2話 筋肉聖女なんて嫌ですよ!?
「さあ、説明は以上だ。
敵が密集している地帯へ移動するぞ!」
「いえ、待ってください、大佐」
「なんだ、怖じ気付いたのか?」
「ある意味怖いですよ、半裸でキメ顔の貴方が!!」
そう、カイル大佐は上半身裸だった。
ついさっきまで普通に軍服を着ていたはずなのに、説明の途中で突然「見せてやろう」とか言い出して上着を脱ぎ捨て、そのまま堂々と立っている。
確かにナイス筋肉だ。左右均等に盛り上がる大胸筋、腹直筋の彫刻のような割れ目、腕を少し曲げるだけで盛り上がる上腕二頭筋。
ゲーム時代から彼の立ち絵にこっそり見えていた逞しい腕を堪能したことはあったが――実物は情報量が多すぎる。
いや、本当に。情報量が。多すぎる。
「……っ」
思わず目をそらす。正直、眩しすぎてまともに直視できない。視界がうるさいのだ。この状態で任務の話をされても、頭に入ってくるはずがない。
「移動するなら、本当に着てください! 服を!!」
「必要ない。我々に必要なのは、任務遂行への固い意思だけだ!」
「ああ、その決め台詞をこんなどうでもいい場面で!!」
頭を抱える私。カイル大佐はふざけているわけではなく、本気だ。
もともと寡黙で実直、融通が利かないところもあったが――今はそこに“筋肉信者”という属性が追加されてしまっているらしい。
どうしてこうなった、本当に!!
「大佐っ……!」
とはいえ、私はこのゲームを限界までやり込んだ女だ。理不尽なイベント分岐やAIの変な行動パターンも読み切ってきた。
今の私なら、この“半裸大佐”を正しいルートに戻す一手を打てるはず。
(考えろ、考えるんだ、私。――そうだ!!)
天才的なアイデアが舞い降りた私は、気合で悲し気な表情を作った。そして、しんみりと大佐に語りかけたのだ。
「筋肉が……泣いています……」
「何っ!? 急に何を言い出すんだ」
「大佐には聞こえませんか……。筋肉の悲しい泣き声が……」
「筋肉の……泣き声……!?」
「そうです。まだ出番ではないのに晒されて……。
これでは本番の戦いで、実力を発揮できません!」
「……!」
カイル大佐は愕然とした表情を浮かべた。その目が「そんなことが……!」と言っている。やっぱり真面目すぎる性格は健在だ。
「……確かに、君の言う通りだ」
そう呟くと、彼は軍服の上着を羽織り直した。
やった、ミッションコンプリート!心の中でガッツポーズを取る私。これぞ展開を思い通りに運ぶプレイヤースキルである。
「新人の君から大切なことを教わったな。感謝しよう」
「いえ、いえいえいえ!
私としては服を着ていただければ何でも……ごほごほ」
「ふっ……。それにしても、君は不思議な力があるのだな」
「えっ!?」
「筋肉の声が聞こえるなんて……」
「えっ、え、ええっ!?」
「もしかしたら、君が伝説の聖女なのかもしれない。
……なんてな。いや、与太話だ。忘れてくれ!」
――忘れられませんが???
なにそれ、あからさまな伏線フラグ。しかもゲームでそんな設定聞いたことないぞ!? 筋肉の声が聞こえる聖女って何? 世界観どうなってんの? 私、そんな妙な役割を押し付けられる未来があるの??
「は、ははは……。まあ、ともかく、行きましょう」
乾いた笑いで誤魔化しつつ、私はそっと耳を澄ませる。
(……………………)
……よし、筋肉の声は聞こえない。このまま伏線が回収されないことを祈ろう。
そう思った矢先、背後から別の兵士の声が飛んできた。
「おい、今の会話……本気か?」
「は? 何のことですか?」
「"筋肉の声が聞こえる"ってやつだ。……もしや、あんた、本当に聖女なのか?」
「だから違いますってば!!」
この分だと、噂はあっという間に部隊中に広がるだろう。
筋肉聖女――そんな二つ名で呼ばれる未来が、じわじわと迫ってくるのを感じた。