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17話 誘惑!筋肉は幻術に弱い!!

「落ち着け、ダンベリア国にそんな意図はないっ!」


「カッカッカ、信じられるか! おまえたち、いくぞ、気合入れろぉ!」


 カイル大佐が説得を試みるも、ダンベリア国が戦況を悪化させようとしていると信じたグルメシア兵の勢いは止まらない。

 無理もない話だと思う。そもそもが敵対中なのだ。簡単に対話することは出来ないだろう。


 グルメシア兵は全員が集まって、力を合わせるように呪文を唱え始めた。

『虚と実の狭間にて、香りは形を、欲は姿を得る。幻よ、食卓を越え、我らの望む景色を示せ!』


 ダンベリア兵は説得を諦め、相手の攻撃に備えて筋肉の盾を更に強固にする。

「……っ!! くるぞ!!」


 そして詠唱が終わった瞬間、私たちの目の前に広がったのは――きらめく水面をたたえた大きな湖。湖畔には白鳥が泳ぎ、周囲には美しい花畑。さらに見渡せば、なんと湖そのものが淡く輝いている。

 ご丁寧に、こんな看板までたてられていた。


『こちら、プロテイン湖』


「こ、これは……!」

「見ろ、あのきらめき! プロテインの湖だぁぁぁ!!」


 ダンベリア兵たちの目が一斉に輝く。湖面はまるで、純度100%のプロテインドリンクで満たされているかのようだった。

 彼らは筋肉スクラムを離脱し、我先にと湖へ向かってダッシュしていく。


「いや、待ってください、皆さん! 絶対に可笑しいですから! 

 さっき、呪文聞いていましたよね!? あれ、たぶん幻ですよ! 幻術!!」


 慌てて馬車から飛び降りて声を荒げる私へ、赤髪のグルメシア兵リーダーが不敵に笑う。


「カーッカッカカ! 筋肉命のダンベリア兵は、幻術に極端に弱いのだ!」


「そ、そんなぁ!?」


「よし、この隙に国王と王女を……、ぐうっ、駄目だ、視界がぼやける! 

 大規模幻術はとにかくカロリー消費が激しすぎる……!! ああ、三途の川が見えてきた……」


「こっちはこっちで、術の為に命を犠牲にし過ぎている……」


 前方にはプロテイン湖ではしゃぐダンベリア兵士たち。後方には空腹でうずくまっているグルメシア兵士たち。混沌を極める状況に現実逃避しかけるが、私は気合を入れて意識を引き戻す。

 今はグルメシア兵が空腹でダウンしているから良いが、彼らが回復して動き始めたら国王様たちが危険だ。早く仲間の皆を正気に戻さないと!


「そうだ、大佐っ。大佐なら、こんな幻術に負けない――!!」


「すごいぞカイル大佐!プロテイン湖に一番乗りだ!!」

「大佐のクロールで、大波が起きたぞ!」

「やったぞ、プロテインシャワーだ!!」


「大佐ぁあああっ!?!?」


 駄目だ、カイル大佐が一番プロテイン湖をエンジョイしている。やはり鍛え過ぎた筋肉の弊害で、プロテインの誘惑には抗えなかったのだろう――。


「仕方がない、私が頑張るしかない! 

 バルク3世様、キンバリー王女様、今のうちに隠れましょう。行きますよ!」


「ああ、私もプロテインの湖、ちょっとだけ行っちゃ駄目かな!?」


「駄目ですっ!!」


「コハルおねえちゃん、湖の周りのお花畑にちょうちょがいたよ! 行こう!」


「可愛いですよねぇ。でも、今は駄目なんです!!」


 どうも私以外は全員幻術の影響を受けてしまっているようで、緊張感が全くない。おそらく、この術には危機感を失わせる効果もあるのだろう。

 プロテイン湖に行きたがる二人を何とか引っ張りつつ、目立つ馬車を抜け出して、私たちは森の草影へと身を隠した。


 少しすると、幻術の消耗が多少回復したのか、グルメシア兵が動き出した。最初に王家の馬車へ乗り込んできたが、誰も中にいなかったので周囲を捜索し始めたようだ。


「ダンベリア国王! 王女! どこにいる!? 連れ帰ってグルメリアス王に献上してやる!!」


 グルメシア兵たちは少しずつ、しかし確実に、私たちの潜んでいる草影に近づいてくる。王女様は「かくれんぼ!」とにこにことしていた。バルク3世様も「そうだねぇ」と微笑んでいる。


 正直、幻術はとても厄介だけど、王女様だけは術にかかってくれて良かったとも思う。王族という立場ならば厳しい現実も知らなくてはいけないのかもしれない。でも、やっぱり、こんな幼い子が怖い目にあうのなんて許容できない。


「……大丈夫です、国王様、王女様。私が絶対に、お守りしますから。

 ここに隠れていてください」


 私は彼らにそう告げると、隠れていた草影から離れた場所へ移動して、囮として飛び出した。私の力では、大人数に押し切られたら守り切れない。ならば、出来るだけ長く注意を引き付ける!


「グルメシア兵の皆さん! 国王様も王女様も、渡しませんよ!!」


 狙い通り、彼らは捜索を中断し、私の方へと向き直る。

 

「むっ、お前、さっきの護衛か!? というか、なんでお前だけ幻術が効いていないんだ!」


「え、な、なんででしょう。そんなにプロテインの湖に惹かれなかったというか……」


「そもそも、ダンベリア出身者に幻術耐性はないはずだ。お前、何者だ!?」


「ええっ!? そうなんですか!?」


 何者だと聞かれても、転生者ですと答える訳にもいかないし……。私は追い詰められた苦渋の末、一つの答えに辿り着いた。というか、これしか思いつかなかった。


「わ、私は――筋肉聖女です!!!」


「!?!?」


 グルメシア兵たちが驚愕の表情を見せた。よし、何とか彼らの注意をそらさずに会話を続けられているぞ! 上手く時間を稼げるなら、この際、筋肉聖女でもなんでも良い!

 しかし、ここで一つ、私の計算外の事態が発生した。


「やはり、君が筋肉聖女だったんだね、コハル!」

「コハルおねえちゃん、すごーい!!」


 少し離れた草影に隠れていたはずの国王様と王女様が、ひょこひょこっと姿を現した。


「――いや、なんで出てきちゃったんですか!?」


「感動で、つい……」


 当然、その姿をグルメシア兵が見逃してくれる筈はなかった。


「国王と王女を見つけたぞ、確保だ!! そして筋肉聖女も確保だぁ!!」


「ひえええっ、なんでこうなるーっ!?」


 グルメシア兵は二手に分かれて、私と国王様たちの元へと向かってくる。


「とにかく逃げてください国王様! ウインドショット!!」


 私は相手兵士たちの足元を狙って風魔法を連発して、何とか撹乱する。国王様はおそらく戦えばとても強いのだろうけれど、幻術の戦意喪失のせいで、王女様を抱えて不思議そうな顔をしているばかりだ。


「駄目……っ、離して!!」


 多勢に無勢、私は二人の元へ駆け寄ろうとするが、グルメシア兵に腕を掴まれてしまう。ああ、なんて情けない。転生者だというのに、私はこんなにも無力だ。

 無意識の世界改変能力があると言われても、ちっとも役に立っていない。私にも、もっと力があれば……、筋肉があれば……、


「――――――っ、大佐ぁあああ!!!」


 助けて欲しいと願ったのは、やはりカイル大佐その人だった。

 その次の瞬間、少し離れた場所からどよめきが聞こえる。


「みろ! 大佐が……プロテイン湖を飲み干しているぞ!?」


「幻術の湖を!?」


 そのあまりにナンセンスな内容に驚愕し、グルメシア兵の動きが止まる。私も恐る恐るプロテイン湖の方へ顔を向けてみた。

 そこには、ごくごくごく、と信じられない勢いで水面を吸い込む大佐の姿があった。あっという間に湖が干上がっていく。幻術であるはずなのに、大佐の喉は確かに鳴っていた。


「むぅ……旨いな……!」


 大佐が飲み干した瞬間、湖は跡形もなく掻き消える。兵士たちの幻惑も解け、全員が我に返った。


「はっ! コハル、迷惑をかけたね。もう大丈夫だよ!」


 バルク3世様も正気を取り戻し、王女様を抱っこして守りつつ、グルメシア兵へ拳を構えた。2メートルのムキムキマッチョマンの戦闘ポーズに、兵士たちは威圧されて近付けない。


「コハル、すまない、頑張ったな。もう大丈夫だぞ!」


 カイル大佐はそのまま筋肉ダッシュで戻って来てくれた。最初よりもツヤツヤとした筋肉をきらめかせつつ、私に力強く言葉をかけてくれる。


「た、大佐……! 良かったです、本当に!!」


「俺たちもプロテインパワーで筋肉満点だぜ!」

「いい筋肉への栄養だったな!」


 その他のダンベリア兵士たちも、続々と集まって来た。グルメシア兵を取り囲み、一気に形勢逆転である。


「くそぉ、こんな馬鹿げた方法で幻術突破だと……!? 俺たちの立場がぁぁ!」


 グルメシア兵のリーダーは頭を抱えた。正直、少し気の毒には思う。ともあれ、ほぼ勝敗はついた状態だ。今なら話が出来るかもしれないと思い、私は一歩踏み出す。


「と、とにかく、話を聞いてください! 誤解があるんです!」


「うるさい、話すことなど無いっ!

 しかし空腹で力が出ない……撤退だ!!」


 次の瞬間、彼らから投げ込まれたのは無数の赤い玉。カイル大佐がハッとして、皆に注意を呼びかける。


「唐辛子爆弾だ、伏せろ!!」


 ぱんっと弾けて辺り一面が赤い粉に包まれる。目に染みる、喉が焼ける!


「ごほっ、ごほっ……! くぅぅっ、から……!」

「ちょ、ちょっと辛すぎませんかこれ!?」


 視界が真っ赤に染まる中、撤退していくグルメシア兵の姿がぼんやり見えた。


「カイル、どうする? 後を追う?」


「いや、しない方がいい。敵も必死だ。無理に深追いすれば、こちらの被害が出るかもしれない」


「賢明な判断だね」


 そんなバルク3世様と大佐の会話に被さるように、可愛らしい声が私の耳に届いた。


「まってー!!」


「あっ……!?」


 王女様が、唐辛子爆発の煙の中、視界の外へと駆け去っていく。


「王女様!! だめだ、誰も気付いていない。私が追いかけるしかないっ!!」


 私は覚悟を決めて、王女様の後を追って煙の中へ飛び込んだ――!

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