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超能力で魔王退治  作者: 竺原伶
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老兵

 ◆老兵

 ミアセラの訪問から早くも二晩が過ぎ去った。彼女のことを信じるならば、明日の夜が僕の最期だ。

 物置部屋の扉すら滅多に開かないため、僕は人生最後の数日間を、天井の染みの数を数えながら過ごしていた。

「僕が、一体何をしたっていうんだよ……」

 なんて愚痴が、自然と漏れてしまう。

 僕はこれまで、奴隷としては真っ当に生きてきた。何かをしでかして懲罰を食らったことも一度だけ。それなのに、王様になんとなくで選ばれただけで死ななければならないというのか。

「ティリオン、アリア、ローゼン……」

 この三日間で何度も呼んだ三人の家族の名前を、また口にする。

 僕は、五歳の時に奴隷として地下労働場に売られた。当然そこには家族はおらず、保護者もない。そんな境遇の子供たちは、必然的に同じ年頃の奴隷と支え合って生きることとなる。

 食糧を共有し合ったり、仕事を教え合ったりする中で特に気が合った三人と、僕は家族を結成した。戸籍などない奴隷は、家族を自由に作れるからだ。

 一番付き合いの長いティリオン。僕の想い人でもあるアリア。妹分のローゼン。この三人に僕を加えた、男二人女二人の四人家族。この五年間、僕らは平穏に暮らしてきた

「それが、どうしてこうなったんだ……」

 突然、コン、とノックの音が聞こえた。

 なんだろう。昼ごはんは食べたし、夕食にはまだ早すぎると思う。

「すまないが、少し入ってもよろしいか」

 知らない声だ。

「……は、はい」

 言うと、ドアが開かれた。そこに立っていたのは、白髪の老人だ。

「お初にお目にかかる。儂の名は、バリスタン・ドォじゃ。お主はサムウェル殿じゃな?」

「は、はい」

「実は、この部屋に入ることを陛下には禁じられとるんじゃが、どうしても、恩人のお主に会ってみたくてのぅ」

「恩人……? は、はぁ」

 バリスタンは物置部屋に入ってくると、僕の隣に座り込んだ。

「いやはや、こんな若者じゃとは思わなんだ。お主、歳は?」

「じ、十四になります」

「そうかそうか。それにしても、そう畏まらずともよい。儂はただの、隠居ジジイなのでな」

「そ、そうなんですか?」

「おお。昔はのぉ、騎士団長や王宮筆頭剣士を務めたり、闘技王の冠を被ったりしとったが、今は全部やめてしまったのでなぁ」

「はぁ。……それは凄い、ですね」

 騎士団長、王宮筆頭剣士、闘技王。どれもまともに知らないが、凄いことだけは伝わってきた。

「まあ、過去の栄光じゃ。だから、儂には敬語なんぞ使わんでも良い。それに、お主には感謝の念を抱いておるからのぅ」

「感謝……?」

「そうとも、当然じゃよ。お主のおかげで、儂らは救われるのじゃからのぅ」

 バリスタンは、酒が入ってるのかと疑いたくなるほどに上機嫌で、笑いながら僕の肩を叩いた。

「あの、なんのことですか……?」

「む? 儂は、お主が死を覚悟して実験の被験者に名乗り出たことを讃えているのじゃよ。儂も立候補はしたんじゃが、いまだに剣の腕は鈍っていないから殺すには惜しいと陛下に断られてしまってのぅ。じゃから、お主のような勇敢な若者が現れて本当に感謝しておる!」

「何を、言ってるんですか?」

 その意味不明な言葉に、ひたすら困惑する。もしや、世間では僕が自分から被験者に名乗り出たということになっているのだろうか。全くの、デタラメじゃないか。

「僕は、立候補なんかしていません……」

「………………今、なんと?」

 バリスタンの声音が変わる。

「ぼ、僕は、何も聞かされずに、勝手にここに連れてこられたんです……」

「それは、真か?」

「え……、はい」

「お主は死にたくないのに殺される。そういうことか?」

「……はい」

「なんと。まさか……。……ふざけおって」

 バリスタンは突然立ち上がった。そして、好々爺らしい笑みを唇から消し去り、憤怒の面をつける。

「ふざけおって! ロバート王も、ついにここまでご乱心めされたか!」

「ば、バリスタンさん?」

「ゆくぞ、サムウェル殿」

「ど、どこへ……?」

「当然、城の外へ出るのじゃ! 儂がお主を自由の身にしてみせよう!」

「ほ、本当ですか?」

「無論じゃ。たとえ万の命を救うためだとしても、一の命を犠牲にすることを正当化することはできぬ。儂はお主を外へ出そう。ついてきなされ」

 決然とバリスタンがそう言った。彼は扉を開け、僕はそれに続く。

 まさか、こんな展開になるとは予想だにしていなかった。ミアセラの話を聞いた時、もう僕は死を待つだけだと思っていたのに……。

 バリスタンは、僕を生かしてくれるという。もちろん、願ってもない話だ。これを断る理由が見つからない。

 しかし……

「師匠バリスタンよ。果たして、どこへ行くおつもりだ?」

 部屋の外には、十人ほどの男たちが待ち構えていた。全員が甲冑を着ており、完全武装だ。僕は、その中の一人に見覚えがあった。金髪の大男……

「ジョフリー!」

 バリスタンが顔を真っ赤にして大声を上げる。

 そこにいたのは、僕をここに連れてきた張本人、ジョフリー騎士団長であった。

「貴様に見張りをつけておいて正解だったな。しかし、餓鬼に会いに行くまでは予想できたが、まさか逃がそうとするとは。全く元気なジジイだよ」

「ジョフリー。お主、自分のやっていることが分かっておるのか? 何の罪のもない若者を、儂らの都合で勝手に殺そうとしているのだぞ!」

「何が悪い? その餓鬼は奴隷だ」

「この、恥知らずめ!」

「恥知らず? それは、陛下の言いつけを破っている貴様のことでは?」

「小賢しい! お主とはもう話すら通じぬようじゃな」

「らしいな、ご老体」

 ジョフリーは、腰に刺さっている何か棒状の物を取り出した。よく見ると先が尖っている。短槍と呼ばれる武器だ。

「グレガー以外は下がれ。グレガー、お前は戦闘の準備だ」

「了解や、団長さん」

 グレガーと呼ばれた男は、とてつもない巨人だった。ジョフリーも巨体だが、遥か及ばない。グレガーの身長は二メートル五十センチを超えていて、腕の太さは僕の胴回りほどもある。そして、そんな腕の先に、それこそ僕の体と同じくらいの大きさの金棒を持っていた。

 ジョフリーは短槍を構え、グレガーは金棒を強く握りしめた。相対するバリスタンは、何の武器も手にしていない。僕に会いに来ただけなのだから当然だ。

「剣はなし、か。まあ、よいハンデじゃよ」

 バリスタンはそう言うと、腰のベルトを外し、両手で持った。

「お主ら外道にはこれで十分じゃろうて」

 どう考えても分が悪い。槍と金棒を握りしめる二人の大男に対し、ベルトを持つ一人の老人。……勝ち目はない。

「バリスタンさん、無理です! このままじゃ……」

「安心せい。儂はお主を逃すと約束した。なれば、それを果たすのみ」

 バリスタンの言う通り、彼がジョフリーやグレガーを倒してくれれば最高だ。僕も彼も死なずに済む。しかし、現実としては、バリスタンが二人に殺され、その後僕も実験で死んでしまう可能性が圧倒的に高い……。

 ジョフリーとグレガーが、お互いの得物を手にしたままじりじりと、バリスタンに近付いてきた。バリスタンは、カウボーイさながらにベルトを振り回し、二人を警戒している。

 ……駄目だ。このままじゃ二人とも死ぬ。一人で死ぬのから、バリスタンさんを道連れにして死ぬのに変わるだけだ。それなら……

「…………立候補します! 僕が、実験の被験者に名乗り出ます!」

「サムウェル殿? 何を言って……?」

「僕が実験台に立候補すれば、バリスタンさんが戦う理由はないでしょう? 僕は! 自ら望んで! 明日の実験に参加します!」

「しかし、そんなことは……!」

「バリスタンさん、僕は貴方に死んでほしくないです。僕が明日死ぬ時に、貴方を道連れにしたことを後悔しながら死にたくない」

「サムウェル殿……」

「ふん。ジジイ、どうする? 貴様と戦えば、さすがの俺様も無傷じゃ済まねぇ。戦わずに済むなら、それに越したことはねぇんだがなぁ」

 短槍の柄でぽんぽんと肩を叩きながら、ジョフリーは言う。

「お願いします、バリスタンさん……」

「………………。サムウェル殿、お主は尊敬に値する人だ。分かった。儂は手を引こう」

 そして僕は物置部屋に逆戻りし、死を待つだけの生活が再開する。僕の死は、刻一刻と近づいていた……

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