自分の気持ち
ヴェルナーの屋敷に来て数日が経った。
毎日新しい発見があったりで、本当に楽しくて楽しくて……こんなに充実した日常は王都ではとても無理だ。正直、ここに来た理由を忘れるほどだった。
まあ、記憶と言うものは忘れた頃になって呼び起こされるもので……
「……や、ばッ……」
窓越しに空を見上げれば、金色に輝く大きな満月がリディアの瞳に映り込む。
体温が上がり、嫌でも息が上がる。時間が経つにつれて身体の疼きも増してくる。太腿の蕾は、綺麗な赤色の花を咲かせている。
当初の目的はヴェルナーと関係を持つ為と、陛下に頼み込んでここまでやって来た。陛下がリディアの事情をどこまで話しているのかは分からない。だが、ヴェルナーと言う人を知ってしまった今、本当に関係を持ってしまっていいのかと微かに残っている自制心が問いかけている。
コンコン……
「!?」
開ける事のなかった続き部屋の扉が初めてノックされた。
(なんで、このタイミング……!?)
息を殺すように布団に潜り込みジッと耐えるが、返事がないのを不審に思ったのか、ゆっくりと扉が開く音が聞こえた。
「リディア?」
いつもなら喜んで返事を返すが今は駄目だ。無礼は承知の上。醜態を晒すよりは余っ程いい。
「どうした?」
ダンゴムシのようにくるまっているリディアを布団越しからポンッと触れられ「ん…!!」と声が出る。その声に、ヴェルナーの手も止まった。
「す…すみま、せん……」
そっと顔を覗かせたリディアの目はトロンと熱を帯び、涙が溜まっている。この涙は羞恥心から来るものか、快楽によるものかリディア自身も分からない。
そんなリディアの姿を見たヴェルナーは、思わず息を飲み込んだ。
国王であるヴィルからそれとなく話は聞いていた。いくら私でも、一回り以上歳の離れた娘に手は出さんと笑って応えたのを覚えてる。だが──
(これは、結構クる…)
自制心は強い方だと自負しているヴェルナーだったが、完全にリディアの熱に当てられている。
必死に冷静を保とうとするが、リディアの吐息がそれを阻む。
「ヴェ…ルナー……様」
艶混じりに名を呼ばれ、ヴェルナーの中の自制心が崩壊するのが分かった。
乱暴に布団を剥ぎ取り、リディアの上に覆い被さるように馬乗りになる。
「ヴェル──ッ!!」
名を口にする前に口を塞がれた。
「…んッ…」
蕩けるような甘いキスに力が抜ける。何も考えられない。このまま身を任せてしまおうか…
「はあ…」
吐息と共に唇が離れた。
「本当に君は…大人を嗾けるとはいけない子だね」
舌舐りをしながら髪を掻きあげる姿は、息を飲むほど美しい…だが、それと同時に普段とは違う雰囲気を纏ったヴェルナーに戸惑う。
リディアを見る目は、お世辞にも優しいものとは言えない。血に飢えた獣のように鋭い眼光で見下ろしてくる。
──怖い。
初めて感じる雄の姿にリディアは恐怖を感じた。
「おやおや…今更怖気付いたのかな?」
震える体に覆いかぶさり、頬を撫でてくる。ビクッと体が跳ねるが、ヴェルナーは退こうとはしない。
この場から逃げ出したいが、身体はヴェルナーを求める。恐怖と欲望が混じり合い、自然と涙が溢れてくる。
「いいね。その絶望に満ちた顔…最高に唆るよ」
舌で涙を拭いながら、そんな言葉を吐く。
「さあ、無駄話は終わりにしようか」
ヴェルナーは躊躇なくリディアの足を割って、太腿を持ち上げた。触られた所が熱く、そんな気はないのに甘い声が漏れる。
もう逃げれない。
(ティル…)
自然と出た名に、リディア自身も驚いた。こんな状況になって初めて、ティルの存在の大きさを知る事になるなんて…
リディアが自身の気持ちに気が付いたその時、ガシャンッ!!と大きな音を立てて窓ガラスが割れ、一人の男が侵入してきた。かと思えば、脇目もふらずにヴェルナー目掛けて拳を振り上げた。
ガッ!!
殴られたヴェルナーはベッドから転げ落ちた。ここまであまりにも一瞬で、悲鳴を上げる隙すらなかった。
茫然としているリディアを優しく包むように力強い腕に包まれた。
「遅くなった……大丈夫か?」
耳元で聞こえた声は震えていた。
「……ティル……?」
ゆっくり顔を上げると悲痛に顔を歪めたティルがいた。
「ティル……ッ!!」
リディアは勢いよくティルに抱き着いた。安堵、その二言しか出てこない。涙がとめどなく溢れてくるが、これは喜びの涙。
ティルはリディアの無事を確かめるように力強く抱きしめ、大丈夫だと伝えた。見つめ合う二人…どちらともなく唇を近づける…
「いたた……」
完全に二人の世界に染まりけていたが、ヴェルナーが殴られた頬を押さえながら体を起こしたことで、驚いたリディアがティルを力いっぱい突き飛ばした。
「君達、私がいるのを完全に忘れていただろ?」
「い、いえ、そんな事は……」
取り繕うとするが、正直、今のリディアにそんな余裕はない。
「ふふっ、それどこじゃないね。ああ、私はもう手を出す気はないから安心してくれ。所詮は当て馬要因だったからな」
「……え?」
服を整えると部屋を出て行こうとするヴェルナー。その顔は何処か安心したように穏やかだった。
「ティルフォート、自分が欲しいと思ったのならちゃんと言葉にしなければ伝わらんぞ?自分だけじゃない。相手も傷つけることになる。それを覚えておけ」
「……」
ティル悔しそうにヴェルナーを睨みつけるが、黙ったまま首を縦に振った。
「この部屋に人払いをしておくから。それと、ティル…これは借り一つにしておくからね」
目を細め、満面の微笑みを浮かべながら殴られた頬を指さして言うと部屋を後にして行った。
ああ、これは、敵にすると厄介な人だ……そう直感が働いた。その証拠に、ティルの顔色はあまり良くない。
「ティル……」
悪いが感傷に浸っている時間はない。リディアは熱を帯びた目でティルを見つめながら手を絡めると「クスッ」と困ったように微笑みながら軽くキスをする。
「リディア、お前を愛している。お前が欲しい」
「私も……ティルを愛してる」
月夜に照らされた二人の影が、次第に重なっていった。




