10話 究極☆完璧☆美少年襲来!!
今の状況を整理しよう。燃えた肉を地面に座りながら食べる司祭、それを見つめる私、それを更に見つめるビルド・マッソ。まさに地獄の三すくみ状態!
「……いや、本当にお前達、何してるんだよ」
何処かあきれ果てた様子で、ビルド・マッソが問いかけてくる。私が口を開くより前に、真っ先に答えたのは司祭さんだった。
「教祖様! 私は! 肉を食べています! 一緒に食べましょう!!」
もりもり肉を食べる司祭さんに、私は慌てた。
「ああっ、沢山食べちゃ駄目ですよっ。それは炊き出し用だって言ってるでしょう!! ちょっと! ビルドさん!! この人、あなたの仲間でしょう、何とかしてくださいよっ」
「無理だ。こいつが人の話を聞くと思うか?」
「仲間相手でもそうなのぉ!?」
私は頭を抱えながら唸ったが、すぐに我に返った。違う違う、お肉も勿論大事だけど、それ以上に彼らがここに居ることが大問題なのでは??
「あの、あなたたちこそ、ここで何しているんですか!? 今日は村の炊き出しをしていたんですよ!」
「くくく……、勿論、知っている。僕は常に転生者の行動を見張っているのだからな。ちなみに村人に紛れて食事は美味しく頂いた。三杯おかわりした」
「くっ――、結構食べてる……、全然気が付かなかった……!」
「腹も膨れたしそろそろ帰ろうかと思っていたら、ゴリーノがいなくなったので探していたのだ」
「ゴリーノって司祭さんの名前ですか? え、というか、本当に今日は炊き出しを食べに来ただけ……?」
「そう。そのつもりだったんだがな」
ふう、とビルド・マッソは優雅に息を吐くと、不敵にニヤリと笑った。
「あの筋肉大佐がいないときに、お前と出会えたのは運が良かった。この前は、話の途中で邪魔されてしまったからな」
「……っ、あなた、一体何者なんですか!? 何を知っているの? まさか、あなたも私と同じ転生者??」
「馬鹿を言っちゃいけない。一つの世界にプレイヤーは一人だけ。そうでなくては、”ゲーム”の”AI”が壊れてしまう。……そうだろう?」
「――!!」
私は静かに息を飲む。やっぱり、この人はかなり詳しくこの世界のことを把握している。ここがゲームの世界で、AIがベースであることまで。
「気づいていたか? 転生者、コハルよ。この世界はお前の無意識によって、絶えず改変を繰り返している」
「えっ、無意識? それはどういうこと」
「この世界を筋肉信仰に導いたのは、他ならぬお前の無意識ということだ」
「な、なんですってぇ!?」
「思い当たる節はないか? 筋肉信仰に心当たりは?」
「そんな珍妙な信仰に、心当たりがあるはずが――」
そして、私は思い出した。自分が死んだ日のことを。私は筋肉に目覚め、初めてのジムに浮かれ、筋トレマシーンに挟まれて死んだ――。
「あ、あります……。心当たり、めちゃくちゃありました……」
「そうだろう!! つまり、この世界が筋肉なのは! お前のせいなのだ!!」
「ううっ……! 胸が痛い!! ごめんなさい!!」
「ぶっちゃけ、僕は、滅茶苦茶迷惑している!!」
「もはや謝ることしかできない!!
……あ、いや、でも、まって、なんで本当に、あなた、そんなにこの世界の事情に詳しいの?」
「それは、僕がこの世界の”バグ”だからだ」
「バグ……?」
「そう、僕は数多のプレイヤーたちがこの世界を作って壊して、そうして生まれた成れの果て。お前の世界改変能力からも自立した、特別な存在」
「自立した特別な存在――つまり、筋肉世界の影響を受けていない……?」
「その通り! そして、僕の目的はただひとつ。転生者よ!!」
ビルド・マッソが突然、歩み寄ってきて私の腕を掴んだ。私はびくりと震える。彼は男性としては確かに小柄ではあるが、私より背も高い。それに今までしてきた話が本当であれば、かなりの力を持っているに違いない。
抵抗しなくては。何か言わなくてはと思うが、身がすくむ。なんとか後ずさりだけしかけた、そのときだった。
「そこまでだ! コハルを離して貰おう」
「ふん。来たか」
いつの間にかカイル大佐が現れ、私とビルド・マッソの間に割って入るように立ちはだかる。ビルド・マッソは驚く素振りも無く、鼻で笑った。
「まったく、近くに居るだけで暑苦しい筋肉だ。嫌になる」
ビルド・マッソは私の腕をあっさりと手放したが、仮面の下の瞳はまっすぐにこちらを射抜いてくるのが分かる。カイル大佐は相手の出方を伺っているようで、私を庇うような体勢になった後、ビルド・マッソを睨みつけたまま黙り込んでいる。
「そう思わないか? コハル。君だって、いいかげん、この筋肉世界にうんざりしているのでは?」
「そ、そんなことないです! 私、この世界が大好きですよ!!」
「くくく……、言葉では何とでも言える。ただ、僕の真実の姿を知っても、果たしてそう言えるかな……?」
「真実の、姿?」
ビルド・マッソは優雅な動作で、身に付けていたローブと仮面を一気に取り去った。
「うっ、眩しい――!?」
周囲が急に強烈な光に照らされた。キラキラ、ピカピカ、神々しいエフェクトっぽいものまで飛び交っている。
「ふっ……見よ、聖バーベル教会の仮面の奥に隠されたこの真の姿を!! 光り輝く究極の美! 完璧無欠の神々しさ!!
僕こそは――究極☆完璧☆美少年、ビルド・マッソ。君臨せし美少年の王なり!!」
それはとんでもない美少年だった。いや、美少年なんだと思う。美少年だと思うんだけど、光エフェクトが強すぎて顔が直視できない!!
「うわーっ、目が、目が痛いです、大佐ぁ!!」
「帰ったら眼筋の筋トレだな、コハル!!」
「そこって鍛えられるんですか!?」
「くくく……、どうだ、転生者! 筋肉よりも美少年の方が素晴らしいだろう!!」
「あなたはあなたで、何を主張したいんですか!?」
先程までとは別の意味で、私は頭が痛くなった。というか、眩しすぎて普通に物理的にも頭が痛くなってきた。
「とにかく、光度を! 光度を下げてください! このままでは、何一つ話が進みませんっ!!」
私の叫び声に反応して、ようやくビルド・マッソの周囲から光が消えていった。お願いしたのは私だけど、自己調整できる奴なんだ、あれ。
それにしても確かに彼は恐ろしいほどの美形だ。線の細い、まさに美少年といった感じの風貌をしている。
「ふふん。つまり僕はだな、この筋肉の世界を壊し、美少年の世界を作りたいんだ!」
「?????????」
改めて、美少年ビルド・マッソはドヤ顔で宣言した。何を言っているのかは、やっぱりちょっとよく分からない。
私が返事に苦慮していると、代わりにカイル大佐が彼へ熱く応えた。
「断る!! 筋肉の世界は、私が守ってみせる!!」
「大佐……??」
「美少年の世界、それも大いに結構だろう。だが、筋肉を否定することは許容できない! 自分の好きなものを肯定するために、他を破壊する必要はないはずだ!!」
「……!!」
大佐の言葉は私の胸に強く響いた。彼は生真面目で、融通がきかない所もあるが、同時に深い懐を持っているのだ。
しかし、ビルド・マッソはそれを受け入れることは出来ないらしく、声を上げる。
「うるさいっ、お前に、お前たちに僕の何が分かる!! ”線の細い美少年”設定のせいで、こんな筋肉信仰の世界にいるのに、いくら筋トレしても筋肉が付かない僕の気持ちが!!」
「えっ、そ、そうなの!? それはちょっと可哀そう!!」
「笑止! 筋肉とは、目に見える筋肉だけにあらず!!」
カイル大佐は、そう言いながらスッと精神統一するかのように手を組む。
「各々、体質や事情は異なるだろう。だが、心の筋肉は、常に鍛えることが出来る!!」
「心の筋肉、だと!? 世迷言を!!」
「お前にもみせてやろう! はぁッ――!!」
大佐が気合の声を出した瞬間、パアアアアッ、と彼の周辺がまばゆい光に包まれた。
「うわっ、また眩しいッ……!! というか、なんでこの世界の人たちは発光できるの!?」
「く、僕の美少年パワーと同等……、いや、それ以上のエネルギーだと!?」
「これが筋肉の力だ! 筋肉は、決してなにものにも屈しない!!」
大佐は力強くそう言い切ると、組んでいた手を降ろした。発光は自然とおさまり、光の中から現れた彼の上着は弾け飛んでいた。
私は無言で流れるように大佐に上着の替えを手渡すと、ビルド・マッソへ向き直る。
「え、ええと、ビルド・マッソ……さん。
事情は何となくは分かったんだけど、私、やっぱり今の世界のままがよくて……」
「……」
ビルド・マッソは、ムスッとした顔で私を見つめている。
「もし、あなたの為に私に出来ることがあれば、協力はしたいです。ただし、他の人たちを困らせないような形で……」
そこまで私の言葉を黙って聞いていたビルド・マッソは、突然、ニヤリと笑った。
「ふん! 随分と余裕だな、お前ら。僕に勝ったつもりか?」
「いや、勝ったとか、負けたとかじゃなくて! 私は――」
「お前たち、僕が転移魔法を使えることを忘れたのか? 多数いる聖バーベル教会の信者たち、あれらを一気にこの村へ呼び寄せることなんて造作もない」
「な、何を言っているの!? そんなことしたら、村が筋肉パニックに!!」
「ああ、そうだろうな。もうなっているかもな!!」
「えっ、ちょっと、まさか……!?」
そのとき、村の広場の法で大きな悲鳴が轟いた。
「コハル、戻るぞ!!」
「は、はいっ、大佐!!」
私と大佐は慌てて声のした方へと駆けだす。ビルド・マッソと、すっかり忘れていた肉を食べている司祭さんのことも気がかりだが、村の人たちの安全が最優先だ。
どうか間に合いますようにと祈りながら、必死に広場へと急いだ。