5話 お菓子工房
目が覚めると、そこは正にファンタジー世界でした。
キラキラと日光の差し込む天窓。大きなもふもふのソファーで寝ていたリアは、暴れ回る精霊さん達に叩き起された。
どうやらここはお菓子工房のよう。甘い香りに引き寄せられた精霊さん達で溢れていた。
でも室内を見たところ、お菓子工房と言うよりも研究室みたい。使い込まれた作業テーブルには、沢山のガラス機器が並んでるし、周りの棚は本や書類で埋まってる。部屋の隅には、吊るされた乾燥ハーブや食材に紛れて山積みのビンが。近くにオーブンはあるけど、今は何かを焼いてる感じはしない。
それよりも気になるのは、中央の一際大きなテーブル。魔法使いっぽい黒いローブを着た青年が空きビンのひとつに手をかざし、何かを作っている様子。その周りには沢山の妖精さん達(ライゾ含む)がいて、様子を見守っていた。
「ラーグ!」
青年が言うと、薄い青緑色の髪のふんわり系女子妖精さんがパタパタと飛んで、近くをたゆたう水色の精霊さんを掴み、ポイ!とビンに入れた。すると、精霊さんは溶け、ビンの中には水が少しだけ溜まった。精霊さんってそんな扱いなの!?
「ラーグ!ラーグ!」
青年が唱え、ふんわり系女子は面倒くさそうに次々に精霊さんを捕まえては放り込む。水が充分溜まると、青年は次の魔法?を唱える。
「よし!次は、イング!」
『こいつに呼び捨てにされると、ムカつくんだよな』
金髪の小さい男の子妖精さんがぷいっと横を向いた。ふてぶてしい!
どうやら青年が呼んでいるのは名前の様だ。名前を呼ばれるのを待ってるなんて、妖精さん達、可愛くない?
「んで、ウル!」
『おっしゃ――!パワ――!!』
濃い緑の髪をしたマッチョな妖精さんがビンの中に思い切り拳を突っ込み、勢い余って水の中に!!
ボフッ!!
ビンの中から、緑の煙が立ち上った。
「あ――!また失敗だ!!」
青年が天を仰ぎ、ガックリと肩を落とした。
『皆さん。もっと真面目に練習に付き合ってあげませんか?』
濃紺の長い髪をしたイケメン妖精さんがため息をつき……。
『そうだ!我々は人に協力すべきだ。この世界を救うために!』
ライゾが先導者の様に拳を挙げて宣言し……。
『『お――!』』
他の妖精さんたちが力なく拳を上げた。
「あ!起きたか?」
青年が起き上がったリアに気が付いた様だ。こちらにやって来て、リアの寝ていたソファの横に膝を着いて微笑んだ。
「僕はアンリ・エヴラールだ。ようこそ、フェル王立学園へ」
「リリア・リリベルです。よろ……」
あ!このソバカスの男の人、乗って来た馬車の御者さんだ!
御者さんはリアと同じ、茶髪に茶色の瞳をした人好きのする笑顔のお兄さんでした。って?
「え?ここ、学園なの?」
リア、乙女ゲーの世界に転生したとかじゃないよね!?
「ああ、そうだよ。ここはフェル王立学園のC棟0階0室の魔法が使えない人の為の魔法学研究室。略して、お菓子工房クッキーだよ。プロスペール様……イーヴさんから聞いてないのか?」
クッキーって……どこをどうしたらそうなったんだろう。リアは震えながら、こくんと頷いた。
「そっか――。昨日君は、イーヴさんの背中に担がれてここにやって来たんだ。とうとうあの人、犯罪にまで手を染めたのかと冷えたよ」
担がれたのね。怪しさ満点!リアの所為で捕まってはないよね?
「……イーヴさんは?」
恐る恐る聞くと、御者さんはクスクスと笑う。
「仕事だよ。だから、今日は僕が君の案内役を買って出たんだ。僕達は髪色が似てるから、親戚って事にすれば、自由に見学できるだろ?……って事で、君はここにいる間は、リリア・エヴラールだ。リリアって呼んでいいかな?僕の事はアンリで頼む」
とても素敵な笑顔だから、リアもつられて笑顔になっちゃう。
「うん!アンリ、よろしくね!」
「よしよし、可愛いなぁ。ではまず、そっちの部屋に湯を用意しているから、身支度を整えておいで。着替えはこれ。サイズ的に初等部の制服しか用意出来なかったんだけど、君にはよく似合うと思うよ。僕はその間に朝食を用意しとくね」
「ありがとう!!」
リアはテーブルの上をチラリと見て、手を振るライゾを確認してから、隣の部屋を使わせて貰う事にした。
用意されていた服は、アンリと同じ制服の色違いで、白っぽいスカートからブーツまで、魔法使いっぽくてとても可愛いかった。学校なのにお風呂に入ってから着替えて出てくると、大きなテーブルの上のガラス機器が端に寄せられ、まるで高級ホテルのモーニング?が所狭しと乗っかってた。
「ごめんね。軽くでいいって言ったんだけど……」
セレブなの!?
「ところでリリア、案内役とはいえ僕も学生でさ。1限目は外せないんだ。……その、単位が足りなくてさ。申し訳ないんだけど、朝食を取りながらここで待っていてくれないか?」
久しぶりのご飯だ。じっくり味わいたい。リアはこくんと頷いた。
「いい子だ。ここには誰も入れないから、安心してゆっくりしていいからね!じゃ!」
そういいながら、アンリは濃い色のマントを羽織り、爽やかに登校して行った。魔法少年みたいだった。
『行ったか?……じゃ、リア、皆を紹介するぜ!』
ライゾが手招きしてる。リアはテーブルに着き、緊張しながら両足を揃えて座った。すると食事の皿の向こうに、手のひらサイズの個性的な妖精さん達が並んで座る。……うん、沢山いるね!
ご馳走と面接、同時進行じゃダメかな?
リアのお腹が鳴り、濃紺の髪をしたイケメンさんが落ち着いた声でライゾを窘めた。
『ライゾ、その前に朝食を。この子は栄養不足で今にも倒れそうですよ』
『そうだな。リア、先に食え。……こいつ、雇い主に、食べ物すら与えられていないんだぜ。本当に見てられん』
『他人を蔑ろにして自身の欲を満たす輩は何処にでもいるものだ。さあ、存分に食べなさい』
食べにくいんだけど。
「ねえ、妖精さんたちも一緒に食べない?リア、こんなに食べれないし」
リアが卵料理やパンなんかを小さくカットしてお皿に乗せると、妖精さん達は顔を見合せた。代表者なのか、さっきのイケメン妖精さんが1歩出て来て、綺麗なお辞儀をする。
『リア、私はアンスール。ここ、クッキーの責任者です。その……妖精は人間の様に食事をとる必要がないのです。ですが……』
よく見れば、耳が赤い。
『アンスール様!素直に食べてみたかったって言いなさいよ!!』
白い快活そうな妖精さんに背中を叩かれ、アンスールは口を覆い、恥ずかしそうに続けた。
『何せ、今まで妖精と話せる人間に会った事がありませんでしたから。頂いてもよろしいですか?』
キュンキュン!!
「勿論!!」
リアが頷くと、妖精さんたちは顔を綻ばせて、一緒にご飯タイムに突入だ!
体よりも大きなパンに、剣で挑む者。ライゾみたいに、ワイルドにかぶりつく者。リアのカットした果物を、小枝に刺して食べる女子達……見たとこフォンデュパーティだけど。
『リアっていうのね、可愛い……。さあ、お口を開けて。イースが食べさせてあげる』
リア、餌付けされております!!
「――ん!やっぱりみんなで食べた方が美味しいね!」
『ええ。本当に』
『うんうん!』
皆が笑ってくれるから、リア、幸せです!
『リア、私はオセル。そのままでいい、聞くがいい』
ブドウの皮と格闘しながら、執事様っぽい妖精さんの講義は突然に始まった。
『妖精はこの世に数いれど、名前の付いた妖精は24。その内の19が我らが仲間、クッキーのメンバーと言えよう』
なるほど、ネームドって訳ね。
『フェオ、ウル、スルト、アンスール……』
『ふっ。待ちなさい、オセル。嬉しいのは分かりますが、名前はおいおい覚えて頂ける事でしょう。それよりも先に、我々がここで何をしているのかをまず知って貰うべきですよ』
コーヒーカップから声がする。見ればアンスールがカップの淵に足を組んで座ってた。麦わらのストローで優雅にコーヒーを飲み、落ち着いた口調で話し始める。
『リア、魔が溢れる兆しがあります。ですが、人間は脆弱であり、この先対抗するに厳しい状況となるでしょう。そんな折、イーヴ・プロスペールがこの場所で人間を強化する薬の制作を始めたと、近衛騎士団担当のウィンより聞き及びましてね』
淡い黄色の髪をした大人美人さんが控えめに手を降ってる。
『我々はこれを支援し、世界を救う為、ここに集結した訳です』
いきなりスケールがデカくなった!
「じゃあ、イーヴさんも妖精が見えるの?」
『いいえ、人は妖精を見る事が出来ません。ですが、精霊はある程度見える様です。血筋なのでしょうが、この世界には稀に、精霊の見える人間がおり、精霊を言葉で使役し、生活や戦いに活かしています』
「おお!!」
異世界っぽい!
「リアにも出来るかな?精霊さんと仲良くしたい!」
リアがノリノリで言うと、執事っ子オセルがふん!と笑う。
『我々を前にして、それを言うか?』
ライゾも不敵な笑みを浮かべ、胸を張る。
『は!精霊は我々妖精のエサみたいなもんだぞ?仲良くなってどうする。それよりリア!お菓子がないぞ!』
まだ食べるの?お腹が膨れて、飛べなくなるよ?って。
「お菓子?」
『精霊や妖精は、働きの対価としてお菓子を要求する事が多いのです。我々妖精は、精霊を糧に生きておりますので、特に食べる必要ないのですが、……確かに、甘くない食べ物というのは、些か味気ないものですね……』
アンスールまで!妖精さんって、みんな揃って甘党なのね!
「じゃ、リア作るよ!材料はあるみたいだし?」
前世の莉亜の趣味はお菓子作り。弟達の喜ぶ顔が見たくて、頑張ってたの。
『リア、作れるのか?』
ライゾの期待に満ちた顔に、リアは胸がぎゅっとなった。リア、この世界に来て初めて求められた気がします。
「頑張って作ってみるよ!」
期待されればやるしかない!リアは満面の笑みで頷いた。
小麦粉にバターに卵、そして砂糖!同量づつ混ぜれば、カトルカール(バターケーキ)が出来る。前世でよく作っていたお菓子だけど……。
材料が全部荒いから自身がない。リアは首を傾げながらも生地を混ぜる。焼く前のケーキは味見出来ないから不安だ。
リアの迷いが伝わったのか、金髪の小さな男の子が、生地の中に白く輝く精霊をポイッと入れた。隠し味は精霊です!
『俺はイングだ。手伝ってやるから忘れるな』
イングって、ツンデレなのね!
『せっかくだからこのわたくし、オセルも参戦させて頂きます。さあ、最高の出来上がりを念じなさい』
オセルも適当な精霊をポイッと……。
もうリア、精霊さんの扱いに驚きません。
リアは爆発に備えながらも、言われた通りに、美味しくなーれと混ぜる。すると、おじぃちゃん妖精!?が鉄のケーキ型をぶら下げて飛んで来た!凄い力だ!
『リア、ワシはティールじゃ。ほら、この型に入れるといいぞい』
「ありがとう!でも、オーブンは……」
慌てて受け取り、バターと粉をふった型に生地を流し入れると、アンスールがオーブンの前で待機する女の子の方へと飛んで行った、
『大丈夫ですよ。カノが調節してくれます』
赤髪の大人っぽい女の子が、オーブンの中に赤い精霊を次々に投げ入れていた。あっという間にオーブンが温まる。準備はオッケー?
「じゃあ、お願いします!」
リアは開け放たれた直火オーブンの中に型を置いた。
出来上がりを待つ間は、1番楽しい時間だ。
「美味しくできるといいな!」
『大丈夫ですよ。きっと上手くいきます。妖精が手伝いましたので』
アンスールは先生のよう。
『精霊は人の想いを形にする事が出来ます。そして妖精は、その精霊に力を与える事が出来るのです。ほら……』
ケーキが焼きあがった!見事な出来上がりだ!!
「いい匂い!」
ちょうどその時、授業が終わったみたいで、アンリが部屋に帰って来た。
「でしょ?リアが作った……の……」
そういえばここは公共施設だった!
固まるリアを見て、アンリは笑う。
「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。ここは国営機関だし、材料費は国で賄ってるから」
リアのケーキは国家予算で計上されました!
「それより、初めて見るケーキだね。ぜひ僕にも食べさせてくれないか?」
「うん!勿論!」
リアはほっと胸を撫で下ろし、ケーキにナイフを入れた。
みんなで作ったケーキは予想以上に美味しかった。
「この部屋では、よくお菓子がなくなるんだよね。精霊が食べているってイーヴは言うけど、本当みたいだ」
アンリは、余所見をする度に消えるケーキに気が付いているようだ。確かに精霊も食べてるけど、妖精達がふざけてアンリの皿に載せてるんだけどね。愛されてるねぇ――。
妖精も大絶賛のケーキを食べてから、リアはアンリに連れられ、ワクワクドキドキ、異世界の学園見学ツアーへと出発する事になった。