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崖っぷち令嬢の生き残り術  作者: 甘寧


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嫉妬と羨望

 王城にあるティルフォートの執務室──


「失礼します」


 インテリ眼鏡こと、ティルの側近オスカーが両手にいっぱいの書類を抱えて入って来た。


「……何をしているんです?」


 目を細めて見つめる先には、魂が抜けたように机に突っ伏してピクリともしないティルの姿。声をかけても返事はない。


(珍しく城を抜けずに執務室に籠っていると思って来てみれば…)


 オスカーは小さく息を吐くと持っていた書類をテーブルに置き、ティルの傍へ寄った。机の上にある書類は全て確認済みの印が押してある。仕事は終わっているから放っておいてくれという意思表示だろう。


 仕事が出来る分、扱いやすいと思われがちだが、この人ほど面倒臭い人はいない。


「リディア・ベルフォート嬢ですか?」


 ぽつりと名を口にすれば、分かり易く体が跳ねる。


「そんなに気にかかるなら会いに行ってみては?」

「……行った所で俺の話は聞いてくれない……」


 駄々を捏ねる子供の様な事を言う。


「王子の仮面が剝がれてますよ?」

「ここにいるのはお前と俺だけだろ。許せ」


 こうして砕けた話し方をするのも、ティルがオスカーを信頼している証拠。それと同時に、自由奔放なティルに振り回されている一番の被害者でもある事を示している。


「一体貴方はどうしたいんですか?」

「……」


 不貞腐れたように口を尖らしたまま黙っている。


 長年この人に仕えているが女性に興味を持つこと自体珍しい。だからこそ、どうしていいのか分からないのだろう。しかも困ったことに相手側にその気が全くないときた。王子からの好意を無碍にする女性がいたとは…


(さて、どうしましょうか)


 ここで焚きたてるのは簡単だが、恋愛初心者のティルは意固地になってしまう可能性がある。


(放っておいてもいいんですが…)


 折角知った恋心。何もせず散るのは些か不憫だ。陛下に相談をしたところで、あの方の事だ。面白がって「放っておけ」の一言だろう。


 確かリディア嬢が向かったのは、ハイデベルク卿のいる辺境……陛下の古い友人だと聞くが、歳を感じさせない方だ。強面だが物腰の柔らかい方で、若い頃には相当人気があったと聞く。歳が増したと言っても、その美貌は変わらないだろう。


 オスカーは暫く考えた後、絞り出した答えは──


「これは私の()()()ですが…」


 そう前置きした上で、ゆっくりと口を開いた。


「ご自分の気持ちに嘘が付けるようならば、その想いは捨ててしまいなさい。逆に嘘が付けないのならば、その想いを貫き通しなさい。まあ、()()()何がなんでも自分のものにしますが…手段なんて選びませんけどね」


 ほくそ笑みながら言い切ったオスカーの目は全く笑っていない。


「……お前、頼むから法に触れる事はするなよ?」

「嫌ですね、()()()ですよ」


 忠告するように言うが、オスカーは涼しい顔で言い返してくる。


「随分とデカい独り言だ」

「ふふっ、よく言われます」


 まったく…と溜息混じりに言うが、その表情は先程とは違って見える。


(本当に世話の焼ける…)


 オスカーはようやく一息付いた。




 ***




 その頃、リディアはヴェルナーに屋敷の中を案内してもらっていた。使用人は最低限しか置かないらしく、大きい屋敷なのに数人しかいない。基本的に自分の事は自分でやるのが、この屋敷のルールらしい。


「しばらく滞在すると聞いているが、間違いないか?」

「はい。陛下から仲を深める為に滞在を勧められました」


 ──と言うのは建前。


 実は満月が近く、陛下が珍しく気を利かせてくれた。仲を深める為と言うのも、あながち間違いでもない。


「君の部屋はここだ。私の部屋と続き部屋になっているから、何かあれば呼んでくれ」

「はい。ありがとうございます」


 通された部屋は綺麗に掃除が行き届いており、真新しいシーツに包まれたベッドは清潔感があってとてもいい。

 入口の扉とは別に、壁にも扉が付いている。これが、ヴェルナーの部屋に続く扉なのだろう。


「ねぇ、ニコル…」

「はい?」

「これは、もう夜のお誘いだと思っていいわよね?」


 続き部屋の扉に手を置きながら訊ねれば、ニコルはゴミを見るような目で睨んでくる。


「え、ヤダ。何その顔」

「先に申しておきますが、絶対…絶対に、その扉を開けてはいけませんよ。いいですか?絶対にですよ」


 釘を刺すように『絶対』という言葉を何度も繰り返して伝えるが、リディアは「何でよ」と不服そう。


 二コルは顔を手で覆って天を仰いだ。


 リディアが子供を欲しているのは使用人達は全員知っている。何故、そんなに欲しているのかまでは知らないが、自分の身は大事にして欲しいと言うのが使用人全員の願いだ。


(それなのに、この人ときたら…)


 簡単に組み敷いては、男のプライドをへし折ってトラウマを植え付けている。そんなことを繰り返す危険人物を国王の友人で辺境伯の元に一人で送り出す訳がない。


 人生経験豊富な辺境伯ならば、大人な対応で諭しながら咎めてくれるかも…という甘い考えも無きにしも非ずなのだが、余所の屋敷で夜這いをかける令嬢なんて聞いたことがない。節操が悪いと追い返されるのが目に見えている。


 頭を抱える二コルだったが、目の前のお嬢様は頬を膨らませて納得できないという様子で頬を膨らませていた。



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