1話 はじめてのおつかい
ふわっとしたお話を思いついたので、読んで頂けると嬉しいです。
「リリア・リリベル。なぜこの屋敷に住んでいるの?なんて図々しい子かしら!ここはオデール伯爵家の領土。この屋敷も我がオデール伯爵家の物に決まってますわ!!今すぐ、ここから出てお行き!!」
悲しみが溢れる。それは体を埋めつくして……。
全てを無くしたその日、私は覚醒した。
◇◇◇
リリア・リリベルは転生者だ。
前世の名は莉亜。ある日突然、通っていた高校の屋上から突き落とされて、気が付いたらこの世界にいた。
リアの転生先は中世ヨーロッパ風の世界。リアはフェル王国という国の、子爵家長女リリア・リリベルとして産まれていた。でも、リアに12歳までの記憶はほとんどない。
ってのも、12歳までは普通にリリアとして新しい人生を歩んでいたから。
でも、リリアが12歳のある日。
住んでいた子爵家の御屋敷から追い出されるという、あまりにショッキングな事件が勃発。天涯孤独だったリリアはこれに対応出来ずに人生を放棄。眠っていたこの私、莉亜の人格が出てきちゃったって訳。
だからリリアことリアは、覚醒したと同時に、いきなり詰んでいた。
でも……ま、この位の事、転生ものにはよくある事。断罪もなければ、殺される予定もないなんて、転生者としてはイージーモードじゃない?
せっかく手に入れた2度目の人生だし、憧れの異世界でのんびり生きよう!
そう思っていたんだけど。
人生って上手くいかないものね。トラブルはある日、リアの常識を覆す状態でやって来た。
「リリア様、先にお花の用意をお願い致します。終わりましたら、オベール伯爵が来られる前に朝食を取って下さい」
「は――い!」
リアは、執事長のバスチアンに元気な返事をすると、屋敷の庭に駆け出した。
あのショッキングな日から3年が経ち、現在リアは15歳。自分の住んでいた御屋敷の庭師になっていた。
ってのも、追い出されたあの日、リアを追い出したロザリー婦人に、屋敷には二度と入っちゃいけません!って言われてさ。
リアは、まあ、そういう決まりなのだろうと諦めて、この仕事をゲットしたって訳。追い出された次の日に仕事が決まるなんて、超ラッキーじゃない?
って訳で、現在この屋敷にはロザリー・オデール婦人と2人の子供たちが住んでいるんだけど……。このロザリー婦人、この地方の領主ギャストン・オデール伯爵様の妹なんだよね。
だから今日、その、領主ギャストン・オデール伯爵様が、初めてこのド田舎の屋敷に立ち寄って下さるらしくって。
今、使用人総出で、おもてなしの準備をしてるって訳だ。
リアは帽子をしっかり被ってお庭に行くと、屋敷の主であるロザリー婦人の好む、派手な色の花を探しては手折っていた。
今日はお天気がいいから、精霊さん達はご機嫌。ふわふわ揺れててとても綺麗よ。
あ、精霊さんってのは、お花の近くを漂う、様々な色した淡い光の事よ。ここは異世界だから精霊がとても身近な存在なの。……といっても、普通の人には見えないらしいけどね!
まあこれについては、転生当初リアも、さすが転生者!って、かなりアガったわ。
でもね、見えるだけだし?
「あ……痛っ!!……ちょっ!」
適当に帽子を被っただけだと、髪の毛をぐちゃぐちゃにされちゃうの。
それでもリアはどうにか花束を作り終えると、立ち上がって大きく深呼吸をした。風が気持ちいい。
この御屋敷は高台に建っていて、とても景色がいい。小さな木立と大きな空しか見えない大自然だけど!
でも、丘陵地帯の下には街があって、そのずっと先には王城があり、立派な都もあるという。
せっかく異世界に来たんだから冒険したいって思う時もある。でも、痩せっぽちのリアは茶色の髪に茶色瞳。美人でもないし、出来ることと言えば家事だけだ。何の取り柄もないリアに冒険は難しいって事、ちゃんと分かってるから。
「お仕事があって、普通に生活出来てるのなら、それでいいじゃん?」
この世界の普通が分からないけど、前世の様に、面倒を見る弟たちがいない分気楽だし、自分の為に働いてるって感じがいい!
リアは花束を抱えて、鼻歌交じりに振り返った。
すると……。
何故か真後ろに、一番忙しいはずのロザリー婦人が立ってるじゃない?怖っ!
「ロザリー様、何か御用ですか?」
ブルブル。
「ロザリー婦人と呼びなさいっていつも言ってるでしょ、リリア。何時になったら覚えるの?馬鹿な子ね!」
ここで気を使って、オデール伯爵様の妹なのに、オデール伯爵夫人はヤバくない?領主様に怒られないかな?なんて……言えない。
そう、ロザリー婦人は、出戻り夫人なのだ。
メイド達の情報によれば、ロザリー婦人は男爵家に嫁いだものの不倫がバレて、父親不明な2人の子ども共々、離縁されてしまったとの事。自業自得とはいえ、王都を離れ、こんな田舎に追いやられた苦労は計り知れない。
心中を察してシュンとしたリアに、何故かロザリー婦人は気分を良くしたみたい。
「まあいいわ、リリア。悪いけど、ちょっとデロンの街まで買い物に行ってきてくれない?」
クルクル赤毛の巻き髪にツンと高い鼻。ひと昔前の派手な美人って感じのロザリー婦人は、ニヤニヤしながら、リアに新たなミッションを告げた。
リア、知っています。婦人がご機嫌な時は、ご飯を食いっぱぐれる程忙しくなるって事を。
しかし実はリア、この世界に来てからまだ1度も、この屋敷から出た事がなかったんだよね。そんな暇がなかったってのもあるけど、ロザリー婦人がお出かけを禁じていたから。
「え!?いいの?」
リアは初めてのお使いに目を輝かせる。
「ええ。但し、1人で行ってちょうだい。貴方もご存知の通り、今日はオデール伯爵様が初めてこの屋敷に来訪致しますの。皆、準備で忙しいでしょ?」
ロザリー婦人はキラキラしたリアの顔を見て若干不服そう。
「そうよね!分かったわ。で?何を買って来たらいいの?」
ワクワク。
「アランのマフィンよ」
……アランのマフィン?
ロザリー婦人の長男、アラン坊ちゃんは10歳になるぽっちゃり系男子で、いつもマフィンを食べながら歩いていた。
そうか、あのマフィン、きらしちゃったのか。でも……。
今日じゃなきゃダメ?それ、食べないと死んじゃうの?
「頼んだわね」
「はい。かしこまりました」
こんな田舎だ。楽しみがそれしかないのかもしれない。リアは神妙に頷いた。
それからリアは、メイドさんにお花を渡し、悲痛な顔をした執事長のバスチアンから、お金とサンドイッチの隠されたバスケットを受け取った。
「いいですか?リリア様。明るいうちに帰れそうでなければ、デロンの街の入口でお待ち下さい。必ずお迎えに参りますから……チッ!まったく、少女の足でどれだけかかるとお思いか!」
いつもは紳士なバスチアンの舌打ちを聞きながら、リアは初めてのお使いに旅立った。
下の街、デロンへは一本道。青空の元、少し歩くと、眼下に街が見えて来る。城壁に囲まれた街は、まるで船のよう。
リアは遠くに見える街まで、ただひたすら何も無い丘陵地帯を下った。
しかしバスチアンの舌打ち通り、少女の足でいくら歩いても、眼下の街は近づいた感じがしない。
ここでリア、このミッションの意図に気が付きました。
「うーん。これはリア、追い出されただけなのでは?」
もしかして、リアを伯爵様に会わせたくなかったとか?
日も高くなり、お昼のサンドイッチを食べ歩きながらリアは考えた。あのニヤニヤ笑い……思えばロザリー婦人はいつも、リアをいじめようと頑張っていた気がする。
給料は雀の涙(使う所がないから別に不自由はない)部屋は使用人宿舎の屋根裏部屋(憧れだったから喜んで受け入れた)持たされた服はメイド服のみ(コスプレ最高――!)
あ、リア。ローズ婦人の生きがいを奪ってたかも。
「やあリア!いつものお菓子のお届けですよ――!」
その時、背中から声がかかり、リアは驚いて振り返った。このイケボは!!
声をかけたのは見事な馬に乗った、バッチリ制服姿の配達員さん。リアは知り合いの出現にバスケットを降って喜んだ。
「今月もお疲れ様――!!」
この配達員さん。王都から月イチで、あの屋敷にお菓子の配達にやって来るのだ。お菓子と言っても、アランのマフィンではなく、王都の小洒落たお菓子だけどね!
配達員さんは帽子が落ちない様に深く被り、軽く馬から降りると、丁寧に包まれた布を解いて、リアに宝石箱程の箱を渡した。
「リア。これが今月のお菓子だよ。ちゃんとリリア・リリベル子爵令嬢に渡してくれるかい?」
実はこの配達員さん、リアがリリア嬢って事、知らないのよね。リリアになって最初に出会った時には既にメイドだったから事情を説明するの、めんどくって。
「うん!」
元気に答えたリアに、配達員さんは目を細める。
「しかし、リア、今日は珍しくお出かけなんだね。街まで行くのかい?……その格好で」
優しい口調だけど、何だか不穏な空気だ。
「リア、街で浮くかなぁ」
ここは異世界。メイドは流行ってないのかもしれない。
「いや。最近この辺りも治安が悪くなったと聞くから心配でね、リアは可愛いから。……ちょっと待って」
配達員さんはお菓子を包んでいた布を、リアの頭に巻いた。リアは赤ずきんちゃんにまた1歩近づいた。
「これでよし!さあこれで馬にも乗れるってもんだ。カゴを貸して」
配達員さんは馬にカゴを括り付けると、リアを馬の上に軽々と持ち上げた。
「さあ、働き者のリアに、お兄さんがご褒美をあげよう」
「わーい!連れて行ってくれるのね!」
「いや、これはお菓子の配達だよ。いいかい?」
なるほど!リアは頷くと、初めての乗馬を楽しんだ。
はちみつ色の瞳をした、甘いマスクの配達員のお兄さんは王都に務めるお菓子職人だという。
「王都には今の季節、沢山の貴族が住んでいてね、派閥争いで大変なんだ。それは騎士や魔法使いを育成する学園にも暗い影を落としていてね、僕はお菓子でそれを解決しようと頑張ってるのさ」
異世界要素、濃いわ!
イケボのお兄さんの都会話を聞きいているうちに、あっという間に街の入り口である門の前まで到着してしまい、リアは追加で試作品だという可愛いキャンディを貰って馬から降りた。
「ありがとう!配達員さん!」
「味は保証するよ。その代わり、必ずリリア・リリベル令嬢にお菓子を渡してくれよ?」
「……うん。分かった!」
「じゃあ、また来月、会おう!」
ピシッと敬礼をすると、配達員さんは馬に乗って帰って行った。
「今月も言えなかったな」
リアはため息をつくも、頬は綻ぶ。
「何処かの誰かさんよ……。サブスク、解除し忘れてますよ――。ま、いただいちゃいますけどね!」
リリア・リリベルの元に届く高級お菓子について、配達員のお兄さんでさえも、その送り主を知らないと言う。怪しい事限りないのだが、お菓子に罪は無い。
街に入る前にちょっとだけ見て見ようと、リアは門の影でそっと箱を開けた。
『お?やっと着いたか?』
「……?」
お菓子の箱の中に何かいるのよね。
声も聞こえた様な?
小さいけど人の形をしてるね。
そして……トンボみたいな羽が生えているわあ……。
コトンコトンと箱が揺れて、それが伸びをした。リアの心臓の音も高まる。これって……!
食玩なの!?シークレット、当たっちゃった!?
ガチの生きてる妖精だ!!
青い髪をした、クリクリお目目のヤンチャ系の男の子って、めっちゃよく出来てる!さすが王都のお菓子。クオリティが違う!
『箱の中はもうたくさんだ。いつもの所で寝なおすか』
妖精さんはそう言いながら、パタパタと飛んでリアの髪の毛の中に入って行った。そこ、定位置なの!?
「おい!そのこの娘!先程の御方と知り合いか?」
急に声をかけられ、リアはお菓子を持ったまま固まった。顔を上げれば、騎士様が1人、近づいてくる。
そう言えば、門兵さんとは別に、沢山の騎士様が門の前にいたね。伯爵様の護衛だとは思ってたけど。
「ただの配達員さんだよ?見た事ない?」
サブスクでお菓子配達は、リアだけの特典なんて有り得ないよね。リアが首を傾げると、騎士様も思案顔。
「配達員?見間違えか。……それは?」
ここで騎士様はリアの持つお菓子に気が付いた。リアはそっとお菓子の蓋を閉じた。
「ちょっと見ただけよ」
「食わずにちゃんと主人に届けろよ」
「……うん」
優しい騎士様で良かった。
「で?入るのか?」
門は開かれている。そうか、ここからは街だ。散策出来るのね!リアはワクワクと胸をふくらませた。
「うん!!リア、マフィンを買いに来たんだよ!」
「甘党の主人なんだな……。なら急がないと、店が閉まっちまうぞ」
騎士様に背中を押されながら、リアはこの世界に来て、初めての街に突入した。