19話 幸せの筋肉プリン!
「筋肉クッキングって何だよ!?」
「わーい、おりょうりだー!」
ざわつくグルメシア兵士たちと、嬉しそうに飛び跳ねる王女様へ、私はふふんと笑いかける。
「お料理ですよ! ここで、料理をするんです」
「だから、我々は美食しか――!!」
「美味しければ良いんでしょう? だったら出来ることをやってみましょうよ。こうしてじっとしていても、お腹がすくだけですよ!」
「そ、それはそうだが……」
「大丈夫、私に任せてください! 美味しいご飯がみんなをハッピーにするというのには、同意ですし!」
「しかし何を作る気なんだ? こんな設備もない森の中で……」
「実はもう、考えてあります。筋肉プリンです!!」
「なんだその、暑苦しい料理は!」
「はいはい。役割分担始めますよー! まず、グルメシア兵士さん達、さっきみたいにお鍋は出せますか?」
私の問いかけに、一部の兵士さんたちがおずおずと手を挙げた。
「あ、あの、俺、出せます!」
「実はこれ、召還魔法だったんだぜ」
「鍋だけで良いですか? 他の調理器具もいけますよ!」
意外と積極的な彼らに、赤髪のグルメシア兵リーダーが慌てて声を荒げる。
「おいこら、お前達! なに、ちょっとやる気になっている!? 正気か??」
「だって、兵長! プリンですよ、プリン!!」
「食べたくないですか!?」
「はい、喧嘩しない! 次は材料集めですね。貴方たちは、プロテインバードの卵を探してください。きっとこの辺りに生息していますから。貴方たちは、アイアンビーの蜂蜜を。残りの人たちは、石を積んでかまどを作りましょう!」
私はてきぱきと指示を出した。実は村での炊き出しの後、この世界の食材が随分現実世界と違うことに気づいた私は、色々と勉強していたのだ。まさかその知識が、ここで役に立つとは!
それに、大佐が作った筋肉プリンはみんなに大好評だった。あれなら、きっとグルメシア兵の人たちにも喜んでもらえる自信がある!
一通り話した後、私は、いまだにどこか納得のいかない顔をしているグルメシア兵リーダーの肩へポンと手を置いた。
「貴方には、特別な任務をお願いします」
「なにっ!? 何の権限で……!」
彼の反論をものともせず、私は、ずずい、とキンバリー王女様を彼の傍へ差し出す。
「キンバリー王女様の遊び相手です!!」
「なにーっ!?」
「やったー!! 赤髪のおにいちゃん、すきー!」
「なんでだよ!? というか、王女の相手を敵国の兵士に任せるって、何考えているんだ!!」
「その敵国の王女様に飴を貰って泣いている人が、危害を加えるとは思いませんよ」
「ぐっ……!」
「それに、貴方、一番消耗しているでしょう。他の兵士さんの負担も担っていたんじゃないですか? 一番、顔色が悪いです。キンバリー王女様の相手をしながら、ゆっくり休んでいてください」
「……!?」
私の言葉に言い返せなくなって、グルメシア兵リーダーは無言で頭を抱えていた。その足元に、王女様ががっちりしがみついている。よし、この二人はこれで多分大丈夫。
「それでは、準備開始ですよ!」
「「「「おー!!」」」」
◇ ◇ ◇
1時間後には、不揃いな石が積み上げられた簡易かまどの中で燃える炎の上、ぐつぐつと熱をたくわえていく鍋の姿があった。甘い良い匂いが漂ってくる。
私たちは皆でかまどの周りに集まって、筋肉プリンの完成を待っている。
「聖女さまの炎魔法のおかげで、火が付いて助かりました!」
「いやぁ、お役に立てて良かったです。えへへ」
「キャンプだねぇ、楽しいねぇ!」
「ふふふっ、そうですね、キンバリー王女様」
「俺たち、料理なんて久しぶりにしました! 国では料理人以外が調理場にたつこともあまり推奨されていなかったので」
「ふんっ。ひたすら鍋を揺するのが料理と言えるのかは疑問だがな!」
「それはごもっとも……。というか、皆さん、料理しないんですか?」
「美食は正しい調理人によってこそなされる。グルメリアス王の教えだ!」
「王が即位される前までは、普通に家でも調理していたんだけどなぁ。だんだん政策が厳しくなっていった気がするぜ。兵長だって、よくハンバーグ作ってくれたじゃないですか!」
「いつの話をしているんだ! 昔のことだろうが!」
「キンバリーちゃん、赤髪おにいちゃんのハンバーグ食べたーい!」
「ほらほら、言われてますよ? どうするんですか?」
「……っ、うるさいっ!」
会話をしていると、待ち時間もあっという間だ。やがて、お鍋いっぱいの筋肉プリンが完成した。今回は食べやすさを考えて、黄身まで全部使って作っている。
蓋を開ければ、ほわりと温かい湯気が立ち、優しい甘い香りが広がっていく。プリンの表面はぷるぷると瑞々しく、つややかだ。
グルメシア兵士さんが出してくれたお皿に全員ぶん盛り付けて、私たちは輪になって座る。
「それでは、みなさん!」
「「「「いただきまーす!!」」」」
グルメシア兵士さん達は、未知の料理である筋肉プリンを、最初は少しおそるおそるといった様子で食べ始めた。しかし一口食べるや否や、皆、かきこむように頬張った。
「おかわりありますからねー!」
「コハルおねえちゃん、コハルおねえちゃん」
「……どうしましたか、キンバリー王女様。おかわりです?」
「ううん。嬉しいなって。みんな、お腹いっぱいで嬉しいね!」
「本当に……そうですね」
穏やかな時間が流れていた。敵対している国の兵士さん達に囲まれているのが、信じられない位に。私はキンバリー王女様に微笑みかけると、ぎゅっと抱きしめる。
ダンベリア国とグルメシア国、和解の道はないのだろうか。今の目の前の光景を見ていれば、きっと何処かにそんな未来があると、信じたい。
◇ ◇ ◇
食事も片付けも終えると、もう日は傾きかけていた。グルメシア兵リーダーは複雑そうな顔で私とキンバリー王女様を見つめた。
「世話になったな。……礼を言う」
「行くんですか?」
「ああ。俺たちには俺たちの仕事があるからな」
「あの、さっきも言いましたが、ダンベリアに敵対の意図はなくて――」
「……それは分かった。お前たちの態度を見ても、理解した」
「なら、何とか和解を」
「それはただの兵士の俺にどうにかできる話じゃない」
「そうですか……」
「だが、俺たちに出来ることは無いかは探してみる」
「……!!」
「料理をするのも……悪くないのかもしれない。グルメリアス王のことは尊敬しているが、だからこそ、もっと良いやり方があるかもしれない」
「わ、私も、バルク3世様に皆さんのことを必ず伝えますから。みんなが幸せになれる道を探していきましょう。みつかります、必ず!」
「カッカッカ! 聖女さまのいうことは甘っちょろいぜ。じゃあな!!」
そうグルメシア兵リーダーは言い捨てると、高笑いを残して去っていった。他の兵士さん達もそれぞれ、手を振ったり頭を下げたりしながら退却していく。
「みんな、ばいばーい! またあそぼうねー!!」
キンバリー王女様は小さな体をいっぱいに広げて手を振り、彼らを見送る。そしてその姿もすっかり見えなくなった頃、私は一つの問題に気が付いた。
「……ん? あれ……? 私たち、ひょっとして、……森で迷子では??」
そうだった。道も方角も分からぬままにキンバリー王女様を追いかけてきた私には、現在地がさっぱり把握できていない。勿論、ダンベリア兵の仲間たちの居場所も。
「ひえっ、く、暗くなってきた。大ピンチ……」
あっと言う間に、夕暮れが終わって周囲は暗闇に包まれ始める。まずい。なんか感動的な別れとかしている場合じゃなかった。せめて現在地を聞いておくんだった!
「と、とにかく、野宿の準備?? 今からできることは――」
私は無意識にキンバリー王女様を抱きしめる。暗闇を怖がっていないか心配したが、よく見ると、うとうととしていた。今日は色々あったから、疲労が限界だったんだろう。
ならばせめて、安全に寝かせることが出来る場所を確保して、私が夜通し番を――と決意しかけたその時、漆黒の夜空に大きな光が瞬いた。
「……!? あ、あれは……!!」
ピカーッ、と真夏の太陽レベルの光がサーチライトのごとく、遠くの木々の合間から立ち上っているのが見える。
こんなことができるのは、一人しかいない。
「大佐ぁああっ!! 大佐の筋肉ライトだーっ…!!!」
私はキンバリー王女様を抱きかかえると、その光を目指して駆けだした。
早く戻ろう、皆の元へ!
護衛任務編、終了となります!
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次回は正統派の筋肉ラブコメ回です!
お楽しみに!!