陛下のご乱心
数日後、陛下から夜会の招待状が届いた。
──というのも、この夜会には未婚の男女が集められている。要は、王家主催の婚活パーティー。
『リディアよ。年頃の男を集めておいたぞ。酒の力を借りるのはあまり好かんが、酒が入れば男女の仲も縮まるものだ。お膳立ては出来ておる。精々励め』
そんな文が添えられていた。最後には…
『今回、儂の息子も参加しておる。儂に似て中々の美丈夫だぞ。折角だ、話でもしてみろ。案外、気に入るやもしれん。なんなら、儂の事はパパと呼んでも──』
グシャッ
読み終えるまでもなく握り潰し、躊躇なくゴミ箱へ投げ捨てた。
陛下のほくそ笑んでいる顔が脳裏に浮かぶ。協力的なのは嬉しいが、弁えるところは弁えて欲しい。
(それにしても)
王子が参加するとは珍しい。
陛下の息子で、この国の王子様は公の場を酷く嫌っていて、姿を現すことは滅多にない。それこそ幻の王子様と呼ばれるほど…まあ、それを容認している親も親。放任主義も大概にしろと、一部の者達から言われているが、リディアは別にそれが悪い事とは思っていない。
嫌な事を無理矢理押し付けても、不満が募るだけ。自分のやりたいことをさせている方が、身につく事もある。
その証拠に王子の評価は良いものが多く、リディアが耳にするのは文武両道の美男だと言う噂だ。
どちらにせよ、リディアには不釣り合いの人物。幻の王子が参加するとなれば、飢えた獣の如く目を光らせた令嬢達が多く集まるはず。そんな狩の場に野良猫が入る隙などあるはずない。
「はぁぁ~…」
次の満月は十日後。それまでに相手を見つけるか…はたまた…──
***
「来てしまった…」
ガヤガヤと賑わう王城を前にして、早くも場違いな所に来てしまったと後悔している。
沢山の馬車が集まり、降りてくるのは全身煌びやかに着飾ったご令嬢達。傍にいる子息達には目もくれず、城の中へと吸い込まれるようにして入って行く。
リディアは目立たぬように、息を殺しながら会場へと足を進めた。
中に入れば、闘志を燃やした令嬢達が火花を散らしながら互いに牽制し合っている。……とてもこの中に入る勇気は無い。
陛下には悪いが、早々に脱落させて頂こう。
リディアは酒の入ったグラスを手に取るなり壁際に寄ると、壁にそうようにしてバルコニーへと出た。
「ふぅ」
手すりに寄りかかりながら夜空を眺めると、一つの星が流れた。
(あ、流れ星)
あまりにも一瞬で、願いを言うのを忘れてしまった。
「あぁ~、惜しいッ!!」
悔しそうにその場で地団駄を踏んでいると「何が惜しいんだ?」と背後から透き通った声が聞こえた。
何故か聞いたことのあるような声色に、不思議に思いながら振り返ると妖艶に微笑む貴人がいた。
満天に輝く星に匹敵するほどの美しさを持ったその人に、リディアは目を奪われた。
ゆっくりこちらに近付く男。その耳にはシャランと揺れる大振りのピアスが…
(ん?)
そのピアスに見覚えがある。……そうあの男と同じもの。
よく見れば、背格好は同じような感じ。だが、明らかに髪色が違う。ティルは闇夜のような黒髪だが、目の前の人は絹のような綺麗な銀色。瞳の色も琥珀色ではなく瑠璃色と全然違う。
それ以前に、他人の家に侵入するような奴がこの場にいるはずない。そう頭では理解するが、どうにも気になって仕方がない。
困惑するリディアに、男は「くくくっ」と笑った。
「なんだ?化け物を見たような顔をしているな」
「!!」
ニヤッと人を小馬鹿にした様な顔…間違いない!!こいつは──
「ティル、なんであんたが?」
「知りたい?」
「…………」
グイッと体を引き寄ながら問いかけてくる。
知りたいと思う一方、聞いてはいけない。そう警告されているようにも感じて言葉に詰まる。
タダでさえ何を考えているか分からないような男だ。下手に関わり持って事件にでも巻き込まれたらそれこそ厄介。
触らぬ神に祟りなしという事で、何も聞かずにティルを押し退けて立ち去ろうとした。
「殿下」
そう呼ぶ声が聞こえた。
「そちらの女性は?」
「ああ、先日知り合った女性ですよ」
リディアに視線を向けながらティルの傍に寄ったのは、インテリ眼鏡の側近らしき人物。
そのインテリがティルを殿下と呼んでいる。そして、そのインテリに優しく微笑み返しているのは…………誰!?
殿下云々よりも、二重人格かと疑うほどの切り替わり様にリディアの思考は完全に停止している。
「陛下がお呼びです」
「分かりました。直ぐに行きますと伝えて下さい」
「承知致しました」
インテリが深々頭を下げて、その場から立ち去ると「はぁぁ~」と大きな溜息が聞こえた。
「あ、ああああな、貴方、殿下って…!!」
「バレちゃった」
舌を小さく出して照れたように言うが、今は可愛さなんて求めていない。
「さて、しっかりとした自己紹介がまだでしたね」
急に王子に切り替えてきた。
「私はこの国の王子、ティルフォート・オーフェルヴェックと申します。以後、お見知り置きを…リディア・ベルフォート嬢?」
背を正し、手を胸に当てて紳士らしさを強調するように言い切った。
リディアはただただ呆然としながら、ティルを見つめている。
「ビックリした?」
そんな軽く言うことじゃない。こんな衝撃的な事実を知って、驚かない者は鋼の心臓の持ち主だと思う。
「そろそろ戻ろないとだな…」
会場に目をやると、殺気に塗れた令嬢達がこちらを睨みつけている。
「なぁ、知ってるか?」
会場に戻る手前で、振り返りながら質問を投げかけて来た。
「流れ星って願いを叶えるだけじゃなくて、運命の人相手と出逢う前兆とも言われてるんだってよ?」
そう笑顔を向けると、颯爽と会場へ戻って行った。