第59話 勇者よ……副業を始めるなよ
「節約だけが生きる道じゃない……そうだ、稼げばいいんだ!」
勇者は朝から妙にやる気に満ちていた。
魔王城の廊下をスキップしながら、叫ぶ。
「俺、今日から副業する!」
魔王は眉をひそめた。
「……嫌な予感しかしないのだが」
その数時間後――。
城下町の広場には、一台の屋台が出ていた。
看板には大きく書かれている。
《勇者印のスライム焼き》
「へい、いらっしゃい! 焼きたてだよ!」
「……おい勇者、それはまさか」
「大丈夫! 食用スライム! 弾力があってプリプリしてるんだ!」
通りがかりの魔族が恐る恐るかじる。
「……うまい! けど……ぴょんぴょんしてる……!」
「跳ねるのも新鮮さの証拠!」勇者は胸を張る。
しかし――。
スライムが皿から逃げ出し、客の足元にまとわりついた。
「ぎゃあああ! 靴がスライムに飲まれるぅぅ!」
「待て! そいつは返品できねぇぇ!」
広場が一瞬で阿鼻叫喚。
勇者は慌てておたまを構え、スライムを追いかけ始めた。
「待てー! 俺の副業ぉぉぉ!」
魔王がため息をつきながら近づく。
「……勇者。副業とは他人に迷惑をかけぬ労働を指すのだ」
「え、じゃあこれダメ?」
「どこからどう見てもダメだ」
そこに聖剣が静かに刺さったままの調理台から声を上げた。
「勇者よ……せめて保健所に届け出を出せ」
「ここ(異世界)に保健所ねぇよ!!」
結局、スライム焼き屋は一日で営業停止。
勇者は屋台を片づけながら、しょんぼりと呟いた。
「……やっぱ、俺には副業より主夫業の方が向いてるのかもな……」
魔王は茶をすすり、少しだけ笑った。
「……せめて台所を爆発させぬ程度に頼む」
勇者、副業初日に廃業してしまったようだ。
異世界保健所に存在しない“衛生概念”とはなんと恐ろしい!!




