7話 フェル王立学園
花恋は莉亜の同級生だった。
高校に入ってすぐに、家庭環境が似たもの同士、気が付けば友達になっていた。
花恋は女優になる事を目指してて、莉亜はよくお芝居とやらに付き合っていた。
中でも彼女の好きなのは、虐められながらも、健気に生きていく少女の設定で、よく莉亜を悪役に仕立てては、泣きの練習をしていた。でもね、花恋のお芝居はどんどん熱くなっていってね。
花恋は次第に周りの人まで巻き込んで、莉亜を悪人に仕立て始めた。
人や物を傷つけては、莉亜に罪を擦り付ける事、数ヶ月。気が付けば、莉亜の周りには、友達がいなくなってた。
そしてあの日、花恋は断罪イベントだと言って莉亜とクラスメートを屋上に呼び出し……。
どうして前世の学校生活を回想してるかって?
何故ならリアは今、学園長室に呼び出されてるからです!
重厚な机に着き、組んだ両手に顎を乗せてリアの事をじっと見つめるのは学園長様。厳粛な空気を纏った、強面のおじいさんだった。
リアがおずおずと学園長様の前に行くと、学園長様は立ち上がり、リアを応接セットに促した。リアは、保護者であるイーヴさんの待つソファの端っこにチョンと座った。イーヴさん、迷惑かけてゴメンなさい!
学園長様が向かいのソファに座ると、三者面談スタートだ。
「リリア・エヴラール。いや、偽名だったな……リリアと呼ばせて貰おう。確かにそなたの見学は許可した。だがそれは、客人がエヴラール家縁のものだと聞いたからだ。学園長の私を騙して、騒動まで引き起こしたとなれば、タダでは済まないぞ」
学園長様は現実逃避に失敗して戻ってきたリアを、辛辣な言葉で攻めてきます。でもショッキングな回想のおかげで、ダメージはさほどありません。
それにね、リアには心強いパティシエがついているから大丈夫!水色の髪を耳にかけ、物憂げに目を細めたイーヴさんは、紅茶を手に取り、ゆっくりと啜った。
「僕はお伝えしたはずですよ。リリア嬢の安全対策は取らせて頂きますと。偽名は対策の一部ですし、騙したなんて酷い言いがかりはよして頂きたいな。それよりも、事前に知らせておいたにも関わらず、リリア嬢が命の危険に晒されたと聞きましたよ。リリア嬢を預けた身としては、誠に遺憾に思っているのですが、その事についての謝罪がないなんて事、ないですよね?」
声がイイ!!負ける気がしないわ!!
「講師陣にはしっかりと伝えたぞ!奴らが私の警告を軽んじたに過ぎん!」
「それを、監督不行届きだと指摘しているのですけどね?」
う……と学園長様が言葉を詰まらせ、肩を落とした。イーヴさんの勝ち!!
「しかしな、イーヴ。怪我を気にする様では実践に使える魔法など身につかんとは思わんか?……まあ、練習中にはしっかりと防御魔法をかけるよう、指導はしているが、この程度の怪我で騒いでいては、実践で使いものにならんだろ。それにな、今まではカレンが誤って友人を攻撃しても軽傷で済んでおったのだ。だから……」
チラリとリアを見る。リアが何かしたって思ってるのね。
イーヴさんは不本意って感じでため息をついた。
「彼女の魔法が異質かつ強力である事は、以前にも忠告したはずです。誤って友人を攻撃?有り得ないでしょ。彼女は確実に自分の気に入らない人物を攻撃してますよ?なのに貴方は何故、そんな危険人物を未だ、学園に置いているのでしょうか?」
カレンったら、異世界に転移してもブレないのね。
学園長様は眉間を押した。
「それは……彼女が望んだからだ。あの若さで、神殿に軟禁生活というのも可哀想での」
「せめて実技を禁止させる事は出来なかったのですか?」
「彼女が強力な神聖魔法が使える事は、お前も知っておるだろ?アレはこの国に必要な力だ。学び、成長させる事を制限するなど考えられんだろ……」
イーヴさんは腕を組んで仰け反ると、項垂れる学園長様を見下ろした。
「愚かな……それが彼女を増長させる原因だとは思わないのですか。しっかりと生徒の手網を握らないと、今に大変な事になりますよ。今日は相手がたまたま強化されたリリアだったからいいものの、下手すれば死人がでていたでしょう」
今世のリアは強化されてました!魔法も弾きます!!
学園長様は頭を抱えてどんどん小さくなった。
あれ?パティシエってこの世界では重要なポストなのかな?イーヴさんって、学園長様と対等に話しているけど。
丁度その時、鐘が鳴り、イーヴさんが立ち上がった。
「……あ、しまった。そろそろ次の講義に行かなければいけない時刻ですね」
お?もしかしてイーヴさん、講師とか?
「リリア嬢、もうすぐ君の犬が来るので、それまでここで待ってるといいよ。僕は授業があるからね。恥ずかしい事ながら、出席日数が足りなくてね」
学生だった。しかもアンリと同レベ。
「行ってらっしゃい!」
リアは急に親近感がわいて、イーヴさんに手を振った。
しかしイーヴさんの言う犬?を楽しみに待つ事、数分後、リアは1人で帰れると言わなかった事を後悔し始めていた。
「リリア……お腹は減らんか?」
学園長様と2人きり。微妙な空気の流れる中、間が持たなかったのだろう、学園長様が高級そうな箱に入ったクッキーを勧めてきた。
「ありがとうございます!」
お腹は減ってなかったけど、リアはビクビクしながら箱を受け取った。すると学園長様はお茶を用意し始める。ドキドキ。
「ところで、聖女カレンの魔法を弾いたと聞いたが、おぬしも魔法が使えるのではないか?」
話しかけられた!リアはクッキーを片手に、ビクリと震えた。
「リアは魔法がこの世界にあるって事、今朝知ったのです。だから、使えないと思います!」
「魔法を知らんとは!一体どんな所で育ったのやら……」
学園長様はヤレヤレと首を振った。リアの育った環境はこの世界の普通と違ったらしい。
でもリアは、今までの暮らしも十分素敵だと思っていた。ってか、最高じゃん?
「あのね、リアはとても綺麗な場所に住んでいてね、リアの事を気にかけてくれる優しい人達と一緒に暮らしてたんだよ。魔法なんてなくても、とっても幸せなの!」
リアが一生懸命に伝えると、学園長様が一瞬止まった。そして、ゆっくりと息を吐く。
「そうか、失礼した。……本来、人とはそうであるべきなのだろうな」
学園長様はリアの前にお茶を置き、自分の分を持ったままリアの横に座ってきた。なんで横に?いつの間に、距離が縮まったの?
「しかしな、リリア。この世の中にはダンジョンがあり、凶暴な魔物が日々生まれておるのだ。身を守る為に我々は強くならなくてはならない。だから私はこの学園を大きくし……」
学園長様はそこで言葉を止め、リアの顔をじっと見つめた。厳つい顔が無表情。怖い……汗汗。
「……そうだ、誰かの幸せを守りたいと願った時、精霊王より与えられた力が魔力だったはずだ」
学園長様はそう言い、目を細めた。それだけで、優しいおじいちゃんの顔になった。
「そうか。魔法とは、お前さんの様な優しき者たちを守る為にあるのだったな。ありがとう、大切な事を思い出させて貰った」
そう言い、学園長様は1人で納得して、スッキリとした顔で紅茶を飲んだ。その顔は何処か誇らしげだ。
そうか、この学園長様は、リアの様な弱い者を守ってくれる為にこの学園を作ったに違いない。そう思うと、厳つい顔もとても優しげに見えて、リアは嬉しくなった。
すると、どうしてだろう。リア達の周りに精霊が集まって来てるじゃない?……お?学園長様の妖精さんも顔を出してる。小さいけど、焦げ茶色のめっちゃ強そうな妖精さんよ!
リアはそっと学園長様にクッキーを差し出した。ご褒美大事!!
「精霊さんは甘いものが好きなの。だから、学園長様もおひとつどうぞ」
学園長様は目を丸くして笑い出す。
「ふっ……ハハッ!リリアも精霊が見えるのだな。では、頂こう!」
クッキーを受け取り、リアの頭を撫でてくれた。その隙に学園長様にくっ付いていた妖精さんがクッキーをちょっと齧った。嬉しそう!
それからしばらく2人で、クッキータイムだ!リアは聞かれるがまま、屋敷の優しい同僚さんたちの話とか、自分のお世話していた素敵な庭の事を話していた。
「リリアはこの学園をどう思っておるか?恐ろしい目にあったと聞いたが、嫌いになってはなないだろうな?」
ライゾとクッキーを取り合ってると、学園長様が2杯目の紅茶をくれた。
「リア、まだよく分からないよ。ちょっとしか見てないし」
学園の印象なんて、黒いローブに囲まれた!くらいなものだ。カレンの出現によって、リアの感情は暗く深い闇に飲み込まれてしまっていたから。……カレンは何故この世界にいたのだろう?
「もっと通ってみたいとは思わんか?」
「どうかな……」
前世の黒歴史が後を引く。でも、心の奥底からは、リリアの感情が溢れてきてた。……行きたいって!
だけどね、リリア。今のリアの知識じゃ、試験はまず無理だと思うの。
「なら、ワシが入れてやろう」
学園長様!?
「……いいの!?」
困惑してじっと見つめれば、人の良いおじいちゃんと化した学園長様は顔を綻ばせた。
「ワシを誰だと思っておる。元、王の近衛騎士団長グウェナエル・プロスペールだぞ!このワシが認めるのだ。明日から安心して勉学に励むといい!」
凄っ!!裏口入学感が!!……んん?プロスペール?
学園長様はイーヴさんのおじいちゃんでした!
そして、ちょうど和やかにクッキーを食べ終わった頃……。
イーヴさんが犬と言ったお迎えがやって来ました!
リアを迎えに来たのは、犬だなんてとんでもない!第二王子、ルーカス・フェル様でした!何で!?
「リア……リリア穣、これにはちょっと事情があって」
そう言って目をそらす美しい王子様の腕には、しっかりと、オレーリアの腕が回っていました。まあ、仲がいいのね。
「リリア!何故あなたがここにいるの!?」
オレーリアは不服そうにリアを睨みつけます。そうよね、自分の屋敷のメイドが、いきなり学園にいたらびっくりするよね!でも、説明するとイーヴさんが誘拐罪に問われちゃうから、口チャックよ。
「ルーカス殿下。お話と違うようですが?」
学園長様はそれを見て、何故か怒ってる。
しかし王子様は、毅然とした態度で、学園長様に向き合った。女連れだけど。
「いえ、学園に来たついでに、ご相談がありまして。ぜひこの娘らを生徒に迎えて欲しいのですが……」
学園長様は立ち上がった。
「ついでに……だと?殿下はこの学園を自分の権力でどうにかできる場所だとお考えで?」
リアは学園長様の権力でどうにかされちゃった気がするけど、そこは気にしないでおこう。
しかし、王子様……ルーカス殿下は、怯むことなくオレーリアの手をどけると、しっかりと学園長様の顔を見て、ビシッと腰を折った。
「そこをどうか……お願い致します!」
……え?ルーカス殿下って、王様の次の次くらいに偉い人なんじゃないの?まさかの事態に、リアとオレーリアは固まった。
そしてしばしの静寂の後、ルーカス殿下の姿をじっくり時間をかけて見た学園長様は、ふっと息を吐いた。
「ルーカス殿下……貴殿にもその様な態度が取れたのだな……。いや、そう言うのは不敬だな。貴殿の姿勢、しかと見せて頂いた。こちらこそ不遜な態度をとってしまった事、お詫び申し上げる。……しかし、この娘を学園に入れたいという、その理由を聞いてもよろしいか?」
ルーカス殿下は顔を上げる。
「私の愛する者の意向を汲んだだけです。彼女は誰よりも学びたがっていましたから……」
何故か寂しげな表情よ。って、こっち見ないでよ!リアは勉強なんて嫌いよ?って事は、やっぱりルーカス殿下はオレーリアの事、愛して……きゃぁぁぁ――!大人ね!
学園長様は顔を赤くするリアを見て、ふっと笑った。
「相まった。だが心配には及ばん。今しがた彼女を我が学園の奨学生として迎え入れたばかりだからな」
先生、それ、リアじゃないよね?ルーカス殿下は、オレーリアの事を言ってると思うんだけど。
「ありがとうございます。プロスペール伯爵」
ルーカス殿下も納得しないで!って、プロスペール家って伯爵様だったの?
「では、リア。そろそろ行こうか」
ルーカス殿下が手を差し伸べた。こっちに向かって。
用事が終わったから、次は仕事って事ね。でもリア、エスコートは要らないわ。両手を飾る花にもなりたくないし。
「ちょっと、ルーカス様。オレーリアの入学は許可されましたの?」
ほら、これ以上はオレーリアに誤解されるよ?
リアは慌ててスカートの裾を摘んでお辞儀をした。
「殿下、ご心配なく。リリアは1人で大丈夫ですわ。後は、おふたりでごゆっくり」
すると、学園長様がぶっ!と吹き出した!
「では、ワシがC棟まで送ろう。ルーカス殿下はまだ、用事が済んでいない様だしな」
とっても有難い申し出に、リアは学園長様の腕を取った。
「学園長様、ありがとう!」
王子様を見ると、めっちゃ厳しい顔をしてリアを見ていた。……って、忘れてた!
リアは、ずっとポッケに仕舞ったままの、小さな宝石箱を王子様に差し出した。
「ごめんなさい。これ、渡す相手を間違えてたみたいよ?」
途端、ルーカス殿下が焦り始めた。
「リリア穣、待ってくれ。それを返すつもりか?」
ん?返しちゃいけないの?
すると、今まで黙って見ていたオレーリアが、横から宝石箱をひったくった。
「何故あんたがこんな高価そうな物を持ってるの?まさか!私のプレゼントを横取りしたのね!酷い!!」
「……待て!それは!!」
取り返そうと手を伸ばす王子様の手を遮り、オレーリアは宝石箱を開けた。中から緑色の宝石が見えるやいなや、パァァァ――と顔を綻ばせる。
「まあ、素敵!!これは王家に伝わるルーン石!ルーカス様、ありがとうございます!」
「いや……」
オレーリアはとっても嬉しそうよ。良かったね!
「では、リリア。行こうかの」
学園長様が楽しそうに歩き始めるから、リリアは何故か落ち込んだ様子のルーカス殿下を置いて、学園長室を後にした。
その晩リアは、お菓子工房のもふもふソファーに横になり、テーブルの上で行われる小さな会議に耳を澄ませていた。
天窓からは夜空が見える。皆のいる屋敷から遠く離れているからか、いつもの星空とは違い、曇って見えた。
『そうですか……やはり、ハガルでしたか。どうやら封印が解かれた様ですね』
アンスールの深刻そうな声。
『ライゾの報告を聞く限り、人間と手を組んでいるのは間違いない。最近の闇の暴走にも、彼が絡んでいるとすれば……。しかし、ベルカナがどうして一緒にいたのだろうか?あの方がハガルに協力するとは思えんが?』
オセルはいつでも冷静だ。
『王都警備チームのベルカナとスルトの2名と連絡がつかなくなってから、10年以上は経ちます。恐らくその間に何らかの事件に巻き込まれたと考えた方がいいでしょう。……人にとっての10年が長い事を忘れていました。しかし、ハガルの名を知る人間がいるのが、引っかかりますね』
妖精の名前を知る人間はこの世界では特別らしい。
……花恋は何処にいても特別な存在だ。周りにいる人達を魅了してやまない、人気者。
「聖女様って言われてたな……」
リアを突き落としたというのに、花恋は時空を超えて、この世界に聖女として異世界転移してきたのだろうか。……なんにせよ、リリアは、もう二度とカレンとは関わりたくなかった。
でも……。
リアは自分を庇ってくれたジェイド様に、お礼すら言えない自分が嫌でたまらなかった。
『お2人の安否が心配ね……』
『ベルカナさん。大丈夫かしら……』
妖精さん達の声も胸を刺す。
「ねえライゾ。リアにできる事って何かない?」
ライゾはいつもリアの横にいる。今は枕の上に大の字で寝てるけどね。
『ふ。襲われたと言うのに、お前は呑気だな。あの時オセルの守りの力が発動してなければ、お前は死んでたかもしれんのだぞ』
死……。
「そうか。リア、2度目の人生も、カレンの手にかかって死ぬところだったのね」
死は容易く訪れる。今更ながら、怖くなって……泣きそうよ。
ライゾがリアの顔を見て、ため息をついた。
『リア、我々名のある妖精にはな、名が示す力があるんだ。オセルは守護の力。イングは活性の力がそれだ。だからまあ、二人の力があれば、どんな魔法だって弾き返せるだろう。お前は安心してお菓子を作るがいい』
ぶっきらぼうだけど優しい言葉……そうか、リアのお菓子には、妖精さんたちの力が宿っていたんだね。嬉しい。
「リア、これからも頑張って美味しいお菓子を作るよ!」
『おう、期待してるぜ』
『ですが、リア。学園では目立たずに過ごす事をおすすめします。今日のような事がまたあってはいけませんからね』
気が付けば、リアの周りには妖精さん達が集まって来てた。アンスールが横になるリアの顔の前にゆっくりと座ると、小さな手で頭を撫でてくれる。リアの事を慰めてくれてるんだろうけど。
「ただ見ているなんて事、出来ないよ。だって、前世でリア、とっても悲しくて苦しくて、怖くて、痛かったんだもの。他の誰かがそんな目に合うかもしれないと思うと……」
『相手が悪い。ハガルの力は破壊。奴が人の手を借りたとなれば、犠牲は免れない。お前が止められるとは思えん』
オセルがそう言い、腕を組んだまま枕に寄りかかって目を閉じた。
「リアは今世でも何も出来ないのかな……」
目を閉じれば、庇ってくれたジェイド様の背中が思い浮かぶ。
花恋との事が学校で問題になった時、リアの家族はリアのせいで肩身の狭い思いをしてた。
家族だけじゃない。仲の良かった友達もだ。
それは、自分に向けられる悪意よりも辛い事。
「今世ではせめて、友達だけでも守りたい……」
逃げる訳にはいかない。だって、この体はリリアのものなんだもの!
リリアが戻ってきた時に、お友達の1人もいないなんて、合わせる顔がないじゃない?
だから私の中のリリア、どうかお願い。
私に力を貸して……。