22話 グッズ展開が速すぎます!
「君が筋肉聖女だというのは、本当か、コハル!?」
「ひえっ! あ、いえ、それは!! 勢い任せの方便と言いますか……」
バルク3世様の言葉を確認するように、カイル大佐が私に詰め寄る。私は慌てて否定しようとしたが、その前に、彼はふむと考え込み始めた。
「しかし、可能性はあるな……」
「大佐?」
「この前の戦いで、私が幻術でプロテインの湖を泳ぎ回っていたときのことだ」
「ありましたね、そんなこと」
「私はすっかり敵の術にはまってしまっていたが……。
不意にコハルの声が聞こえた気がして筋肉が呼応し、目覚めることが出来たのだ」
「それなら、あれを飲み干したときは正気だったんですか!?」
「なるほど! コハルがカイルの筋肉に力を与えたということだね」
バルク3世様は、カイル大佐の説明に感心したように頷く。大佐は真面目な顔のまま、付け足すように言葉を続けた。
「それだけではない。筋肉の盾も、普段よりも格段に良い仕上がりだった!
これもコハルが傍にいたから、という可能性も考えられる」
(そうなの……??)
私は筋肉の盾をあのとき初めて見たので、仕上がりの良し悪しは分からなかった。
ともあれ、大佐は嘘を吐くような人ではない。だから少なくとも、彼がそう感じたのは事実なのだろう。
しかし、「確かに! それなら私が筋肉聖女ですね!」とはやはり言い難い。
「いえあのでも、自覚はまったくなくて……。
白状しますが、筋肉の声も聞こえませんし……」
困り果てた私の様子を見て、バルク3世様は優しく微笑む。
「まあ、全てが伝説どおりとも限らないよ。ただ、コハルには不思議な力がある。それは間違いなさそうだ。
カイルの目に狂いはなかったということだね」
「へっ?」
思いがけない話の展開に、私はカイル大佐の方へ視線を向けた。彼は不服そうに眉を寄せていたが、バルク3世様は気にせず話し続ける。
「君を自分の部隊に引き取ると言い出したのは、カイルなんだよ。ダンベリアには珍しい、魔法の才能を持った軍人希望。
もっと後方支援部隊で頑張ってもらう案もあったけど、カイルの希望で第七部隊に配属になったんだ」
「し、知りませんでした。大佐、どうして」
「………」
大佐は答えない。バルク3世様は、くすくすと楽しそうに笑っている。
「???」
間延びした空気を引き締めるように、バルク3世様がポンと一つ手を叩いた。
「とにかく、結論をくだすのは早計だね。
だから、コハルには”筋肉聖女見習い”ということで、このままカイルの下で働いて貰おうと思うんだ!」
「……!?」
一瞬、脳が硬直しかけたが、慌てて無理やり働かせた。まって、これ、国王であるバルク3世様が宣言するということは、私が国の公式な筋肉聖女見習いになってしまうということ??
今ですら非公式で既に随分話が広がってしまっているのに、国のお墨付きまで出てしまったら、どうあがいても逃げられなくなってしまう!
「た、大佐の直属のままは嬉しいですが、その肩書き要りますか!?」
何とか思いとどまって貰おうと説得を試みるが、それより前に、バルク3世様が机の上に大荷物を広げ始めた。
「いやぁ、実は、キンバリーと、侍女たちがが盛り上がっちゃってねぇ!」
――どどん! と並べられたのは、大量の筋肉聖女グッズだった。
私の写真がプリントしてあるトレーニングウェア(全サイズ展開、色は3種類)を中心に、筋肉聖女ダンベル、筋肉聖女プロテインシェイカー、喋る筋肉聖女人形なんていうものまであった。ちなみに人形の声は、侍女が吹き替えしているらしい。
「ううっ……!」
私は眩暈で、思わず魂が抜けかけた。肖像権……! と一瞬思ったが、この世界の人にはきっとそんな概念はない。そして悪意もない。
100%の純粋な善意から繰り出される、恐ろしき熱量……。
「すでに城内には勿論、町にもグッズが広まっているよ!」
「流通速度、どうなっているんです??」
「そういえばさっき侍女たちとすれ違った時、新しいグッズ用の写真が撮れたってはしゃいでいたな」
「ああっ!! おめかし後の写真撮影の目的はまさか……!?」
「そんなわけで、筋肉聖女見習いということで頼むよ。ねっ!」
2メートルの筋肉ムキムキマッチョマンとは思えぬほど、バルク3世様は爽やかかつ可愛らしいノリでお願いしてくる。
私は助けを求めるように、カイル大佐に縋った。
「大佐! 大佐はそれで良いんですか!?
部下が筋肉聖女見習いだなんて、やりづらくないですか??」
「……私はコハルが何者であろうと、君の味方だ」
「きゅんっ!!」
「はっはっは、よし、それなら決まりだね!」
「ああ、待ってください、決めないで!
唐突な、その唐突な台詞はズルいです、大佐ぁ……!」
「あと筋肉聖女見習いグッズの売り上げは、和平の為の食事会の準備費用にばっちり回すから!」
「それは正直、ありがたいですっ!!」
結局、私は正式に「筋肉聖女見習い」ということに決定してしまった。だから何か仕事が増えるという訳ではなく、今まで通り、大佐のもとで働いていて良いらしい。
怒涛の展開に疲れ果てた私は、もっさりとしたオートミールタワーをやけ食いしつつ、頭を抱えるのだった。
◇ ◇ ◇
「……なんだか、大変なことになってしまいましたね」
お茶会の後、バルク3世様はお仕事で離席された。私とカイル大佐は腹ごなしもかねて、お城の庭園を少し歩いてから帰還することにしたのだ。
そう、まるでデートみたいな状況! しかし色々な決定事項に混乱中の私は、なかなか素直にこの状況を楽しめずにいる。
(それに……、)
そこかしこに咲き誇るバーベルローズは、風に揺られてカランカランと硬質の音を立てている。
マッチョデイジーは逆に、太い茎をまっすぐに伸ばし風に吹かれてもびくともしない。
マッスルスミレは可愛らしいが、葉の曲がり方が多種多様なマッスルポーズになっている。
(庭園の、筋肉圧が凄い……)
落ち着かない様子で庭園を歩く私に、見かねた様子の大佐が声を掛けてくれた。
「任務が不安なのか? コハル」
大佐の言葉に足を止めると、私は静かに首を横に振った。
「いえ、お食事会の方に関しては……心配もありますが、むしろやる気に満ちあふれています!」
「そうか。なら、どうしてそんなに浮かない顔をしている」
「筋肉聖女の方ですよ。勢いとはいえ自分で言ったことなので、自業自得ではあるんですが……」
「名誉ある称号だぞ。問題ないだろう」
「問題しかないですよ! 大佐もバルク3世様も私に特別な力があると仰いますけれど、当人の自覚ゼロなんですよ? 訓練するにしたって、何をすればいいのやら……」
筋肉聖女見習いの訓練ってなんだろう。プロテインの滝とかに打たれれば良いのだろうか。……絶対に違う気がする。
「……コハル。筋肉の強さは、心の強さだ」
「へっ? は、はい」
「そして、心の強さは、筋肉の強さでもある」
「大佐?」
「君の筋肉そのものは確かに、まだまだ鍛える余地がある。しかし、君の心は強い」
「……!!」
「敵対しているグルメシア兵に料理を振舞うなど、私たちにはなかなか思いつかない発想だ。だが、コハルはそれを思いつき、実践した。
その結果、打開策が生まれようとしている」
大佐の真剣な言葉に私は息を飲む。夢中でとった行動だったけれど、こんなに評価して貰えていただなんて、胸が温かくなってくる。
「肩書に縛られることは無い。君は、君の思う道を行けば良い。
その道を示す者が、きっと聖女と呼ばれるのだろう!」
「道を示す……、皆で幸せになる、未来を!!」
「ふんっ!」
――パァンッ! と大佐の燕尾服が弾け飛ぶ。
「私は、全力でそれを支えるつもりだ」
「た、大佐ぁああっ!!」
私はカイル大佐に駆け寄った。大佐は私に、道を示せと諭してくれた。だが、むしろ道を示されたのはこちらの方だった。
感極まって、私は大佐の手を取る。
「私、頑張ります! 頑張りますから!!」
「うむ!」
そしてその瞬間、ガサリ、と大きな物音がした。振り返ると、見覚えのある城の従者の人の顔があった。あ、あれは確か、さっき誤解をさせてしまった――
「おっ、おお、お、お邪魔しましたぁっ!!!」
彼は声を裏返らせながら、飛び跳ねるようにして立ち去っていく。
うーん、既視感。私は現実逃避したくなる思考を無理やり引き留めつつ、今の状態を確認する。
城の庭園で、若い男女が二人きり。片方は半裸で、二人の距離は近い。
ああ、駄目だこれ。勘違いされるやつだ。しかも2回目だ。なんで同じ人に、2回もこんな状況で鉢合わせてしまうのか。
とにかく、私は精一杯息を吸い込んだ後、叫んだ。
「誤解です、誤解ですからぁぁぁっ!! 戻って来てえええぇっ!!!」
王城の庭園に、私の虚しい悲鳴がこだました。