20話 史上最高のおめかしです!!
あれから護衛任務は無事に終了し、全員が元気にダンベリア城下町へ戻ってくることが出来た。その数日後、私とカイル大佐は改めて、国王バルク3世様から王城に呼び出されたのだった。
「「「コハル様、お待ちしていましたっ!!」」」
「は、はいっ……!」
そして私はダンベリア城の客室で、三人の筋肉ムキムキレディー達に囲まれている。ちなみに大佐は別室へと連れられて行った。つまり、1対3の逃げ場なし状態である。
「キンバリー王女様から、お噂はかねがね!」
「きゃーっ、筋肉聖女様よ! やっぱり美人ね、それに神々しいし品があるわ!」
「私のトレーニングウェアにサインをくださいませんか!?」
彼女たちは、筋肉風邪で倒れていたと聞いていた、キンバリー王女様のお世話係の皆さんらしい。病気はすっかり完治したらしく、元気満点で私に迫ってくる。
私はおろおろと応対していたのだが、やがてそのうちの一人が我に返ったように時計を見上げた。
「はっ、いけないわ! もっと交流を深めたいのは山々だけど、私たちには使命があるもの!」
「使命……ですか?」
「そうです!」
「そうだったわ!」
「さあ、やるわよ…!!」
「「「覚悟は宜しいですか、コハル様――!」」」
筋肉レディー達の目がキラリと光り、三人が全員、手をワキワキさせながら私の方へと近づいてくる。
「えっ、えっ、ちょっと、何が始まるんですか?? 女子会筋トレフェスティバルとかですか!? まってください、話せば、話せばわかる、あ、あああーっ……!」
ごくごく普通の筋肉しか持たない私は彼女たちにかなうはずもなく、されるがままになってしまうのだった……。
◇ ◇ ◇
たっぷり30分程経過した後、私はすっかり着飾られた状態で、客室の鏡の前に立っていた。
「こ、これが……、私……!?」
選ばれたラベンダー色のドレスは光を受けてほんのり銀色に揺らめき、裾が大きく花のように広がっている。胸元や袖には細かなレースが散らされていて、動くたびにきらきらときらめいた。
肩までの栗色の髪には花飾りが差され、耳と首元には宝石があしらわれている。
「ふふふっ、自信作です!」
「久しぶりに腕が鳴ったわぁ!」
「やっぱり、素材が良いと映えるわね!!」
筋肉レディー達は満足げに私の姿を上から下まで確認すると、魔導カメラを取り出して連写し始めた。
「はい。笑ってください!」
「あ、困ったようなその顔も魅力的!」
「次はマッスルポーズを!!」
「……え、えっ? えーっと、マッスル! あ、いや、違う!! ちょっと、まってくださーい!!」
暫し勢いに押されて撮影をこなしてしまった私だが、我に返って止めに入る。
「一体何が起こっているんですか……?」
何も分かっていない様子の私に気づいた筋肉レディーたちもハッとして、慌てて説明を返してくれた。
「あれ、もしかして、何も説明を受けていらっしゃらなかったんですか!?」
「それは失礼しました!」
「護衛任務成功のお礼のお茶会が開かれるとのことで、コハル様のお召し物を用意するようにと仰せつかっておりまして……」
「そ、そうだったんですか!?」
完全に初耳だった。ここに呼ばれたのは、護衛任務の日にあった出来事を詳しく説明する為だと思っていた。衝撃を受けていると、扉の向こう側からノック音が響く。
「コハル、準備は出来たか?」
「――大佐っ!!」
その声の主を意識して、少しドキドキする。普段の私は簡素な軍服だが、今日は転生前を含めても、史上最高というほどにおめかしをしている。
大佐はこの格好の私を、気に入ってくれるだろうか。可愛いと思ってくれるだろうか、なんて、ちょっぴり期待もしてしまう。
「……さて、私たちはそろそろ戻りましょうか!」
「ええ、そうね! 聖女さま、楽しい時間をありがとう!」
「お茶会、頑張ってくださいね!!」
「えっ、え、皆さん……!?」
そして大佐の登場を合図にするように、筋肉レディーの皆さんは応援の言葉を残して、そそくさと退室していってしまった。もしかして、気を遣われてしまったのだろうか。
その心遣いはありがたいが、このドキドキした気持ちのまま、急に大佐と二人きりになるのは心臓に悪い!
一人であわあわしていると、ほどなくしてガチャリと扉が開かれた。
「準備は終わったと侍女に聞いたが、返事がなかったな。大丈夫か、コハル――」
「ひょえっ!!」
最悪だ。可愛く思ってもらいたいのに、第一声で奇声を発してしまった。私は全力で自己嫌悪に包まれたが、それもほんの一瞬のことだった。
なぜなら、登場したカイル大佐もまた、私の知る大佐史上最高におめかしをしていたからである。
広い肩と厚い胸板は、黒地に銀糸を散らした燕尾服に包まれている。指には宝石をあしらった白手袋。背筋は剣のように伸び、首元には深紅のタイが華やかに結ばれている。
「か、格好いい……」
私は完全に見惚れてしまい、語彙力を消失させた感想が思わず口からこぼれていた。
「――そうか、ありがとう」
扉を閉めた大佐の、小さな小さな返事の声が聞こえた。こちらには背を向けたまま、表情は確認できない。いつもは真っ直ぐ目を見て話す人なのに、と思っていると、さらに小さな声が続いた。
「君も、よく似合っている」
「……っ!!」
カイル大佐の言葉に、私は一気に全身の体温が急上昇した感覚におそわれた。なにこれ。なにこれ嬉しい、けど、ドキドキし過ぎて胸が苦しい。
「あっ、あ、……ありがとうございます……」
彼の背中すらまともに見ることが出来なくて、私は視線をうつむけながらお礼を告げた。それでも口元は、にやにやと緩んできてしまう。
「え、ええと……、大佐は、貴族のご出身だと仰られていましたものね。流石、とても素敵です!」
「……ああ。とはいえ、最近は軍服を着る機会しかなかったからな。まさか、バルクが急に茶会を開くと言い出すとは……」
「……」
「……」
私は何だかもじもじしてしまって、普段のように会話が出来ない。それは大佐も同じようで、いつもより沈黙の時間が長くなる。
それでも、決して嫌な気持ちではなかった。胸にじわじわと幸せが染み込んでくるような、不思議な感覚だった。
「あ、た、大佐……!」
「なんだ?」
「もし良ければ、その……、そのお姿を、もう少し近くで見ても良いですか? ほら、こんな機会、もう二度とない可能性までありますし!」
「別に構わない、が……」
「……が?」
「別に正装くらい、見たいというならいつでも見られるだろう」
「え、えっ、それって……?」
お願いすれば着替えてくれるということだろうか。私の為に? 何だか特別をもらったみたいで嬉しい。
私はにやけた表情をさらに緩めつつ、許可を貰ったので大佐の燕尾服姿を間近で眺める。鍛えられた肉体の盛り上がりに、品の良い滑らかな布がぴたりと沿い、力強さと優美さが同居している。
「ふふふっ、やっぱり、素敵です。勿論、普段の軍服姿が一番大佐らしくはありますが……。色んなお姿が見られて、とても嬉しいです」
それはカイル大佐が私の推しだから、というだけではない気がした。ゲームではないこの世界で、実際に一人の人間として彼と接して、沢山助けて貰って、色んな一面を知って……。
(私……私は、やっぱり、カイル大佐が……)
胸にこみあげる思いの答えを探しながら彼をじっと見つめる。
そうして、結論に辿り着こうとした、そのときだった。
――パァンッ!!
弾け飛んだのだ。大佐の燕尾服の上半身が。
「??????????」
私は驚きのあまり、目が点になった。思考は当然、中断された。
いや、大佐の服の上半身が吹き飛ぶのはもはや慣れっこだったが、まさか軍服以外でも発生するとは思わなかった。
「大佐……??」
「むぅ、すまない……。少し感情が――乱れすぎたようだ」
「感情の乱れでも発生するんですね、これ!!」
そして露出される、カイル大佐の隆々とした筋肉。見慣れない燕尾服姿と比べ、もはや実家のような安心感さえある。布面積が随分と減少したのに、逆に得られる安心感って何だろう。
「って感心している場合じゃない! ど、どうしましょう、大佐! 燕尾服の替えなんて、私、持っていません……!?」
私は絶望した。何となく、弾け飛んだカイル大佐の服を差し出すことは、自分の仕事だと認識していたのだ。しかし軍服ならともかく、燕尾服の持ち合わせはない。
冷静に考えればどう考えても私の仕事ではないのだが、ともあれ私は混乱していたのだ。
「落ち着け、コハル。私ならば問題ない!」
「問題しかありませんが!?」
そんな中、扉の外から新たにノック音が響く。
「お二人ともお待たせしました。お茶会の準備が整いましたので、こちらに――」
呼びに来た従者は、返事を待たずに扉を開けた。
そのとき彼が見た光景は、上半身裸の燕尾服を着た大佐と、その傍でおろおろとする私。それを認識した瞬間、完全に硬直したようだ。
「おっ、お、お邪魔しましたああああっ!!!」
数秒ほど固まった後、彼は悲鳴のような絶叫を残して駆け去っていく。
私は最初こそ全く意味が分からなかったが、やがてどういうことが起きたのか脳がゆっくりと理解していった。
「……は? えっ、へ、えっ……? ああっ!?」
若い男女が密室で二人きり、しかも片方は半裸であったのだ。怪しげなことがおこなわれていたと勘違いされても、全く文句は言えないだろう。
そう、何だか慣れ過ぎてしまったが、半裸って本来は異常事態なのである。
「ち、違いますっ!! 違いますからね!!!!」
それでも、否定せずにはいられない。私は慌てて扉を押し開け、必死に叫ぶ。
「誤解です、誤解ですっ!! 戻ってきてえええっ!!!!」
王城の長い廊下に、私の絶叫がこだました。