24話 ダンベルよりも重い本の秘密!
私は王立図書館の地下に辿り着いたが、辺りに他の人の気配はない。どうやらここに置いてある本は古い資料などが多く、一般の人はあまり読みに来ることは無いらしい。
「ええと、食材図鑑、食材図鑑……ひえっ!?」
所狭しと置いてある本棚を眺めながら目的の本を探していると、それは唐突に現れた。
「お……大きくない!?」
表紙に”ダンベリア食材図鑑全集”と書かれたその本の背丈は、私の半身ほどありそうな高さだった。分厚さも相当なものだ。
私は少し狼狽えたが、気合を入れ直してその図鑑を手に取ろうとした。
「えっ、なにこれ、しかも本の表紙が……鉄板!?
んぬぬぬぬ……っ、重っ!! そこら辺のダンベルよりも、重っ!!」
しかし、持ち上がらない。片手で持ち上げるどころか、両手で全力投入しても、運ぶことが出来るかすら怪しい。
「うぅ、大佐が……。こんなとき、大佐がいてくれたら……」
きっとカイル大佐なら、こんな重量級の本でも軽々と持ち上げてしまうのだろう。今日は諦めて、改めてまた大佐にお願いして、図書館に一緒に来て貰おうか。
そんな考えが頭に過るが、私はそれを振り払った。
「だめっ。大佐は私を信じて、一人で送り出してくれたんだから。
自分でできる所まで、頑張らなくちゃ!」
私は本へと向き直ると、集中力を高める。
「ウインドショット!」
本を傷つけないように細心の注意を払いながら、弱めの風魔法を使って私は図鑑を浮かせた。
「で、できた! これで借りることは出来なくても、館内で読むことは出来る!」
私はそのまま、そろりそろりと本を浮かせて移動していく。そして、地下の机が置いてあるスペースまで図鑑を運ぶことに成功した。
「やったー! やっと調べることが出来るっ。ノートを持って来てよかった」
それから、鉄板の表紙を開く作業に苦労したりしつつも、私は何とか調べ物を開始した。ダンベリアの特産物などはある程度勉強していたつもりだったが、図鑑は流石、情報量が違う。
「アイアン芋は黒い外観で石のように重い。鉄分含有量は、他の芋類の10倍以上!
火を通すと柔らかくなり、甘みが増す……」
私は持参したノートに、目ぼしい情報を書き留めていく。
「マッシブキャベツの重量は、およそ1玉20kgに達する。キャベツステーキの噛み応えは抜群で、咀嚼筋の鍛錬にも便利。
『キャベツ一玉を抱え上げられるか』が求婚の条件となる地方もある……」
「トライセップ麦は1本の茎から、三方向に別れた稲穂を付ける。過酷な環境でも強く逞しく育ち、栄養価も抜群なので主食として重宝される。
『ナイスバルク!』『仕上がっているよ!』と声をかけて育てると収穫量が三倍になる……?」
「バーベル葡萄は、房全体がバーベルのような形状をなす。粒は濃い紫で大きく、手のひらで掴むとずっしり重い。糖度が高く、干すと保存食になる。
この葡萄で作ったワインを飲んで酔うと、何故か語尾が『マッスル』になる……!」
……調べてみてよく分かったが、やはりダンベリアの作物はかなり独特だ。
隣国であるグルメシアとそこまで環境は変わらない気がするのだが、何がこんなにも、全てを筋肉気質へ変えているのだろう。
「うーん。もし食事が気に入って貰えたとしても、グルメシアで育たない作物では意味がないし……」
グルメシアの食糧難を解決しない限り、本当の意味で皆が幸せにはなれない。ダンベリアから一時的に作物を提供することが出来たとしても、ずっと続けるのは現実的ではないだろう。
グルメシアは高級食材ばかりを育てているため、量が足りずに食糧不足に陥っていると聞いている。ならばダンベリアの作物を紹介すれば良いかと考えたのだが、この図鑑の最後にはこう記されていたのだ。
――これらの作物は特にダンベリア南西地方にてよく育つ。土壌の特性によるものと推測されるが、詳細な因果は依然不明。
「土壌の特性……」
私には残念ながら、農業的な知識は全くない。図鑑の筆者に不明なものは、私にも不明である。
「でも、何かヒントはないかな。何か、何かーっ……!」
すがるような気持ちで図鑑を開き直そうとしたとき、ふと違和感に気づいた。
「んっ?」
鉄板である図鑑の表紙に、不自然なくぼみがある。不思議に思って詳しく調べてみると、細い切れ目のようなものが入っている。
「何これ。え、私が壊したんじゃ……ない、よね?」
風魔法を使った時に壊れたのではない、と思いたい。祈るような気持ちで、その切れ目の部分を撫でていると、カチリ、と金属質の音がした。
「ひえっ、さ、さらに壊れた!?」
私は狼狽えたが、次の瞬間に息を飲んだ。図鑑の表紙の鉄板の切れ目部分が、蓋のようにぱかりと開いていたのだ。
壊れたのではなく、最初から細工がしてあって、よく調べると開くようになっていたのだろう。
「館長さんにお知らせした方が良いかな……」
この図鑑は図書館の蔵書だし、と私は考えたが、好奇心に勝てなかった。私は開いた蓋の中をそろりと覗き込む。
「これは、……本?」
それは薄い革張りの本だった。この図鑑よりも古いもののようで、紙も変色しているしぼろぼろだ。表紙のインクも滲んでいたが、『秘録』という文字が読みとれた。
(――!!)
その本を手に取って、私は読み始めた。中の紙面にも傷みが多く、破れているページもある。ただ、大佐から聞いたことのある、筋肉聖女の伝説の話などが確認できた。
そして、こんな内容が続いていた。
――筋肉聖女は、森の奥深くにある聖なる滝で心身を鍛え、厄災に備えていた。その滝の水は泡立ち、乳白色に濁り、飲む者に力を宿す。
「これって、まさか……プロテインの滝!?」
私の妄想の産物だったはずが、本当に存在していたとは。いや、この本の内容が事実かは分からないけれど。
でも、これだけ厳重に隠されていた本に記載されていたことである。真実かどうか、確かめてみる価値はあるように感じた。
プロテインの滝が本当にあるなら、良い栄養源にもなるかもしれないし!
「場所は!? このプロテインの滝は、どこに――!」
私は必死に、ボロボロの本に書かれた文字を追いかける。
「その滝は南の森の奥深くにある。
――ただし、満月の夜にしか、現れない!?」
私は慌てて次の満月の日を調べた。そしてすぐに、衝撃の事実を知る。
「満月は――今日!?」
どうしよう。次の満月まで待つというのが、安全な選択肢だと思う。
だけど、和平の為のお食事会の日程がどうなるのか分からない。次の満月まで待っていたら、間に合わなくなるかもしれない。
それに、深刻な食糧難のグルメシアの人たちを一刻も早く救ってあげたい。
「……っ、い、行こう!!」
私は決意した。時計を見ると、既に夕刻になっている。今から南の森へ向かえば、丁度、日も暮れて夜になるだろう。
大佐にも相談したかったが、軍に戻っている時間は無さそうだ。私一人で、やるしかない。
「私ならできる、私ならできる……。えいえい、おーっ!!」
こうして私は図書館を後にして、馬車で南の森へと向かったのだった。