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5 晩餐と下心

 居心地が悪くて仕方ありません。

 晩餐の場には、当主であるお父さま、ファルネルお姉さまとキリアン義兄さまだけでなく、祖父母まで揃っていました。

 当主を退いても現役で働いておられるおじい様と、お年を召してもその美貌は衰え知らずのおばあ様。王都にいるお母さま以外の全員が揃っていました。

 普段は早めに夕食を取っていらしたと思うのだけれど、もしかしてマクサージー様がいらしているから?

 あまりマクサージー様に意地悪をしてほしくないのですけれど……。

 と、強い不安を抱えながら臨んだ晩餐でしたが、波乱は一度も起きることなく終わりました。

 どちらかと言えば和やかに、少しだけ見て回った領地の話をたくさん聞かれたくらいです。

 お母さま関係のお店でお茶したのが功を奏したのか、家族の顔が穏やかなものでした。

 マクサージー様もお話がお上手で、王都での話は少な目に、侯爵家での話なんて一切出しませんでした。

 それから、アダムス様を含めた隣の領地の話さえありません。

 見事としか言いようのない話題の選別と誘導でした……。

 晩餐の最後はお母さまが近日中に戻られるという内容で締められ、私とマクサージー様に退出を許されました。

 お姉さまと義兄さまがすぐに出てこなかったので、恐らく私とマクサージー様を除いた全員でお話をされるのでしょう。


 私のこれからについて。


 新しい婚約者の選定についての話であれば、私がいるべきではありません。

 現領主と次期領主の意見、そして前領主の感想も参考に進められて決まると思います。どのような方に決まっても結婚する気が一切ないのですけれどどうしたものでしょうか。

 そうです。

 婚約者の話が出た時にお話ししましょう。一生独りで結構ですと。反対されれば王都のお母さまの研究所の研究員として過ごせばいいのです。

 籍を抜かれてしまうとお姉さまのお手伝いができませんので、そこは交渉するしかありませんね。


「フィアネル嬢、先ほどは素敵な晩餐をありがとうございました。あのような待遇を許されるなんて思っていなかったので……まだ驚いています」


 嬉しそうな顔のマクサージー様に私の頬も緩みます。

 責められることを覚悟して来てくださったのだと分かる発言でしたので、無事に済んで私も安堵しました。


「それに味も素晴らしい。初めて口にするはずなのに懐かしさがあって……」

「それはきっと、この屋敷で働くすべての人が領地に住む人だからかもしれません。家庭料理の豪勢版が出るようなものなのです」

「専属で雇っているわけではないのですか?」

「そうなのです」


 くすくすと笑ってしまいながら、我が家の使用人について話をします。王都に行ってからの三年半のことは知らないのですが、それ以前や戻ってきてからの話ならいくらでも話せます。

 マクサージー様は我が家――というよりドロテ男爵領についての話に目を見開いて驚いておられました。

 領地で見た光景は私と領民との関係ではなく、ドロテ男爵家と領民の関係でしたので、驚くのも無理はないでしょう。他の貴族が管理する地方では考えられないことだと思います。


「これほど貴族との距離が近いというのに尊敬の念を忘れない領民には参考にすべき点が多くありますね」

「お褒めいただいてありがとうございます。これからも領地と領民のために頑張ろうという気力に繋がりましたわ」

「それは……今後、伴侶を求めない……ということ、ですか?」

「…………」


 さすがに直接答えるつもりはありません。

 まだお姉さまに話しただけの、きっと反対されるでしょう悲観的な話ですもの。

 答えなくとも沈黙や逸らした視線からマクサージー様は私の気持ちを推測なさったでしょう。

 理解していただきたいとは思いません。何も言わずにそっとしていただければ、それで十分。

 廊下で立ち話をしていても疲れるだけです。明日になればマクサージー様は王都へ戻らないといけませんし、休んでいただかなければ。

 私はそう思ったのですけれど、マクサージー様の手が私の手に触れます。


「もう少しだけ……お話がしたいのですが、ご迷惑でしたら手を振り払ってください」

「そのような引き留め方は卑怯ではありませんか?」


 お客様に対して振り払えなど、どうしてそんなことをおっしゃるのか理解できません。

 まさか、今更私から話を聞いて再び侯爵家に戻れと言うのでしょうか。さすがに御免被ります。嫌です。本当に。心の底から。


「言い過ぎたことは謝罪します。自分でも酷い引き留め方をしたと思います。ですが、もう少し……話していたいのです」

「どうして、か、お聞きしてもいいですか? 侯爵家でもお話しする機会はそこまでありませんでしたのに」

「主の婚約者という立場ではなくなったあなたと話すのが……あなたからご自身の領地の話を聞くのが……思いの外楽しかったのです」

「それは……ありがとうございます?」


 話すのが楽しいと言われて悪い気はしません。

 しませんが、マクサージー様の本当の言葉なのかは疑問が残ります。

 王都では本当に必要最低限の会話しかしたことがないのに、会話をしようと思われた理由が分からないのです。

 婚約中であれば為人を知るために会話をすることもあるでしょう。ですが、すでに婚約は破棄されていますし、私も実家に戻っています。

 断る理由もありませんから、廊下から直接外に出られるバルコニーへ案内します。空も晴れていますし、星がよく見えることでしょう。

 夜の時間帯に働いてくれている男性使用人――若い方がお小遣い稼ぎに来てくださることが多いです――に温かい紅茶の用意をお願いします。

 バルコニーはソファしかありません。

 四人まで掛けられるソファに、距離を空けて横並びに座ります。

 すると、前に人がいないために景色が飛び込んでくるように視界を埋めるのです。


「このソファの配置はとてもいいですね。一人になりたい時とか、考え事したい時にぴったりだ」

「お一人になりたいことがマクサージー様にもあるのですね……?」

「ありますよ。主が婚約者の方の外見しか見ていないと思い知らされる時とか」

「……最初からそうだったかと思いますけど」

「あなたが努力家であることをあの方はご存じありませんし、興味もありませんでした」


 侯爵家の教育は先生との一対一でしたし、ダンスやマナーのレッスンはマクサージー様がご一緒してくださいました。パーティでジョアンニ様と踊ることが多かったので気にされなくてもよかったとは思います。

 努力なんて、見せるものでもありませんし。

温かい紅茶の用意が整い、目の前でカップに注いでもらいます。湯気が夜空に上っていく様を眺めていると、「お嬢様」と使用人が私だけに声を掛けてきました。


「どうしました?」

「何かありましたらすぐ側に控えておりますので、遠慮なくお声がけください」

「ふふ、分かりました」


 親切に声をかけてくれましたけど、バルコニー前の廊下に人の気配が多いようです。きっとお姉さまもいるでしょうね。いそうな気がします。


「ここは、フィアネル様を大切にしてくださる方ばかりですね。こんな私にも優しくしてくださる」

「マクサージー様こそ、ずっと褒めてくださっていますね? 以前からお優しい方だと存じていましたが、より実感します」


 侯爵家にいた頃なんて、誰も何も褒めたりなんてしませんでした。できて当たり前だと言われ、できないと蔑まれ、できてもできなくてもジョアンニ様の隣に立っているだけで悪口が聞こえてきた。

 ドロテ男爵領に帰ってきてから良いことばかりです。


 婚約を破棄されたのに。

 初恋にも敗れたのに。


 これは本当に、私には一生結婚とは縁がない暗示なのでしょうね。

 それなら諦めもつくというもの。

 これからの孤独を受け入れる私に、マクサージー様が言います。


「下心からの発言です」

「え?」

「……と言ったら、どう思われますか?」

「すみません、意味がよく……?」


 下心? マクサージー様に?


「明日王都の侯爵邸に戻ったら、側近を辞そうと思っていまして」

「ど、どうしてですか? マクサージー様はとても優秀でいらっしゃるのに」

「……あなたが婚約者でなくなれば、何が起きると思いますか?」


 マクサージー様の辞職の告白には驚きましたが、その理由が私にあると言いたいのでしょうか?

 私がランドル侯爵家のジョアンニ様と婚約関係が終わった後に起きること……。

 私が侯爵家からいなくなる――では、ありませんね。マクサージー様の辞職と関係ないはずです。

 私ではないとすると、ジョアンニ様の方ですかね。

 普通に、単純に考えてみれば……


「新しい婚約者の方が来る……ですか?」

「そうです。ジョアンニ様はすでに次の婚約者の方を見つけておられます」

「さすが、お早いですね」

「あなたという婚約者がいなくなり、次にジョアンニ様に選ばれる女性も見目が麗しいに違いないという噂が広まり、多くの女性がジョアンニ様にお目通りを求めました。その中の一人をお決めになったのです。家格は伯爵。釣り合いに問題はありません」

「よかったですね」


 私のように逆らえない下すぎる家柄の女性ではなくてホッとします。あのような生活はするべきではありません。


「ええ、新たな婚約者が決まったのはいいのです。相手の家に問題さえなければ、私が側近を辞する必要もありません」


 新しい婚約者の女性のことをマクサージー様はきちんとお調べになったようです。その上でランドル侯爵家から離れることを決意された、と。


「……つまり、問題のある御家なのですね?」

「野望が感じられた、とだけ」


 秘密ですよ、と口に人差し指を当てるマクサージー様は笑顔でしたので、釣られて私も笑ってしまいました。このようなマクサージー様は初めて見ました。


「なるほど、それで次は我が家に雇ってもらおうというのですか? ですが我が家は家族の協力と領民のお手伝いで間に合っていますわ」

「そのようです。……いえ、雇い入れを求めているのではなくて」

「え? ああ、そうですよね。侯爵家からいただいていたようなお給金をお支払いするのはきっと難しいですわ」


 お給金の話を失念していました。細かいことはお父さまに聞いた方がいいと思いますが、男爵家ですから侯爵家よりも賃金は落ちてしまいます。

 それに、マクサージー様を雇い入れたとして、どんなお仕事が相応しいのでしょう。見合ったお仕事がなさそうですね。

 冷静にマクサージー様をお雇いするのは現実的ではないと考えていると、隣にいるご本人は肩を落として項垂れています。やはりお給金は大事ですものね。


「お給金を十分にいただかないと、養うのも大変ですものね……」


 結婚するのもタダではありません。日々の暮らしはもちろん、お相手の方に必要なものは多いでしょう。貴族として生きるのであればなおさらです。

 暮らす家によっては使用人も必要ですし、ドレスを着るのであれば侍女も欲しいところでしょう。


「養う?」

「マクサージー様、ご結婚を望む方がおられるのではないのですか? その方のためにも新しい職場を探しているのだと思ったのですが……」

「養われて……くれるのですか?」

「え?」


 お話、噛み合ってますか?


「ああ、また焦ってしまったようです」


 お疲れのようですね。今夜はもう休んでいただきましょう。明日は王都までお帰りになるのですし。

 温かかった紅茶も冷めましたし、お開きにするには丁度いいでしょう。



 ああ、でも。

 なぜかドキドキしているみたいです。

 どうしてなのでしょう?


続きはまた明日。

明日で終了です。


思いの外たくさんの方に読んでいただけているようで嬉しいです。

もしよければブックマーク、いいね、評価などしていただけるとかなり嬉しいです。

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