鉄は熱いうちに打て
二度あることは三度あるとはよく言ったもので、次の満月の夜もティルはやって来た。リディアは当然、断固拒否の姿勢を見せていたが、それも最初の内。何だかんだ、ティルを求めてしまう。
四回目、五回目と回数が増すにつれて、自分の中の信念が薄れていくのが分かる。
このままでは、本当に一線を越えてしまいそうな自分に危機感が増していた。
「別に良いではないか。何をそんなに悩む必要がある?」
ある日、レウルェの元を訪れ相談してみたが、そもそも相談する相手を間違えていた。
「ちゃんと聞いてた?相手は王子様よ?宝石とペンペン草ぐらいの差があるの」
「分からぬな。向こうはそなたを気に入っておるのだろう?」
いつものようにサンドイッチを差し入れると、嬉しそうに口に頬張りながら小言を言うレウルェ。
「人と言うものは難儀な生き物じゃな。子を成すのに、身分や肩書きなど必要あるまいに」
口の周りに付いた汚れを指で拭いながら、涼しい顔を向けてくる。他人事だと思って、適当な事言ってるのが丸分かり。
「その者が気に入らんのなら、相手を見つければいいだけの事。……まあ、その相手が見つかればの話じゃがな」
「ぐぅ…」
まっことその通り。言い返したくとも、最早ぐうの音しか出ない。
陛下に催促の連絡を入れても、なんやかんや理由を付けられて先延ばしにされている。
こうなったら、自分が動くしかない。
「分かったわよ…そうまで言うのなら何がなんでも相手を見つけてやるわ」
リディアは顔を俯かせたまま、挨拶もそこそこに足早に屋敷へと戻って行った。
「ふふっ。恋を知らぬと言うのも罪よな。これはこれで面白くなりそうじゃ」
レウルェはこの後の展開に心を踊ろらせながら、リディアが次に訪れるのを心待ちにする事にした。
***
次の日、早速陛下へ元へ赴いた。
「陛下、もう逃がしませんよ。早急に相手を見繕って下さい」
キッと睨みつけながら言えば、陛下は困ったように眉を下げている。お願いしている立場とは到底思えぬ態度だが、周りに控えている騎士達は何も言ってこない。むしろ、関わりたくないとばかりに目を合わせないように必死。
そんな中、一人だけ真っ直ぐにリディアの姿を見据えている者がいた。それは、陛下の横に立つティルだ。
リディアの元を訪れる時のような装いではなく、王子らしい煌びやかな姿。ちゃんとしてれば王子らしいのに勿体ないと思いつつ、普段は絶対に顔など見せた事がなかったのに突然どうした?と言う戸惑いもあった。
「リディアよ…儂もなぁ、紹介してやりたいのは山々なんだがな、如何せんお主の素行がな……」
言葉を濁らせているつもりなんだろうが、全く濁りきれていない。
「素行は良い方だと自負しておりますが?」
「その、なんだ。前にも伝えたと思うが、男を簡単に組み敷く女はどうしても印象が悪くなるものだからな?」
優しく諭してくる。そんな陛下をリディアは呆れるような表情で見つめながら口を開いた。
「陛下、その考えは古いです。男も女も平等。本能のままに生きていれば、女が男を欲することもある。そんな時どうします?律儀に男から来るのを待ってるんですか?それはいつまで待てばいいんです?翌日?それとも数日?もしかしたら数年がかりかもしれない。女の価値はその時折で変わるんです。価値が落ちてからでは遅いんです」
早口で論破してやると、陛下は若干引き気味で言葉を失っている。傍らのティルは肩を震わせて笑いを堪えているようだった。騎士達に至っては、あ然を通り越してドン引きのご様子。
国王相手にここまで言える令嬢も珍しい。
「はぁ~……分かった。そこまで言うのなら仕方ない」
暫く考えていた陛下が頭を抱えながら呟いた。
「儂の古い友人でもよいか?」
陛下の言葉に一早く反応したのはリディアではなく、ティルの方だった。素早く陛下の方に向き直るが、気にせず言葉を続ける。
「お主よりも年齢が一回りほど違ううえに、森深い辺境に屋敷を構えている。辺りは獣も多く、一人で出歩くのすら危険な場所だ。それでもよいのか?」
まあ、歳はあまり気にしないが、不能だと困る。獣の類は、屋敷から出なければ問題がない。
問題があるとすれば、陛下の友人と言うことぐらい。
「待ってください」
リディアが口を開くよりも先にティルが口を挟んできた。
「獣の多い場所へ女性を送り込むのは如何なものかと」
「ほお?」
陛下は楽し気に口元を緩めている。リディアと言えば、ティルの口から女性だと気遣う言葉が出てきた事に驚愕していた。
(どうした!?)
いくら王子様を気取っていても、澄ました顔して黙っているだけだと思っていた。
「お前がこの場にいるのすら珍しいが、口まで挟んでくるとは…どう言う風の吹き回しだ?」
厳しい口調で言っているが顔がニヤついている分、威厳が半減している。
「一般論から申しております。危険な場所に令嬢を送ったなんて噂が立てば、王家の信用問題にも関わります」
良くもまあ、思っていない事をペラペラと…呆れを通りこして関心する。
「そこのご令嬢も、相手がどんな者か分からないのに、安易に受け入れるものではない」
リディアを睨みつけ、どこか苛立ったように言われた。
「くくくッ……息子はそう言っておるが、お主の意見はどうだ?」
急に矛先を向けて来たな。
「私は問題ありません。元より、令嬢の婚約などそう言うものでしょう?殿下に口出されるような事ではありません」
堪えきれず笑いだした陛下から突如投げられた言葉にも、狼狽えること無くはっきりと物申してやった。
ティルは王子の仮面を被っているせいか悔しそうに歯を食いしばり、射る様な視線をリディアに向けているだけだった。
陛下と言えば「ぶはっ」と吹き出して、腹を抱えて肩を震わせていた。
「陛下」とリディアが目を細めて睨みつけた。
「す、すまんすまん。……ぷ、くくっ……お主の意向は分かった。数日待て、話をつけておく」
「宜しくお願いしますよ」
釘を刺すように言いながら踵を返すと、扉に向かって歩き進めた。騎士達が不憫そうにティルを見つめているのが気にかかったが、まあ、そんなのリディアの知らぬところ。足を止めることなく、城を後にした。