6話 魔法の正体
「エヴラール様?その御方はどなたですの?」
研究棟であるC棟を離れ、本館の高等部だというB棟入った途端、濃紺のローブを纏ったお嬢様方に囲まれた。どうやらアンリは人気者らしい。
「この子はリリア・エヴラール。僕の親戚だよ。可愛がってあげてね!」
そう言って微笑むアンリは、澄んだ目をしていました。その曇りのない笑顔に、大抵のお嬢様方は騙された。しかし。
「え?エヴラール家にそんな親戚が?」
中には鋭いお嬢様もいるようだ。キラキラの金髪をポニーテールにした、サバサバ系ご令嬢が、正面に立ち塞がり、リアの事を上から下まで舐める様に見ていた。
このお嬢様の出現により、他のお嬢様方は離れていく。どうやら、かなりの権力者の様だ。
でもアンリは気にした様子もなく、リアの前に出て、大仰に腰を折った。
「やあ、ジェイド嬢。今日も美しいね。君に会えて嬉しいよ」
いい笑顔だ!だが、お嬢様には通用しない!
「アンリ、お世話はいいわ。それよりその子……何処かで……」
品定めする様な眼差しに、固まるリア。アンリがすかさず視線を遮ってくれる。
「遠いけど親戚には間違いないよ。だから、君が気にする事なんて何もないよ?」
その目は笑っていない。お嬢様は溜め息をついた。
「関わるなって事ね。いいわ、イーヴ・プロスペールに直接聞くから」
その時突然、アンリの頭がグイッと横に傾いた。見れば、がっちりした男の人がアンリの肩を抱いている。アンリの抵抗など、ものともしない屈強な身体を包むのは、黒いローブ。
「クー魔導師……!」
魔導師!?この人、魔法使うより殴った方が強そうよ。
「アンリ!今日は逃がさないぞ!さあ、俺の訓練所に行こうか!」
鬼教官よ!アンリをズルズルと引きずって行く。
「クー魔道士。俺、今、仕事中で……」
鬼教官はピタリと立ち止まってリアを見た。
「んん?この子か?確か見学者がいると朝礼で聞いた様な……そうか、嬢ちゃん。アンリは今から俺の講義を受けなくてはいけない。だから、何処かで大人しく待っておけ!」
リアは怯えながら、コクリと頷いた。部外者のリアの為にわざわざ講義を休ませる訳にはいかないしね!残念だけど戻ろう。これ以上は迷惑はかけられない。
「クー魔道士。それなら私が面倒みますわ。いいでしょ?アンリ」
その時、お嬢様がリアの肩に手を乗せた。グッと力が入って逃がさないという意志を感じる。
「ダメだ!リリアは国家機……グアッ!」
「そうか!では、頼む!!」
鬼教官は親指を立て、アンリを引き摺って行ってしまった。それはグッジョブ?アイルビーバックならいいな。
「さあリリア、いらっしゃい。悪いようにはしないわ。あなた達の意向も汲んであげる」
リアはジェイドお嬢様に手を握られ、講義室に連れて行かれた。
連れて来られたのは大きな講義室で、講義台を前に、机が上へと段々に並ぶタイプ。
リアの入った扉は講義台の横。見上げれば次の講義の準備をする生徒はみんな濃紺の制服。レア出現した色違いのリアに、みんなの視線が一気に注がれた。
「さ、1番後ろの席が空いてるわよ」
空いてると言うより、開けてあるのでは?
お嬢様が近づくと、違和感なく席に座っていた執事様が頭を低くして消えた。机の上には教科書と入れたての紅茶。すぐ様、そっとリアの前にも紅茶が置かれる。震えるしかない。
「幾つ?」
お嬢様が優雅にティーカップを持ち上げ聞いてきた。
リアは色違いだ。この講義、年齢制限あったりしないよね?
「15……」
追い出されるかもと恐る恐る答えると、お嬢様は目を見開いた。
「そんなに入れるの?」
砂糖の事だった。……って、この世界、角砂糖あるの!?
「何驚いてるの?あなたがこうしろって言ったんじゃない」
そう言い、お嬢様は砂糖を1つ……また1つとリアの紅茶に……。プルプル。
「ぷっ!あはははっ!」
お嬢様は突然吹き出した。
「大丈夫よ、これ以上入れないから。でもあなたのその表情、全く変わってないわね。3年前と同じ手に引っかかってるし?」
リリアも引っかかったとか?ぷッ。我ながら単純!ってか、リリアの事、知ってるの?
「バレたって思ってるでしょ。銀糸の髪に紫の瞳。上手く隠してるつもりだろうけど、その表情で分かるわ」
多分、間違いだと思います。
「幻影魔法かしら?イーヴ・プロスペールは魔法の天才だからね」
「多分、それ、別人よ。記憶のある限り、リアはずっと地味子だったから」
「黙りなさい。不快だわ」
怒らせちゃった。何で!?
「ま、便宜上、名前だけは呼ぶ事を許してあげるわ。ジェイドよ。それとひとつ忠告してあげるわ。あなたはリリアでしょ?ここでは自分の事をリアと言うのはやめなさい。……殺されるわよ」
「!!」
王子様もそうだけど、リアという名前を使うのは、命がけの事なのね。……リア、まだ死にたくありません。
リアはコクンと頷いた。
「さて、そろそろ集中しなさい。貴方はずっと講義を受けたかった様だったから」
ジェイド様は少し寂しそうな面持ちで講義台に目を向けた。
「さあ、皆、席に着くがいい!」
先生は厳しい顔をした、おじいちゃんだ。黒ローブにとんがりボウシ。ザ、魔法使いって感じだ。
リアは不思議と胸がワクワクするのを感じていた。これはリリアの感情だ。
もしかしてリリアは、学園に行きたかったのかな?
確かに、リリアが子爵家令嬢のままだったなら、学園入学だって夢じゃなかっただろう。普通に勉強して、素敵な学園生活だって送れたちに違いない。
そう思うと、リアの胸は痛んだ。
せめて、誰か大人の手助けがあったのなら……。
――リリアはあの屋敷で、誰からも忘れられて、一生ひとりぼっちで暮らさないといけないの。悲しいけど、仕方のない事……――。
そんな声が頭に響いた気がした。
リリアの為にも頑張って授業を受けよう!
そう意気込んでいたリアでしたが、異世界の国立高校の授業はハードルが高すぎました!
「なんて書いてるの?」
黒板の文字すら読めないリアをジェイド様は慰めてくれます。
「基本魔法の呪文ね。一応、基礎講座を選んだけど……高等部だし、分からなくても大丈夫よ」
リアの為に選んでくれてたのね!めっちゃいい人じゃん!
でも、まずは名前の書き方から教えて貰ってもいいですか?
しばらくすると、壇上で実演が始まった。
「体の内外にある魔力を感じ取り、生み出す魔法をしっかりとイメージし、言葉に乗せる事。魔法は基礎が大切じゃ。……湧き出る英知の結晶よ。我に従え」
とんがりボウシの先生が杖を振れば、光が生まれる。
『三角帽子にローブを着れば、誰だって魔法使いに見えるけどな……』
リアの髪の毛の中から声がする。ライゾはお菓子より、リアについて来てくれたのね!
『リア、よく見ろ。肩に妖精がとまってるだろ?あいつが魔法を使うんだ』
え!?先生じゃなくて?
『甘い匂いのする人間には、精霊が集まる。そして、その精霊を狙って、妖精が取り付くんだ。取り付いた妖精は、更に精霊を集めさせる為に、人間の魔法とやらに付き合ってやってやるんだ。妖精は、人間の感じる愉悦が精霊が引き寄せるって事を、本能で分かってるからな』
共存関係!!そういえば、先生の肩に妖精いるわ!
壇上では、先生に呼ばれた男子生徒が、杖を握りしめ、ぐぬぬと集中し始めてた。
「アンドレーの魔法は水属性なの。こっちに飛ばさないで欲しいわ。濡れたくないし」
横でジェイド様がブツブツ言ってる。リアの肩ではライゾの同時通訳。
『あいつには水属性の妖精がついてるぞ。生まれたての名もない若き妖精だから、せいぜいその辺を濡らす程度だろう』
そういえば、肩に乗ってる妖精は青くてちょっと小さい。分かりやすい仕様ね!
「天空よりい出し聖なる水よ!我の力にならん!」
男子生徒は呪文?を唱え始めた。すると、漂ってる精霊の中でも水色の精霊が、生徒の周りに、……え?何なに?って感じに集まって来た!
想像力って、厨二病セリフ……詩的表現力の事なのね。
「ウォーターボール!!」
その一言で精霊たちはいっきに溶け、丸い球になり、飛び出した。
だけど、その球は数メートル先ですぐに力を失い、落ちてしまう。数名の生徒が犠牲になり、ブーブー言った。
『まあまあな呪文だったのにな。お菓子が足りなかったのだろう』
厨二病レベルに加え、ご褒美も大事!
えーっと。って事は……。
魔力=精霊で、魔法属性=妖精の色。魔法発動=厨二病風呪文(妖精ウケ大事)で、成功率は妖精の気まぐれ。っと。何よりお菓子が大事!!
リアがメモるのを、ジェイド様が覗き込んで、目を見開いた。
「凄い複雑な術式……」
日本語って難しいよね!
それから何人かの実演を見て、授業も終盤。突然リアに、試練の時がやって来た。
「ゴーチエ魔導師!相手がいないと練習にならないと思いますわ」
魔法に失敗した1人の女子生徒が苦し紛れなのか、そんな事を言い出した。
「あ――確かにそうじゃの。では実際に魔法で対戦してみようか。そこの白いローブの君!こちらに!」
白いローブ……。
リアは、キョロキョロと周りを見渡した。……リア、講義室の生徒全員と、もれなく目が合いました!
……分かったよ、行くよ。
「リリア、頑張ってね!」
ジェイドが笑いを堪えている。
先生の所に行くと、先生はリアに何かの魔法をかけた。
「……光の加護を。これで怪我をする事はなかろう。魔法を体験するのもいい経験になるじゃろうて。では、誰か攻撃を当ててみなさい」
え?リア、受ける側なの?それならリアでも出来るね!って、嫌ァァァ――!!
怯えるリアに、追い打ちをかける様に、先生はドヤり始める。
「怖がらんでもよい。ワシが王の側近でヒーラーを務めておったのを知らん訳もなかろうて。安心せい」
先生、大物ね!……今も現役だと嬉しいです!!
「じゃ!私が行きますわ!」
名乗り出たのはピンクの髪をした女子生徒。背も高く、キリリとしてるけど、和風な顔立ちね。ってか、リア、この子知ってる!!リアを突き落とした、同級生じゃん!!
「では、カレン・デルオニール。やってみなさい」
驚愕のリアを前に、カレンは杖を掲げた。すると、周りの精霊が属性関係なく、どんどん引き寄せられていく。
ヒィィィィ――!
精霊の悲鳴がきこえる。怖いお!!
「闇夜を照らす聖なる光の加護を……」
カレンが呪文を唱え始め、応える様に黒い妖精がその肩に現れた。黒い妖精はニヤニヤしながらこちらを見て、闇を体に吸い込み始める。
「光反転!……ハガル!」
途端にどす黒い闇がカレンの杖から放たれた。イナズマの様にギザギザな軌跡を残しながら、一直線にリアに!
これはヤバい!!リアは思わず頭を抱えた。
バチッ!!
当たった感じはあった。でも、先生の防御に弾かれたみたいで、闇は黒板に衝突。更に弾かれ、方向を変えると、ギザギザな闇の軌跡を作りながら講義室内を横断し始めた。しかも、弾かれては方向を変え、縦横無尽に飛び回る回る。その軌跡に触れた物は、熱に溶かされたように黒く焦げてた。
「「ぎゃあ――!!」」
「「わ――!!」」
講義室は大混乱。
そして、闇の閃光は、逃げ遅れた1人の青年を吹っ飛ばして!!……止まった。
黒板の前まで飛ばされた青年は、ぐったりと横たわっていた。生徒たちは息を飲んで固まり、すぐ近くにいるのに、リアの足も凍り付いて動かなかった。
「こりゃいかん!」
とんがりボウシの先生が物凄い速さで青年に駆け寄ると、青年を仰向けにし、両手をかざした。青年の胸は黒く焦げ、嫌な匂いがしていた。リアもやっとの事で呪縛を解いて駆けつけるも、震える事しか出来ない。
「夜の一番星、闇の中でも失われる事無く輝き続ける奇跡の光よ。その奇跡の力でこの者を癒したまえ」
先生の肩に乗った小さな金色の妖精さんが、輝いた。
パァァァ――。
ヒールだ!緩やかに爛れた傷が癒せれていくのが分かる。思わず一緒にお願い!って祈るも、効き目はじんわりで、物語の中みたいに、パッ!とは良くならない。
すると、先生の横にカレンが駆けつけ、膝を着いた。途端に生徒達がざわめき始める。
「聖女様なら……」
「聖女様、どうか……!」
カレンは真顔で頷くと、先生を押し退け青年に手をかざす。
「今、治して差し上げますから。……ベルカナ」
その言葉でさっきの黒い妖精とは違う、おばちゃんっぽい妖精が飛び出してきた!
その恰幅のいい妖精は、大きく息を吸い込み、白い精霊をじゃんじゃん吸い込み始める。そして、金色の光を体に纏うと、カレンの手の甲にポテッと座った。金色の光がカレンの手を通して青年に降り注ぐ。
途端に苦しそうだった青年の息が落ち着き、目を開けた。焦げていた胸を見れば、つるんとした正常な肌がチラ見えしてる!おばちゃんパワー凄い!!
「聖女……様。ありがとうございます」
青年は微笑んだ。その手をカレンが両手で握った。
「大丈夫ですか?アンドレー様。……カレン、まだ魔法、上手く扱えなくて」
青年は頬を染め、カレンの手を借りて体を起こした。
「油断した俺が悪いんです。まさか、俺の方に飛んで来るとは思わず……」
青年はリアの方をチラリと見た。すると、周りで見ていた生徒達が騒ぎ始める。
「あの子が避けるからいけないのよ!」
「そうよ、守護魔法を受けたのに、じっとしてないから!」
リアの周りから人が引いていく。再び注目されて、リアは今しかないと、思いっきり頭を下げた。
「ごめんなさい!!」
謝って済むことじゃないかもしれないけど。涙が浮かぶ。でも先生がリアの頭を撫でてくれたから、必死に堪えた。
「いやいや、当たっとったわい。それを弾くとは……お前さんらの命が無事で良かった」
「良かったですって!?先生は自分の防御魔法を自慢したいだけですわ!」
「そうよ!」
「あの子のせいでアンドレーが怪我をしたんじゃない!」
「うう……ごめんなさい」
先生にまで被害が……。
「待ちなさい!あなた達、糾弾する相手を間違えてるわよ!」
その時、リアの前にジェイドお嬢様が立ち塞がった。お嬢様はカレンに指を突きつける。
「悪いのは、加減を間違ったカレンじゃない!皆に謝りなさい!」
その毅然とした姿に、女子達は怯んだ様子で互いに身を寄せあった。ジェイド様、お強い!
「でもこの子が避けなければ……」
「そうよ、リリアが怪我をしてたでしょうね!いや、あんな至近距離からの魔法よ。受けてたら、死んでたわよ!」
死と聞いて、女子達はハッと顔を見合せ、カレンの方を見た。カレンは目を潤ませて顔を上げた。
あ……この顔。リア、よく知ってるよ。
カレンは女優。この顔はお芝居で、そしてカレンは言うのよ。
「……ジェイド様はカレンがお嫌いなのですか?」
その様子を見て、今度は男子達がカレンを庇い始めます。
「ジェイド様。いい加減、聖女様を虐めるのはやめてくれませんか?聖女様はちゃんと治療したではありませんか!」
「そうですよ!聖女様は攻撃魔法が得意ではないのですよ!」
そう、こうやってカレンは周りを味方に付けるの。
ここでリア、断罪を覚悟します。
多勢に無勢。普通の人ならここで、自分を守る為、カレンを慰めるはずだから。でも……。
ジェイド様は、ふん!男子を見下し、居丈高に言い捨てた。
「私は謝らない奴が大嫌いなの!あなた達もその事に気付くべきね。さ、リリア。帰るわよ!」
ジェイド様は驚くリアを引っ張って歩き出した。
……リアを助けてくれるの?
でもそれじゃダメだ。リアは振り返って、必死に声を上げた。
「本当にごめんなさい!」
治ったから良かったなんて言えない。死ぬほど痛かったはずだから。そう思うと涙が溢れてきた。
「心から癒される事を祈ってるから……!」
講義室の扉を開ければ人だかりが出来てて、一斉にリア達を囲んだ。講師陣は慌てて講義室へ駆け込んでいく。これで安心……。
「リリア、貴方が謝る必要はないのに!全部、デルオニール伯爵家の責任だから。そうでしょ?ゴーチエ・デルオニール魔導師!」
「そう言わんで下され、ジェイド様。……ほらほら!皆、自分の講義室に戻れ!残った者は減点じゃ!」
そう言い、人だかりをかき分けてくれたのは、とんがりボウシの先生だった。先生は生徒たちを追い払うと、リアの前で帽子を脱いで胸に置いた。
「お前さんがリリアじゃったのか。悪かったのぉ……。後でお詫びに伺うと、プロスペール卿にも伝えてくれ」
そう言って先生は足早に講義室に戻って行った。