光
◆光
「ん、準備は全て終わったのです」
それは、僕にとってはまさしく死刑宣告だ。
すーっ、と大きく息を吸う。
死にたくはない。けれど、逃げることもできない。
「……分かりました。お願いします」
「ん、まだ始めるのには早いのです」
「え?」
「上を見るのです」
言われた通りに上を向くと、透明なガラス越しに満月が見えた。
「月が真上に来たら、錬金術を始めるのです。それに、陛下もまだ来てないのです」
「陛下……?」
「なのです。陛下が見学に来ると聞いているのです。だから、まずはそれを待つのですよ。まあ、あと十五分くらいで始められると思うのです」
どうせなら一思いにやって欲しかったが、そう上手くもいかないらしい。
与えられた人生最後の十五分。どうせなら、もっと良い過ごし方をしたかったが……
「随分と渋い顔をしているのです。別に、痛くはないのですよ。安らかに、眠るように死ぬのです」
僕の様子を見兼ねたらしく、ミアセラはそう言った。
「そうなんですね……」
「なのです。苦しむことはないのです」
「あの……、一つ聞いてもいいですか?」
「なんです?」
「この実験で僕が死なない可能性って、ないんですか? この実験は、錬金術の微調整をするために行うんですよね? それなら、もしかしたら微調整する前から錬金術が完成している可能性は……」
「ありえないのです。微調整する前から偶然完成しているなんて、百万分の一の確率なのですよ」
「そう、ですか。僕は確実に死ぬわけだ」
「ん、あなたは死ぬのです。しかし、あなたの死はミアセラが無駄にしないのですよ。あなたの死から必ず錬金術を完成させ、幽王討伐のための超能力を作り出すのです」
「……あ、ありがとうございます」
正直な話、僕の死が有効活用されようと特に嬉しくはない。しかし、ミアセラの気遣いは多少嬉しかった。
それからしばらくして、部屋の扉が開いた。
まず入ってきたのは、三日前に見た王様だ。そして、その後ろにはジョフリー騎士団長と、他にも十人ほどの兵士がついてきていた。
「準備はどうだ、ミアセラ?」
王様はこちらに近づいてくると、そう尋ねた。
「陛下。準備は既に整っているのです」
「よし。やれ」
「了解なのです。さあ、みんな動くのですよ!」
ミアセラが指示すると、彼女の部下の錬金術師が一斉に動き出した。様々な装置が僕に向けられていき……
「始めるのです!」
彼女の一言で、錬金術が始まった。
僕の正面に置かれた巨大な装置が、徐々に輝きを増していく。
「あれは、月の光を集める装置なのです」
僕の視線に気付いたミアセラが解説をする。
「光を十分に集め終わると、あなたに放出するのです。それで、この実験は終わりなのです」
「つまり……」
「ん、なのです。それでは、さらばなのです」
ミアセラは僕のもとを離れ、王様とジョフリー騎士団長がいるところへと向かう。
錬金術の作用の一つなのか、僕はピクリとも動けなくなっていた。まるで物のように、部屋の中央に一人で突っ立っているだけ。
顔を背けることもできず、僕はただ、死を運ぶ装置を眺める。
「これで終わりなんだ……」
そう、口にした時だった。
扉が、勢いよく開いた。
開いた扉から入ってきたのは、見慣れた三人の顔。
「サム坊、助けにきた!」
「サムウェル! あんた、何勝手にいなくなってんのよ!」
「サムくん! 無事ですか!」
ティリオン、アリア、ローゼン……。僕が地下労働場で一緒に暮らしている家族……。
「……! な、んで……?」
三人の登場に僕が驚く中、部屋の隅から怒声が響く。
「なんだ、あいつらは! この実験の邪魔をするつもりか! ジョフリー、奴らを殺せ、全員だ!」
「御意!」
王様の命令を受け、ジョフリーが剣を抜く。眩く光るその剣は、たった一振りで人の命を消し去ると確信を持てた。
ジョフリーは、その巨躯に似合わぬ敏捷さで動き、瞬く間に三人のもとへと走った。そして、剣が驚くべき速度で三人に迫っていく……
「駄目だ、殺される……!」
ジョフリーが剣を振り上げて三人に斬りかかろうとして……。……然して、その剣は途中で止まった。
「させぬぞ、ジョフリー! 儂がお主の相手をしてやろう!」
「ば、バリスタンさん!」
バリスタンが、ジョフリーの凶刃から三人を守る。そして、ジョフリーとバリスタンの、目にも留まらぬ戦闘が始まった。
その真横を、僕の家族が駆け抜ける。
「みんな……!」
錬金術のせいで一歩も動けない僕のもとへ、三人が駆け寄ってきた。僕らの間の距離は徐々に縮まっていき、そして……
三人が僕に触れた。
「さあ、帰るぞ、サム坊!」
「あんた、縛られてんの? 縄はどこ?」
「サムくん、逃走路は見つけてあります! もう安心して下さい!」
「みんな……、ありがとう……」
感動の再会。
しかし、運命は無情である。
月の光を集めて徐々に明るくなっていった装置は、ついに光の吸収をやめた。
そして。
今まで集めた光を僕に——いや、僕ら四人に向けて放出した。
目の前が、カッと明るくなる。
「——逃げて!」
叫ぶも、時既に遅し。
錬金術は成った。
こんばんは。
これにて第一章は終わりです。全四章構成ですが、文字数的にはここで十分の一といったところでしょうか。あらすじにもある通り書き終わってはいるので、最後まで投稿することも出来るのです。ただ、コピペが面倒なので今日はここまでです。
予定では十日ほどかけて全話投稿しようかと思っております。まあ、早く最後まで読みたいというようなコメントなどあれば、多少速める可能性はありますが。
それでは、短い間ですがよろしくお願いします。