天国への途上で
◆天国への途上で
死が僕を呼びに来た。
「おう、奴隷の餓鬼、時間や」
巨人。昨日のグレガーとかいう巨人が、扉を開けてそう言った。
今日は満月。そして、既に日が暮れ始めている。つまり……
「もう少しで僕は死ぬ……」
「せや。ほら、無駄口叩いてないで出て来ぃ」
「……分かりました」
「ワイの後をついて来ぃ。実験場までお前さんを連れて行ったる」
そう言うと、グレガーは城を我が物顔に歩き出した。グレガーの一歩があまりにも大きく、僕はついていくだけで一苦労だ。しかし、そんな僕の状況にもお構いなしで、グレガーはどんどん進んでいく。ふと、ある考えが頭に浮かぶ。この様子なら、もしかしたら……
「お前さん、逃げ出そうなんて考えてないやろな?」
図星をさされ、思わず立ち止まった。そんな僕にグレガーは鋭い視線を投げかける。
「ワイの図体は飾りやないし、ワイはこう見えて副騎士団長を務めとる騎士や。せやから、ワイが金棒を一振りすれば、その度にお前さんの四肢が一つもげると思っとき。殺したら怒られるけんど、逆に殺す以外なら何をしても問題ないって言われとるからなぁ」
「……はい、逃げません」
「随分と覇気のない返事やなぁ。ま、あと数時間で死ぬ餓鬼に覇気を求めてもしゃあないか」
「……」
「おい、そんな辛気臭い顔をすんなや。別にワイは、お前さんに怒っとるわけやないで。ワイだって、こんな状況に陥ったら逃げ出したくもなるわ。はっは!」
「そ、そうですか……?」
「せやせや。だからお前さん、そんなに畏まってワイと話さんでもええ。もうすぐお前さんは死ぬんやさかい、多少の無礼は目を瞑ったる」
あまり悪い人ではないのか、グレガーは僕を気遣っているようだった。
「えと、それじゃあ、一つ質問してもいいですか?」
「なんや? 実験場までは暇や。答えられる質問ならなんでも答えたる」
戦闘モードに入っていた昨日のグレガーは、まさに鬼のようだった。しかし、今のグレガーはそこまで話しにくい相手ではない印象を受ける。
「えと、バリスタンさんは、今どうしてますか?」
「おお、バリスタン老か。今は謹慎中や。お前さんが結局は逃げ出さなかったことを鑑みて、特に罰とかは与えられとらん」
「なら、良かったです」
「は、人の心配しとる場合か。もう少しで死ぬんやで、お前さん」
「そう、ですよね……」
「ま、ええわ。残り短い命をどう使おうと、お前さんの勝手やからな。他に質問とかはないんか? 答えたるで」
「それじゃあ……、あの、超能力ってどんなものなんですか?」
「超能力やと?」
「はい。僕で人体実験をして、その結果から超能力を生み出す錬金術を作るんですよね?」
「せや。そうやなぁ……、聞いた話やが、超能力は人によって異なるらしい。例えば、ワイの超能力は空を飛ぶやつで、お前さんの超能力は巨大化するやつ、みたいな感じやな」
「なるほど……」
「ま、お前さんには関係ないことや。お前さんは超能力を見ることなく死ぬんやからなぁ」
「そ、そうですね……」
「で、他に聞きたいことはあらへんのか?」
「じゃあ、あの、錬金術ってどんな感じなんですか?」
「せやなぁ。普通の錬金術は、よぅ分からん液体を使ったりして、石を金に変えたりするもんや。だが、今回の錬金術はなぁ……。どんなもんなんか、さっぱり知らん。ミアセラも、馬鹿には分からんって言って教えてくれんしなぁ」
「……あの。ミアセラさんって、本当に二十歳を超えているんですか?」
「はっ! 確かに、あんなに小さいと餓鬼にしか見えんからなぁ! だが、ああ見えて、ミアセラは大人やし、結婚もしとる。それに、この国で五本の指には入る重鎮や」
「そ、そうなんですか?」
「おぅ。伝説バリスタン、騎士団長ジョフリーと並んで、錬金匠ミアセラと呼ばれとる。小生意気やが、可愛いし優秀や」
「そうなんですね……」
「せや。……お、もう着くで。あそこや」
グレガーは、廊下の突き当たりの扉を指差した。その扉の中の部屋が、実験場なのだろう。
実験場は、一辺が十メートルほどの大きな部屋だった。中では、ローブを纏った数人の男たちが慌ただしく走り回っている。おそらく、実験の準備をしているのだろう。
「ん、やっと来たのです」
部屋の中央で指示を飛ばしていたミアセラが、たたたっと駆け寄ってきた。
「グレガー、待ちくたびれたのですよ。ほら、サムウェル、あなたは早くこっちに来るのです」
「ほんなら、これでお別れや、餓鬼。次会う時は来世やな。ミアセラも、また後でな」
そう言い残すと、グレガーは部屋から出ていった。対して、僕はミアセラに引っ張られて部屋の中央へと連れて行かれる。
「ここに立つのです」
ミアセラが示したのは、部屋の中央に描かれた丸い円だった。
「これは……?」
「錬金環と呼ばれるものなのです。しかし、原理を説明してもあなたには分からないのですよ。ほら、早く円の中に入るのです」
ミアセラに言われた通りに、僕はその円の中に立つ。
「それでは、実験の最終調整を始めるのです」