4話 贈り物
それから1週間後の事だ。リアが朝早くからいつものようにお庭の手入れをしていると、精霊さん達が騒ぎ始めた。
『怪しいヤツがいるぞ!』
ライゾの指さす方を見れば、暗い服を着た男の人の姿が見える。木の影に隠れてるつもりの様だけど、全然隠れきれていない。リアとガッツリ目が合ってキョドってた。
「大丈夫だ……見えてない……」
現実を受け入れられないらしい。リアはそっと目を逸らし、見えないふりをした。男の人はそのままリアに声をかけてきた。
「振り向かないで聞いて欲しい。俺はとある御方から貴殿にこれを渡すよう頼まれた隠密騎士だ」
隠密騎士?隠密れてないけどね!
「ここに置いておくから、不自然にならないように受け取って欲しい。貴殿は監視されている様だからな」
庭師を監視する程、暇な人はここにはいないと思うんだけど。ってか、あなたがいる時点で、不自然さマックスなんだけど大丈夫?
「では、失礼致す」
最後だけ忍者っぽかった。
リアは言われた通り、休憩する振りをしながら、隠密騎士のいた場所に座った。そこに置かれていたのは、片手に収まる程の小さな箱だ。とてもきれいに装飾されていて、ちょっとワクワクする。こっそり開けると、中には緑色のそこそこ大きな宝石のついたネックレスが入ってた。
「うわぁ……どうしよう」
メイドには過ぎた宝飾品だ。持っているだけでも怖い。
『ここに手紙が付いてるぞ』
「なに何?……私は自分の立場に驕って、人として成長出来ていなかった。これは、貴方を怯えさせたお詫びと、愚かさに気付かせて貰ったお礼だって!リア、影響力、凄くない?」
『必ず迎えに行くから、待っていて欲しい……とも書いてるぞ』
「イケメン!!」
これは王子様からに違いない。リアはなんだか嬉しくて、そっとポケットに仕舞った。
そんな日の午後の事だ。
ロザリー婦人館は大騒ぎとなっていた。王城で行われる王家主催の舞踏会の招待状が届いたからだ。
「ルーカス様が私の事を気に入って下さってるって!オレーリアには分かっていたわ!」
オレーリアはわざわざ庭に出てきて、リアの前で宣言した。
王子様……。もしかして渡す相手、間違えた!?
リアは戸惑いと共にポケットの中身を触る。
「ルーカス・フェル第2王子は女好きで有名なお方よ。相当気合い入れないと、他の女に取られてしまいますわ!……バスチアン!王都から職人を呼んで!宝石商も!」
婦人は、肩で手を叩くフラメンコスタイルで使用人を奮い立たせる。
……あらやだ。あの王子様って女好きだったのね。って事は、皆にネックレスを渡してるのかな?
リアの胸は、何故かザワつく。
ま、物語の中の主人公みたいなラッキー展開なんて、そうそう起こるはずないよね!
リアの諦めとは逆に、ロザリー婦人館は大騒ぎ。
「お母様!その必要はございませんわ!ルーカス様がタウンハウスまで用意して下さるってよ!あちらで揃えましょう!」
「まあ!!こんなに高待遇なんて、オレーリアに気があるに違いありませんわ!殿下を待たせる訳にはいきませんわ。直ぐに出発の用意を!」
「母上、王都のマフィンは食べられますか?」
やった!この3人が出ていけば屋敷が静かになる!って喜んでいたリアだが。
その数日後、リアは王都に向かうオデール伯爵家の荷馬車に、荷物と一緒に乗せられていた。
よく晴れた日だった。
リア同行を知らされなかった事に激怒したバスチアンの押し殺した罵声を聞きながら、リアは初めての旅行に、ちょっとワクワクしながら屋敷を後にした。
しかし数時間後。リア、この旅行の過酷さに気が付きました。前を行くロザリー婦人らの乗ってる人用の馬車とは違い、クッションのない荷馬車はガタゴトと揺れ、リアはポンポン跳ねまくっていた。
「おしりが痛い……」
夜になり宿屋につくも、荷物扱いのリアは放置。せめてご飯だけでも貰いたいと思うも、丸一日馬車に揺られたリアは、立ち上がる事も出来なくなっていた。
「……すまねぇ。こんなもんしか用意出来んで」
「ありがとう!超嬉しい!!」
御者のおじさんがパンを半分分けてくれたので、リアは心から感謝を述べた。ちょっとづつ口に入れると、お腹も膨らむ。リアは、引越すのかよ!って量のお嬢様の荷物の間でライゾと一緒に丸くなって寝る事にした。
『おい!また来たぞ』
するとやって来るのは、隠密騎士。もう、姿を隠してもない。馬車の荷台に足を掛けた状態で、リアと目が合い、固まっていた。
「こっち見てないよな……」
心の声までダダ漏れ。精霊さん達に照らされ、輝いてすら見える。リアは頑張って目を逸らした。
隠密騎士はリアの横にそっと毛布を置いて、静かに立ち去る。
「ありがとう」
リアはその背中にお礼を言った。隠密騎士は片手を上げて帰って行った。毛布に包まれば、心まで温かくなって、幸せな気分になった。
3日をかけてようやく一行は王都に到着した。
門で待っていた騎士様の案内で、ロザリー家御一行様は用意されたタウンハウスに向かった。
リアは荷馬車からか顔を出して、王都の賑わいを眺める。レンガ造りの建物に、舗装された道。全てがキラキラして見えた。
王都では、もうすぐ精霊祭りってのが開かれるらしくて、街はその準備に追われる人々でごった返していた。至る所に宿り木に似せた飾りが付けられ、もう夕方になろうと言うのに、活気が衰える気配もない。
「すんごいね!異世界だ!!」
莉亜の知るヨーロッパな国よりも、この世界は古い。なのに新しい!だって、今、この時を生きてるから!
「そこかしこに精霊がいるね!」
人々の間には、様々な色の精霊が舞っていて、とても綺麗!
『精霊は自然が好きだと思われがちだが、人も大好きなんだぜ』
「お菓子もでしょ?」
『ああ、そうだ。……しかしリア、あまり吸い込み過ぎるなよ。反動が来るぞ』
吸い込む?精霊を?確かにめっちゃこっちに寄っては来てるけど!
「リアが可愛いから、精霊があっちからやって来るんだよー」
リアがふざけると、ライゾはふっと笑った。
『お前は甘そうだからな』
え!?リア、食べられちゃうの?
リアは荷馬車の幌の隙間から外を見て、ドキドキしていた。
用意されたタウンハウスは、とても立派な屋敷だった。案内してくれた騎士様が屋敷の前で今後の予定を説明してくれるのを、リアは荷台でストレッチをしながら見ていた。沢山の荷物の到着に、道縋る人々も何事かと注目していた。
「……それでは、ゆっくりおやすみ下さい。お荷物はこちらで運び込ませて頂きますから。何かご用命が御座いましたら担当執事にご相談下さい」
屋敷には執事様からメイドまで用意されているらしい。わざわざリアを持ち込まなくても良かったんじゃない?って思ってたけど……。
「リリア!お前は荷解きをするのよ!」
毛布を持って荷台から降りてきたリアに、ロザリー婦人が扇子を突き付け、ニヤリと笑った。どうやらリアを連れて来た目的は、周りに威厳を示す為の様だ。これは……今晩もご飯抜きかな?
すると、誰かがリアの後ろから手を伸ばし、婦人の扇子をそっと下ろしてくれた。
「いえ、リリア穣には別のお部屋をご用意させて頂いておりますので、こちらで預からせて頂きます」
なかなかのイケボだ。
「部屋ですって?」
ロザリー婦人の顔がめっちゃ不機嫌そうに歪む。
「メイドにわざわざ部屋など用意する必要はありませんわ!!」
そうだね。せっかくの申し出だけど、ロザリー婦人の気分を損ねるくらいなら、外で寝た方がマシかも。だってリア、捨てられてしまうかもしれないでしょ?
ここは都会だ。捨てられてしまえば、リアは奴隷商人とかに拾われて、自由のない人生を送る事になるかもだし。
「リア、荷解き、行ってきます!」
リアは即座にパシられる方を選んだ。
でも、イケボは駆け出そうとするリアの両肩に手を置いて離さない。
「こちらに全てお任せして下さって大丈夫ですよ。リリアお嬢様」
「でも……」
「ロザリー・オデール様御一行におかれましては、御家族水入らずで過ごされたいのでは、との、ルーカス殿下の御配慮ですので。それに、今夜はルーカス殿下がお見えになります。オレーリア嬢には、1番いい部屋をご用意させて頂いております故、リリアお嬢様につきましては、御一行様が滞在中の間は、こちらでお預かりしても宜しいですよね?」
ねって、可愛く言ったところで……ん?この声、聞いた事があるような?首を傾げるリアの前で、ロザリー婦人とオレーリアが揃って頬を紅く染めた。
「あら、まあ。そうなの?分かりましたわ」
ロザリー婦人は顔をほころばせると、リアには見向きもせず、揚々と屋敷に入って行った。何事!?
リアはここでようやく2人を説得してくれた声の主を見上げた。はちみつ色の瞳をしたその人は、リアに破壊力のあるウインクを返した。
「リア……よくぞこの僕を騙してくれたね?」
……そうか!このイケボ!
「お菓子の配達員さん!?」
リアが驚きの声をあげると、荷物を運んでいた使用人さん達が一斉に荷物を落とした。
「大丈夫!?」
コントのような状況にリアが駆け寄ると、使用人さん達はとんでもない!と焦り始める。
「ふふっ、リア。僕達はそろそろ移動しないといけない様だね。すぐに追っ手が来そうだから」
甘いマスクの配達員のお兄さんは、面白そうに笑うと、リアの手を取った。
今度は高級馬車での移動だ。リアは椅子を汚してしまわないかと空気椅子状態。再び配達員のお兄さんに笑われる事に。
「気楽でいいんだよリア。そういえば自己紹介をしていなかったね。僕の名前はイーヴ・プロスペール。イーヴと呼んでくれ」
「イーヴさん、よろしくね!ところでどこ行くの?」
イーヴさんは、うーんと宙を見つめる。
「何処がいいかなぁ……。実はね。僕は今、君を誘拐したんだよ。あの場所にいては君がこの旅行を楽しめないとおもってね」
誘拐!?
イーヴさんは物騒な事を言って笑う。でも全然怖くない。だってイーヴさんはパティシエだから!
「じゃあリア、イーヴさんのお菓子工房に行きたい!!」
イーヴさんははちみつ色の目を見開いてから、顎に手をやった。
「お菓子工房?……ああ、それはいいかもしれないね。ではまずは着替えて……ん?」
リアは慌ててお腹を押えた。だって、お菓子を思い浮かべたらお腹が鳴っちゃったんだもの。
「夕飯まではまだ時間があるけど……昼食が早かったのかい?」
昼と言うか、この3日間のご飯は貴重なパン半分だ。
とりあえず頷いたリアに、イーヴさんは疑いの目を向ける。
「ちょっと待ってね……アンリ!」
御者席に向かうカーテンを開け、誰かを呼ぶ。顔を出したのは、ソバカスのある若い騎士様。騎士様にも種類があるのだろう、白っぽい騎士服を着てた。
2人でコソコソと打ち合わせをするイーヴさんは、冷たい表情をしてた。
「そうだね。少し寄り道をしようか」
振り返ったイーヴさんは、笑顔に戻ってて、ほっとする。でも……。
イーヴさんはリアの為を思って誘拐してくれたんだろうけど、リアはこれ以上は迷惑になるんじゃないかと感じてた。
「うーん。でも、早く見学しないと、暗くなっちゃうでしょ?リア、見学したら、やっぱりロザリー婦人の所に帰るよ」
多分、タウンハウスからは追い出されるけどね。ま、寝れれば馬屋でも何処でもいい。教会はちょっと、トラウマが……。
すると、イーヴさんは明らかに眉を寄せた。
「まったくあいつは……。何も考えずに呼ぶから、こんな事になるんだ。衣食住、どれひとつとして満足に用意出来ぬとは……俺もだけど」
「あいつって?」
イーヴさん、怒ってる?
怯えるリアに、イーヴさんは焦り始める。
「……ああ、リア。寝る所については気にしなくていいよ。安全かつ気軽に泊まれるいい場所を思いついたからね。それより僕は急に甘い物が食べたくなったんだけど、付き合ってくれないかい?」
「うん!いいよ!」
その魅惑的な提案に、思わずリアは即答していた。
「いい笑顔だ。では、これから僕がリアの為に一肌脱ごうかな!」
そう言ったイーヴさんは、立ち寄ったカフェで物理的に1枚脱いだ。
するとどうだろう。薄汚れたメイド連れの客だと言うのに、店主の接客態度がガラッと変わった。
「プロスペール様!如何されますか?」
両手をモミモミ。本物のゴマすりよ!リア、初めて見た!
確かに、ラフなシャツにパンツスタイルのイーヴさんは、セレブっぽくてカッコイイ。更に帽子を取れば、水色の長いストレートヘアがサラリと流れ出すときた!ファンタッスティ――ック!!
「この娘の好みそうな間食を用意してくれ。私は飲み物を」
加えて相変わらずのイケボ。
「かしこまりました!今すぐご用意させていただきます!」
モミモミ。
リア達が通されたのは、街道寄りのオープンテラスの2階。貸切だった。
目の前には見事なアフタヌーンティーが用意され、道行く人々の視線は釘付けだ。
『コイツは素晴らしい!!』
ライゾは大喜びだし、精霊さん達もどんどん集まって来てる!
「さあリア、店主のご好意だ。好きなだけお食べ」
店主、太っ腹!でも……。
「リア、こんなに食べれないよ?」
「ふふっ、大丈夫。残ったら工房の皆のお土産にするからね」
それならば!どれから食べようか……。
リアはワクワクとお菓子のタワーに挑んだ。
だけど。
それから1時間後、リアは、スコーン1個で満腹になるお腹を呪いながら、お菓子工房を目指して出発していた。
「世の中のご令嬢はこんなに少食なんだね。知らなかったよ」
聞けば、イーヴさんは初めて女性をエスコートしたとの事。初めてがリアで申し訳ない。
馬車の中、リアは満腹で幸せだった。馬車の揺れが気持ちいいと感じるくらいね。何だか眠いや……。
「おやおや、疲れたのかい?そうか……ずっと荷馬車だったから……僕もまだまだだね。着いたら教えるから、寄りかかるといい」
イーヴさんがリアの隣に座ると、人の温かさで睡魔に抗えなくなる。
リア、お菓子工房を夢見ながら……寝落ちしました。