16話 危機一髪!? グルメシア兵との戦いです!
20分の休憩、もとい筋トレタイムは予想通り1時間ほどに延長した。それから私たちは、また目的地へ向かって森の中の行軍を始めることとなる。
キンバリー王女は馬車の窓から、相変わらず瞳を輝かせながら景色を眺めている。
「わーっ、きれいなお花畑だね、コハルおねえちゃん!」
「本当、蝶々も沢山飛んでいて素敵ですねぇ」
「わーっ、立派な鳥さんがいるよ、コハルおねえちゃん!」
「あれは、この辺りに生息するプロテインバードですよ。見事な筋肉質!」
「わーっ、すてきなお食事テーブルセットがあるよ、コハルおねえちゃん!」
「随分と豪華ですね! 草原の中で長テーブルの上の純白のクロスが輝いています。並んでいるのは、仔羊のロースト、黄金色に焼き上げられた雉の丸焼き、大ぶりの伊勢海老も!? 森で宴会でも開かれるのでしょうか。
なんてグルメな――、あっ!?」
言いかけて、その異様な光景にハッとして私は馬車の外にいる大佐へ視線を向けた。
「大佐っ!! あ、あれは……!」
私の言葉に即座に反応したカイル大佐は、馬上から険しい顔をして頷いた。
「西方の草原に異変あり! 全軍停止!!」
行軍はただちに停止し、緊張感が走る。
「なんでしょうか……。グルメシア兵のお食事の準備……?」
馬車の中で私は王女様をぎゅっと抱きしめながら、警戒を強めた。
「いや、しかしこれ程の食事を準備する余裕が、食糧難のグルメシアにあるかな」
外に並んだ料理を眺めつつ、バルク3世様は思案気に首を傾げる。
「その通り。これは――罠だ」
気づけば馬から降りた大佐が、私たちの乗っている馬車の窓へ顔を寄せていた。
「ええっ、罠ですか?」
「見てみろ、あのテーブルの上空を!」
「上空?? ……ああっ!?」
目を凝らすと、豪華な食卓の上空には、目立たないように透明な糸で編まれた網が張られている。
「よ、よく見えましたね、大佐」
「ああ。眼筋を鍛えているからな!」
「眼筋万能すぎません?」
「しかし、困ったね。どうする、カイル。このまま通り過ぎるかい?」
「いや、どうせ敵は近くで見張っているだろう。ならば、小細工は無用! 正々堂々、筋肉で応えよう!」
そう言い残すと、大佐は威風堂々とした足取りで、罠だと思われる食卓へと一人で近づいていく。
「この罠を作った者よ! お前たちの魂胆は見抜いている。姿を現すが良い!!」
そして、勢いよく振り上げるように拳を振るった。
「ふんっ!」
まるで小さな竜巻のような衝撃波が巻き起こり、轟音をたてて罠である網を吹き飛ばしていく。テーブルの上の料理は無事ではあるが、激しい振動でガタガタと大きく揺れた。
「あ!!」
その光景を眺めつつ、私は気づいた。
「あの料理、イミテーションですよ! あの衝撃の中で、スープも微動だにしていないですし!」
叫んだ次の瞬間、そのテーブルの近辺に、ドサドサと十数名の兵士が上空から落ちてきた。どうやら木の上に隠れていて、筋肉衝撃波に巻き込まれてしまったらしい。
多くの兵士が倒れ込む中、一人だけ綺麗に着地した赤髪の男がいた。身なりを見る限りでも、どうも彼がリーダーのようだ。
「カッカッカ、よくぞ我々の精密な罠を見破ったな! この素晴らしくグルメなごちそうの魅力に抗えるものなどいないと思ったのだが……。誉めてやろう!」
「その軍服、グルメシア兵だな! 罠などしかけて、何が目的だ!」
「ふん! 目的なんて、決まっているだろう――」
赤髪の男は不敵に笑うと、王家の馬車の方へと視線を向けた。
「――!!」
私を含めたダンベリア兵が全員息を飲む。彼らの狙いは、国王様と王女様に違いな――
「食い物を寄越すんだよぉぉ!!」
「そっち!?」
「くらえっ!! 鍋とフライパン投擲!!」
いつの間にか起き上がっていたグルメシア兵士たちが、どこから取り出しているのか、次々に金属製の鍋やフライパンをばんばん投げつけてくる。
「うわああっ、地味に危ないっ! 国王様、王女様、馬車から絶対に出ないでくださいね!」
「くっ、兵士とはいえ、国民のピンチに黙って居られないよ。私も戦いに出ちゃ駄目かい!?」
「絶対に駄目ーっ!!!」
私は王女様を抱えながら、国王様を必死に引き留める。
そんな王家の馬車の外、突如として戦場と化した森の中で、ダンベリア兵も各々が自慢の筋肉で応戦する。
「胸筋キャッチャー!!」
「す、すごいっ。鍛えられた胸筋の間でフライパンをキャッチして、そのままへし折った――!」
「上腕ブーメラン返し!!」
「鍋が飛んできた瞬間に、上腕二頭筋を振るう風圧で軌道を変えた!? なんという匠の技!」
「僧帽筋スリングショット!!」
「首と肩の盛り上がりだけでフライパンを弾いた! これは最早、技なんですか!?」
「コハルは実況解説が上手だねぇ」
「コハルおねえちゃん、すごーい!」
混乱が深まる中、鋭いカイル大佐の号令が響いた。
「我々の使命を忘れるな! 全軍、国王様と王女様を守れっ。盾を構えるぞ!!」
ハッとした兵士たちは、全員、王家の馬車を取り囲むように位置どった。
「盾……? そんなの、皆さん持っていましたっけ?」
私の不安をよそに、彼らはガッチリとスクラムを組む。ムチムチの筋肉が密集する。
「筋肉は裏切らない! 守るは筋、砕けぬは肉!!」
中心にいる大佐は、当然のように上半身を脱いでいる。その筋肉から発せられる眩い光は、他の兵士の筋肉にも反射して、キラキラとスクラム全体が輝き始めた。
「筋肉の盾!!!」
「「「「「ふんっ!!」」」」」
掛け声に合わせてとんでもない筋肉エネルギーが発生し、向かってくるフライパンや鍋を残らず弾き返した。
「いや、なんですか、これは!?」
「ふふふ、知らないのかい、コハル? これはカイル率いる第七部隊の集団奥義、筋肉の盾さ! 鍛えられた筋肉は、鎧よりも硬い! まさに筋肉の要塞!!」
「な、なんて暑苦し――心強い!!」
「あつーい!」という王女様をパタパタあおぎつつ、私は馬車の窓から戦況を見守る。こちらの守りの堅牢さに圧倒されたグルメシアは、投擲攻撃を中断したようだ。
「我々の筋肉は破れんぞ! さあ、降参しろ、グルメシアよ!」
カイル大佐が、降伏を呼びかける。しかしグルメシア兵たちの様子が何か可笑しい。彼らはひそひそと相談し合っていたが、やがてリーダーの赤髪の男が応答した。
「いま、国王と王女と言ったか……!? ここにダンベリアの王族がいるって言うのか??」
「まさか気づいていなかったのか!? 馬車に王家の紋章が入っているだろう!」
「くそっ、空腹でクラクラして何も見えていなかったぜ……」
グルメシア兵は嘘を吐いているようには見えなかった。どうやら本当に、王家の馬車を狙いに来たのではなく、偶然食糧を奪いにやってきただけなのだろう。
それに、改めて落ち着いて眺めてみると、全員とても顔色が悪い。彼らも空腹で限界なのかもしれない。敵対している相手ではあるが、心配になってしまう。
「バルク3世様、彼らの空腹、なんとかなりませんかね……」
「うーん、素直に降伏してくれれば、保護できるんだけど」
馬車の中の私たちの会話は、当然外へは届いていない。
グルメシア兵のリーダーは意を決したようにカイル大佐へ向き直ると、高らかに宣言した。
「だが、ここに王族がきているということは、ダンベリアも本気で我が国を倒すために動き始めたということだな!!
ならば余計に、このまま返すわけにはいかないっ!」
(なんですって!?)
「我ら、魔導国グルメシア精鋭部隊!! 俺たちの本気を見せてやるっ!」
と、とんでもない誤解が生まれてませんか――!?




