出立
◆出立
二日酔いでグロッキー状態のティリオンを引きずりながら僕らが城の正門に着くと、そこではすでにバリスタンが待っていた。
「おお、迷わずに来れたようじゃな。これは重畳」
バリスタンは白い旅装に身を包んでいて、荷物で膨らんだ布袋を背負っていた。
「随分と持ち物が少ないようじゃが、それで大丈夫なのかな? それと、ティリオン殿は随分と具合が悪そうじゃ」
「ティリオンのことは気にしないで下さい。一日もしたら治りますから。荷物は……、僕たちじゃ、そんなにたくさん持ち歩けないですし」
それを聞き、バリスタンは快活に笑った。
「言っておらんかったかのぅ? 儂らは歩いて向かうわけではない。馬に乗るのじゃよ」
「馬? あたしたち、そんなの乗れないけど?」
喧嘩腰とも取れる態度で、アリアが言う。
「案ずるな。お主ら用に、人間に慣れた馬を用意してある。それに、儂らが助けるから何の心配もいらぬ」
「なるほど、それなら安心です」
バリスタンにそう言ってから、僕はアリアに向き直って小声で言った。
「アリア! そんな言い方失礼だろ? バリスタンさんは、凄い偉い人なんだから、言葉には気をつけないと」
僕の言葉を否定したのは、アリアではなく他ならぬバリスタンだった。
「おお、そんな気遣いは無用じゃよ。儂のことなど呼び捨ててくれて構わぬし、敬語などいらぬ」
「ほら、バリスタンもこう言ってるじゃない。サムウェル、あんた気にしすぎなのよ。肝が小さすぎ。金玉ついてんの?」
「んなっ」
「アリアさん! はしたないです!」
「ごめんごめん、ローゼンにはまだ早かったかな」
「別に、そんなことはないですけど!」
城の正門で騒ぎ始めた僕らのもとに、新たに二人がやってきた。グレガーとミアセラだ。ミアセラは手ぶらで、グレガーは山のような荷物を抱えている。まるで主人と使用人だ。
「ん、遅刻せずにすんだようなのです。この脳筋男が歩くのがずいぶんと遅いから、不安だったのですよ」
隣に立つグレガーの足をパシパシと叩き、ミアセラが言う。
「お前がワイに全部の荷物を渡したからやろ、ミアセラ。しかも、お前は要らん物まで全部持っていこうとしとるし。植物の種なんて何に使うんや!」
「あなたのような馬鹿には分からないのですよ、グレガー」
やいのやいのと言い合う二人を見て、僕は思わず呟いた。
「あー、仲がいいんだね、あの二人」
「む、聞いておらぬのか? あの二人は、夫婦じゃよ」
僕ら四人は、ぽかんと口を開いた。
片や、十三歳ほどにしか見えない幼女。片や、二メートルを超す巨漢。その二人が夫婦とは、世界は広いとしか言いようがない。
「驚くのも無理はない。ミアセラ殿は、子供にしか見えんからのぅ」
その言葉を聞き咎め、ミアセラがずかずかと向かってきた。
「む。今、ミアセラを馬鹿にするような言葉が聞こえたのですよ。ミアセラを馬鹿にした奴は、錬金術でドロドロに溶かしてやるのです!」
「堪忍じゃ、ミアセラ殿。すまなんだ」
謝るバリスタンを、むむむと睨んでから、ミアセラはふと僕の方に視線を向けた。
「あなたが時を止めたと聞いたのですよ。いやはや、そんな能力まであるとは思ってなかったのです。ぜひ、見せて欲しいのです!」
「おい、ミアセラ。そんなに詰め寄ったらサムウェルが可哀想やろが。もう少し自重せい」
グレガーがそう窘めた時、また別の足音が聞こえてきた。ジョフリーだ。
「俺様が八番手か。……それにしても。貴様ら、随分と緊張感に欠けてやがるぞ。これから行くのは遠足じゃねぇんだ」
「分かっておるわ。しかし、ジョフリー、これから行くのは幽王討伐の命を帯びた旅だからこそ、協調性を重んじた方がよいとは思わぬか?」
バリスタンの言葉に、ふん、とジョフリーは鼻を鳴らす。
「思わねぇな、ジジイ」
さっきまでと一転、険悪なムードになったところへ、最後の一人がやってきた。
「お、アッシが最後っすか! いやー、遅れてしまって申し訳ないっす! その代わりではないっすけど、馬を連れて来たっすよ!」
言葉通り、イグリットは十頭の馬を連れていた。乗用の九頭と、荷物を運ぶ一頭だ。
「大丈夫じゃよ、イグリット。まだ十二時にはなっておらぬ。遅刻ではないからのぅ。それより、馬をありがとう」
馬が全員に行き渡ると、ティリオンが拳を上げて叫んだ。
「じゃ、出発だ!」
やっと旅に出ましたね、、、
思ったより長かった。