3話 王子様と妖精さん
「君が……リリア・リリベル子爵令嬢なのか……?」
サラサラと落ちてくるキラキラした金髪を耳にかけながら、王子様は上品に口元を拭った。リアの中で、煌びやかなソファーが似合う男ナンバーワンが決まった。
「リリアお嬢様。ご挨拶を」
バスチアンに言われ、リアはハッとなる。客間には王子様だけでなく、オデール伯爵と思しき白髪の紳士もいる。その隣に座る、ロザリー婦人が睨んでいるのを見て、リアはスカートの裾を摘んだ。
「わたくし、リリア・リリベルと申しますの。よろしくね!」
初めてちゃんとした挨拶したけど、こんな感じで大丈夫?殺されないかな?バスチアン!
王子様は突然立ち上がると、オドオドするリアの方に歩いて来る。
「茶色の髪に茶色い瞳?……でも、よく見れば……その不遜な態度」
絶対、根に持ってるよね。
「間違いない……リアだ」
昨日の恐怖が蘇り、逃げ腰のリアの頬に、王子様はブツブツ言いながらも手を伸ばした。
しかしその手は、リアの頬に届く前にバスチアンが遮ってくれた。
「恐れ入りますが、リリアお嬢様は3年前に大きなショックを受けられ、記憶を失っておられます。その理由がお分かりになるのでしたら、何も言わずにお引き取り下さい」
よく分からないけど、グッジョブ!バスチアン。
「そうだったのか……」
王子様は伸ばした手をギュッと握りしめた。そして次の瞬間、王子はその場に膝まづいた。
リアの手を取り、その甲に優しく唇を当てる。
「リリア・リリベル子爵令嬢。昨夜の無礼、どうかお許し下さい」
ぎゃぁぁぁ!何なに、どうしたの!?
目を見開いたまま固まるリアの顔を、王子様は泣きそうにも見える悲しげな表情で覗き込む。
「私はルーカス・フェル。フェル王国騎士団副隊長を任されております。どうぞお見知り置きを。本日はこの地の治安維持体制について視察をして帰るつもりでしたが……可能であれば、いま少しの滞在をお許し頂けないでしょうか」
絞り出すように言う。
どうしてリアに聞くの?公爵様はあっちなんだけど!?
助けを求めてオデール伯爵を見れば、頷けとばかりに目配せされた。
「……喜んで」
リアが頷けば、王子様は礼を言い、席に戻った。その顔は、何事もなかったかのような無表情。さっきのは何だったの!?
「リリア、もう下がりなさい。申し訳ありません、殿下。リリアは行儀も知らない田舎者でして……。御無礼がありましても、どうか大目に見てやって下さい。私の方からよく言い聞かせておきますから」
「いや、リリア嬢には何の落ち度もない。気にするな」
「そうですの?では、もう行きなさい」
オデール伯爵の隣でロザリー婦人がちょっと残念そうに、リアをシッシッと追いやった。リアは助かったとばかりに部屋を後にした。
なんとなく釈然としないけど、首は繋がってるし、ま、いっか!!
リアはスキップ混じりに、朝食を探しに走った。
その日の午後、リアの手入れするイングリッシュガーデンには、散歩を楽しむ王太子様とオレーリアお嬢様の姿が見られた。オレーリアお嬢様はこれ以上ないくらいにめかしこんでいて、デコルテオープンなドレスで強調されたお胸を、王子様に腕に押し付け、猛アピール。そのあざとさにリアは震えた。
王子様はと言うと、庭の隅で草むしりしているリアを、チラチラと見てる。
もしかしてこれは……。お子様には少々不適切な表現が含まれますよ――ってこと!?
リアはそっと視線を逸らして仕事に集中した。しかし会話は漏れ聞こえて来る。
「リリア嬢はここ一体の地主じゃないのか?」
「どうかしら。あの小娘はまだ子供だし、今はオデール伯爵様が管理を代行なさってるから。それより、次の舞踏会に、私を呼んで下さるって本当ですの?」
「だから、使用人として扱っているのか?」
「……え?リリア?あの子、庭いじりしか出来ない約立たずよ」
会話が微妙に噛み合ってない。
「……リアは今の俺を見て、さぞがっかりしただろうな」
王子様の落ち込んだ様子に、オレーリアお嬢様はチャンスとばかりに食らいついた。
「そんな!がっかりなど。ルーカス様は学園でも一二を争うご聡明さだと聞き及んでおりますわ。しかも剣術の腕では右に出る者はいないと言うではありませんか。何より、17で騎士団副隊長を任命されるなど前代未聞の功績。こんな素晴らしい御方を見てがっかりする人間なんて、この国にいらっしゃいませんわ!」
ここにいたけどね。
オレーリアは王子様にしなだれかかると、上目遣いでその顔を覗き込んでいる。その妖艶さに、リアはゴクリと固唾を呑んだ。
「ルーカス様とご懇意にさせて頂けて、リア、本当に幸せですわ」
リア……。
そういえば、オレーリアお嬢様もリアだったね。ロザリー婦人がそう呼んでるのを聞いた事がある。この世界での私は、リリアだから……。
……そうか。王子様はリアを見付けたんだ!
『ふ……。この国の王子も大したことないな』
妖精さんの大物っぽい発言が聞こえて、リアはぷッと吹いた。
王子様の視察が上手くいったのか、それともオレーリアお嬢様の努力が実ったのか、伯爵様は超ご機嫌!2人揃ってその日も高いうちに、屋敷を後にしてくれた。
お陰でリアは夕方には手が開き、休んでおいでと、手伝ってた調理場も追い出された。
何しよっかなぁ……って決まってるじゃん?
リアはお菓子を持って、ワクワクとお出かけした。ま、お出かけと言っても、屋敷の裏の小高い丘の上だけどね!
丘の上には大きな木が1本立ってて、その木陰がリアが静かに過ごせるお気に入りの場所だった。精霊さんたちは、お花がないからかここには来ないしね!
「妖精さん!お菓子食べよ!」
木陰に入ると、リアは座ってお菓子の箱を開けた。妖精さんはリアの肩の辺りから顔を出して、パタパタと飛んで箱の中に着地した。手のひらサイズで可愛い。
『うう……せっかくのお菓子が、穴だらけだ』
でも一言目がこれだ。
「いいじゃん。美味しそう!」
リアはお菓子を半分こにして、妖精さんに差し出し、残りを口に頬張った。……ん――!美味しい!!
妖精さんは?って見たら、箱の中で立ち上がり、驚愕って表情でリアを見ていた。
『……お前、俺が見えるようになったのか!?』
「ん?見えるけど、変かな?」
リアが反応すると、わなわなと震え始める。泣くの?泣いちゃうの?
『今までずっと無視してたじゃないか!!』
無視してたつもりはない。リリアだって多分。だから……。
「前は見えなかったのかなぁ……。でもさ、今は見えるし、いいじゃん?ささ、食べなよ!美味しいよ!」
妖精さんは納得出来ない顔のまま、大きなお菓子を受け取り、両手に抱えてもぐもぐし始めた。可愛い。
『そうか……ショックな事があったって言ってたな……喋り方も変だぞ?……俺のいない間に何ががあったんだ……?』
なんかブツブツ言ってる。でも、上目遣いで見上げられて、リア、キュン死!
『まあしかし、会話が出来るのなら話が早いな。お前、前世の記憶が戻ったんだろ?』
前世って利亜の事?
「うん。そうだけど……ね、それってもしかして、リアの事、ずっと前から知ってるって事?」
『ああ、知ってる。お前が死んだ時からずっと、お前の事を見守ってたからな。それも忘れたのか?』
見守ってくれてたの!?それは忘れちゃ申し訳ない!
「う――ん。待って!今、思い出してみるから!」
リアは顎に手をやり、記憶を探った。
そういえば……。
莉亜が死んで、まず飛ばされたのは、このリアルなファンタジーの方じゃなくて、動物が二足歩行で歩き、お花が歌うタイプの、ガチなファンタジー世界の方だった。
空はどこまでも青く、絵で書いた様な雲が、ポカンポカンと浮いていた。莉亜はふわふわとしたお花畑の中のテーブルセットに座っていて、目の前には、人間サイズになったこの妖精さんと、マッチョなおねぇ様が小指を立てて紅茶を飲んでいた。
『私はフェオ。精霊王よ。莉亜、これからもよろしくね!』
素晴らしい胸筋を隠すことなく、ローマの彫刻みたいに、大事なところにだけを布で纏ったおねぇ様は、莉亜に可愛くウィンクをした。最高にイケていた。
「思い出した!!リア、フェオおねぇ様とお茶飲んだわ!」
莉亜はその時、ゾンビだった。3階建ての建物から落ちたんだ。それはそれは酷い姿だった。椅子に座れてたのが奇跡だ。
『俺も居ただろ!!』
「う――ん……。いた気もするけど、フェオおねぇ様のインパクトがスゴすぎてさ……」
『確かにな……』
認めたね。
『じゃ、その前の事は覚えてるか?』
その前って、死んだの時の事?
「覚えてるけど思い出したくないんだよね。……突き落とされたし。しかもリア、リリアの時の事も全く覚えてない」
それってリリアも思い出したくないって事だよね。
転生しても、ろくな事がなかったらしい。忘れてるに限るわ!
『じゃ、お前、リリアの身体に前世の記憶だけが入った感じなのか?……すげーなお前。今までよく普通に受け入れられてたな!』
「でしょ?」
リアはドヤった。適応能力については、レベルMAXだと思う。
『事情は分かった』
妖精さんは真剣な顔で、リアに手を差し伸べた。
『俺は旅の妖精ライゾ。これからは俺様がついてるから、安心するがいい!』
イケメン!!
リアもライゾに人差し指を差し出す。2人は握手……サイズが合わない為、人差し指の先をくっつけるアレだ……を交わした。宇宙が近くなった気がした。
ライゾは精霊界を介して、この世界にリアを転生させてくれたらしい。ああ、あのフェオおねぇ様がいた場所が精霊界ね!
『俺たち妖精は、この世界の神様に大きな貸しがあるんだ。ちょっとばかり無理言っても構わんだろう』
凄いコネ!!
『それよりお前、何で使用人になってんだ?』
何でって……?
「追い出されたから」
ライゾはため息をついた。
『領主は変わっても、ここ一帯はリリベル家の土地だろ?……乗っ取られたな』
「マジか……」
『お前、本当にリリアの時の記憶がないんだな。俺様がその場にいればな……』
ナイス!心意気!!
ライゾの話によると、両親を事故で失ったリリアは、しばらく王都の、とある御家にお世話になっていたらしい。でも、リアの身に何があったのか……急にこの屋敷に戻されてしまったとの事。
ライゾはずっとリリアにくっついていたらしいんだけど、その時ちょうど出掛けてて、王都に取り残されてしまったと言う。
『リリアは俺の事、見えなかったみたいでさ。当然俺がいなくなった事に気が付かなかったんだ、俺はお菓子に紛れ、どうにかここまでたどり着いたんだぜ!褒めるがいい!』
「ありがとう!ライゾ!」
この小さい体で、リアに会う為に必死に頑張ってくれたんだ。そう思うと、嬉しくてたまらない。
ニコニコするリアに、ライゾは照れたのか、大きなお菓子に顔を埋めた。