜の闇に消えていった。
スライムたちはその瞬間、『ぷるるっ!』とモンキーたちから離れて、私の足元にぽよんと着地する。
「みんな、ありがとう! でも、どうしてここに?」
私が問いかけると、彼らは大佐の筋肉写真を囲むように輪になり、スクワットを始めた。
「まさか大佐の写真に導かれて……!?」
彼らは肯定するように、ぷるぷると跳ねる。頼もしすぎる仲間に囲まれて、私は思わず笑顔になった。
光り輝く大佐の写真は、やはり絶対の道しるべだったのだ。
「よし、目的地まではきっとすぐだよ。皆も一緒に行こう!!」
こうして私は、先程水音が聞こえた方向へ、スライムたちを連れて駆けだした。
◇ ◇ ◇
駆けた先、険しい森を抜けると開けた渓谷が現れた。
その遥か頭上から勢いよく流れ落ちるのは、甘い香りのする乳白色の液体だ。
「ここが、プロテインの滝――!」
水の溜まった周囲はごつごつとした岩で囲まれており、静謐としていて、何処か神々しい雰囲気を放っている。
スライムたちは歓喜するように、私の足元でぽよぽよと飛び跳ねた。
「本当にあったんだ!
ここで滝に打たれて修行……するかはともかく、水質調査しないと!
みんな、手伝ってくれる?」
私はひとしきり感動した後、本当の目的のために動きだす。
そう、折角見つけ出したこの滝の活用方法を考えなくてはいけない。推測通りこの水が本当にプロテインなのかどうかも、調査が必要だった。
私は慎重な足取りで川辺の岩場にのぼる。
そして乳白色の液体に触れようとした、その時だった。
「――!? えっ、な、なに……??」
突然、プロテインの滝が眩く輝きだす。
その中心は滝つぼで、ザバアッ! と水を弾きながら、何かの姿が浮かび上がってきた。
「え、え、えっ、急展開!?
まさか、筋肉の神さまとかが現れちゃったりして!?」
私は警戒しつつ、ごくりと息を飲む。スライムたちも、身構えている。
そして、遂に水の中から、はっきりと正体を現したのは――!
「光り輝く究極の美! 完璧無欠の神々しさ!!
究極☆完璧☆美少年、ビルド・マッソ降臨!!」
「お前かい!!!!」
どうりで眩しいと思った。出現したのは筋肉の神ではなく、光り輝く美少年だった。
「くくくっ、転生者よ、油断したな!
今日は大佐が傍にいな……ガボガボガボ……っ、甘、なにこれッ、プロテイン……ガボガボ、ッ!?」
そして彼は、プロテインの滝つぼで溺れ始めた。まあ、凄い水の勢いだから無理もないが……。
「いや、あなた何をしに来たんですか!?
ああもう、ほら、手を貸しますから――というか、やっぱりこの水、プロテインなんですね??」
目の前で溺れている人を放置するのも気が引ける。というか、このままでは調査も何もできないし。
私は戸惑いつつも、取り合えずスライムたちと協力して、ビルドさんを滝から引きあげたのだった。