15話 護衛任務開始です!
まだ朝も早い時間のうちに、国王様と王女様を乗せた馬車は出発した。前衛と後衛にそれぞれ10人ほどの兵士が配置され、中央の王家の馬車を守る布陣だ。兵士に関しては、カイル大佐の部隊から選りすぐりの精鋭たちが今回の任務に抜擢され同行している。
大佐本人は馬に乗り、馬車に並走しながら全軍の指揮をとっている。ああ、とても凛々しくて格好良い。キリッとした表情で的確に指示を出していく姿に、惚れ惚れしてしまう。
私は半ば本気、半ば現実逃避の思考を抱えつつ、そんな大佐の様子を”馬車の中から”眺めていた。
そう、王家の馬車の中から。
「いやぁ、久しぶりの遠出だねぇ」
「あ、見て、コハルおねえちゃん! ちょうちょ、ちょうちょだよ!」
(……ど、どうして、こんなことに――!?)
私の膝の上には、愛らしいお人形さんのような見た目をした、幼いキンバリー王女がお行儀よく座っている。私の目の前には、筋肉をぎゅうぎゅうに縮こまらせながら、何とか馬車の座席に収まっている国王バルク3世様の姿がある。
ありえない想定外の状況に冷や汗をだらだら流しつつ、私は馬車の揺れでバランスを崩しかけた王女様をそっと支え直す。
「それにしても、コハルがいてくれて助かったよ。キンバリーもすっかり懐いたみたいで良かった。突然、同乗を頼んですまなかったね。同行予定だったお付きの者たちに、筋肉風邪が流行しているみたいで参ってしまってね」
「い、いえっ。光栄であります!」
そう、本来のお世話係さんたちが全員体調不良ということで、偶然にも王女様に懐いて貰った私が王家の馬車に同乗することになってしまったのだ。
確かに国王様は寛大なお方だし、王女様はとても可愛らしい。しかし、身分も階級も決して高くない自分が、いきなり王族二名とご一緒するというまさかの事態に、私はかなりの緊張状態だ。
「コハルおねえちゃん、あれはなに!?」
「ああ、あれはアイアン芋畑ですよ。この辺りは農業が盛んですからね。皆さん、今日も畑仕事に励んでいるようです」
「ここでお芋ができるの? 私ね、お芋だいすきよ!」
「うっ……! きゃわわわっ」
この筋肉密集地帯において、キンバリー王女様の愛らしさは圧倒的な癒しだった。そのキュートさに胸を打ち抜かれつつも、私はふと思案する。
(で、でも、この王女様も、17歳になるともしかして――?)
バルク3世様は仰っていた。王家は代々、17歳になると体格が変わるのだと。いや、私はムキムキマッチョウーマンを否定している訳ではない。女性の筋肉だって素晴らしいものだ。
しかし……、しかし、である。このお人形さんみたいな愛らしい少女が、将来、物凄いマッスルの持ち主に変貌してしまうかもしれないと思うと――微妙に複雑な気持ちになってしまうこともご理解いただきたい。
「うわーっ!! プリティとマッスルは両立できるんですか!?」
頭を抱えて唸る私を見て、王女様が無邪気に笑う。
「ふふふっ! コハルおねえちゃん、困ってるー!」
「はっはっは。やっぱり面白い子だねぇ」
国王様にまで笑われたことで、私はハッと我に返った。コホンと小さく咳払いすると、少しだけ真面目な顔を作る。
「そ、そういえば、今回は国王様による前線の視察なんですよね。急に決まったことなんですか?」
「ああ。敵対関係にあるグルメシア国との戦線は暫く落ち着いていたんだけどね。最近になって、また敵からの侵攻の動きが活発化しているという報告を受けたんだ」
「侵攻が活発に、ですか。どうしてでしょう……」
「分からない。そもそも、グルメシア国とは元々は友好関係を築けていたからね。それが崩れ始めたのが数年前の話だ。どうやら、相手国の食糧難が主な原因らしい」
「食糧難……! グルメシアは、厳しい環境の土地なんですか?」
「いや。私が知る限り、ダンベリアと同じくらい豊かなはずだよ。しかし、強いて一つ、問題があるとすれば――」
「……あるとすれば?」
「彼らはとんでもなく……、グルメなんだ」
「グルメ、ですか??」
「そう。特に、今のグルメリアス王が即位してからは余計にその傾向が強くなった」
「お名前からして、とんでもなくグルメそうな方ですね」
「彼とは昔、私がまだ子供の頃、国家間の交流会議で会ったことがあるんだ。当時から極端な美食家だったよ。私が持参して勧めた、栄養たっぷりバルクチキンの黄身ドリンクも受け取って貰えなくてね……」
「そ、そのエピソードだけだと、どちらが狂っていたのかちょっと悩ましい所ですけれども!」
「今のグルメシアでも、国の政策として高級食材ばかりを生産して、結果的に国全体が食糧難に陥っているらしい」
「確かに豊かな土地でも、コストのかかる食材ばかりを作っていれば量が足りなくなりそうですね」
「ただ、確かにグルメ王は極端なグルメだったが、隣国をむやみに攻撃したりするような人物ではなかったはずだよ。だから、彼らもよほど困っているのかもしれない」
「うーん。そのお話だけ聞くと、戦わずに何とか解決したいとも思ってしまいますが……」
「私も同じ気持ちだよ。だから、当初は彼らに支援物資として、アイアン芋やマッシブキャベツを山盛り輸送したりもしたのだが、送り返されてしまってね」
(美食国家に対してそれは、バッドコミュニケーションだったのでは……)
「私としても、この戦争を何とかしたいと思っているんだ。だからまずは、前線をこの目で確かめてみようと思ったんだよ。キンバリーもまだ幼いが、今の状況を知って欲しくて、一緒に連れて行くことにしたんだ」
国王様の志の高さに、私は胸が熱くなる。それにしても、今の戦争の状況を、私はここにきて初めて知ったのだった。
元々、私がやっていたAI会話ゲームは恐ろしく自由度が高く、自分の所属国の概要は勿論、敵国の設定や戦況なども、全て自分で決めることが出来た。そして自分で指定しなかった場合には、AIがランダムで勝手に設定を組み上げてくれていたのだ。
だから今回、国王様から聞いた話は全て初耳である。ただ、ふと私の脳内に、かつてビルドさんが言っていた言葉が過った。
『――この世界はお前の無意識によって改変されている』
つまりこのグルメシア国も、私の何らかの無意識が働いた結果出来たものなのかもしれない。それなら、きっと何か解決方法があるはずだ。だって私、みんなが不幸になるバッドエンドなんて嫌だもの!
「国王様……! わ、私も、出来ることは何でもしますから! みんなが幸せになれる方法が、きっとあると思います!」
「ふふ、ありがとう、コハル」
「キンバリーちゃんもがんばるー!」
「ありがとう、キンバリー!」
私たちは穏やかに笑い合う。和やかな空気が馬車の中に満ちたところで、大佐の大きな声が響いた。
「全軍、停止っ!! これから20分の休憩に入る!!」
「あ、休憩時間みたいですね。少し外の空気を吸いましょう!」
気づけば私たち一行は、森の中までやって来ていたようだ。王女様を抱えるように馬車から降りて、うーん、と軽く伸びをする私の方へ、大佐が近づいてきて声を掛けてくれた。
「コハル、変わりはないか?」
「大佐! はい、問題ありません。国王様も王女様もお元気です!」
「それは良かった。引き続き、宜しく頼むぞ」
「はいっ!」
大佐が満足げに頷いたので、私は嬉しくなってしまう。あまり何も仕事は出来ていない気もするけれど、少しは役に立てているのかな、なんて。
一通りの会話を終えると、カイル大佐は皆の中心に位置するように歩みを進める。
「では、一同、これから休憩時間の――筋トレを開始するッ!!!」
その宣言を行った瞬間、彼の上半身の軍服が弾け飛んだ。
「大佐……?」
「よーし、筋トレだ、筋トレだ! 上腕二頭筋が鳴るなー!」
「国王様……!?」
「ふう、やっと筋トレが出来るぜ!」
「長い行軍への疲れにはこれが一番効くんだよな!」
「待ちわびたぜ! 20分どころか、1時間でもしたいよな!」
「兵士の皆さん……??」
そう、行軍の休憩タイムに入った途端、みんなで仲良く筋トレが開始された。私は状況についていけず、集団スクワットをあぜんとして見つめている。
「コハルおねえちゃんも、やろー! たのしいよっ!」
「お、王女様まで!? あ、ああ、もうっ、はい、やります!! コハル、頑張りますっ!!」
こうして私たちは疲れを癒す為、がっつりトレーニングに勤しむことになったのだった。