コインの森とほほえみのしるし
昔むかし、まだ人が「ありがとう」の代わりにコインを渡していたころ。
小さな村に、ミナという素直な女の子が住んでいました。
ある日、お母さんが言いました。
「お金がないと、ごはんも買えないのよ」
ミナは首をかしげました。
「どうして丸い金属が、ごはんになるの?」
その晩、ミナはふしぎな夢を見ました。
夢の中で、声がささやきました。
「知りたいのなら、コインの森へおいで」
目を覚ますと、目の前には見たこともない木々が広がっていました。枝にはキラキラとしたコインの実がなっていて、風が吹くたび「チャリン、チャリン」と心地よい音が鳴ります。
ミナが森を歩いていると、ひとりのリスが近づいてきました。
リスはミナのポケットに入っていたコインを見つけると、ぺろりと食べてしまいました。
「やめてよ、それは大事なものなんだから!」
するとリスは首をかしげて言いました。
「大事なの? これ、ただの金属のかけらだよ?でも、みんなそれを食べ物より欲しがるんだ。不思議だね」
ミナは考えました。
「たしかに、金属なのに、どうして大事なんだろう?」
やがてミナは、森の奥で「ほほえみのしるし」と呼ばれる古いコインに出会います。
それは、誰かが誰かを思いやった時にだけ手に入るという、伝説のコインでした。
しるしは語りかけてきました。
「お金はね、“ありがとう”の代わりに生まれたんだよ。最初は、気持ちと一緒にわたされていた。でも、気持ちが消えて、コインだけが残ったとき、人は忘れてしまったんだ。“ありがとう”が、いちばんの宝物だったって」
ミナはしるしをそっと握りしめました。
すると、森の一番奥に現れたのは、「お金を持たない王さま」でした。
彼の王国には、金庫も、銀行も、通貨もありません。代わりに、人々は笑顔と知恵と手を貸し合いながら生きているのでした。
「わたしはもう帰らなきゃ。でも……」
ミナは王さまに言いました。
「わたし、お金も大切だと思う。だけど、ありがとうの気持ちも一緒にわたせたら、もっと素敵になるって、思ったの」
王さまは笑って言いました。
「その気持ちこそ、君の心の“しるし”になるんだよ」
—
ミナが目を覚ますと、朝日が差し込んでいました。ポケットには一枚のコイン。それは夢で見た「ほほえみのしるし」とそっくりでした。
その日からミナは、お金を渡すとき、必ず「ありがとう」をそえて言うようになりました。
やがて村の人々も、それをまねするようになり——
コインの音に、「ありがとう」が重なるあたたかな村が生まれましたとさ。
お金は大切。でももっと大切なのは、それを通して誰かを思う気持ち。
ミナが旅の中で見つけた「ほほえみのしるし」は、今も世界のどこかで、誰かのポケットの中にあるかもしれません。