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超能力で魔王退治  作者: 竺原伶
15/16

前夜

 ◆前夜

 アリアとローゼンが帰ってきた頃には、既に月も西の空に消えようとしていた。

 いつもならば、明日の仕事に備えてとうに寝ている時刻である。しかし、今日に限ってはそんな時間でも僕とティリオンは起きていて、二人を出迎えた。

「随分遅かったね、アリア、ローゼン」

 そう言うと、アリアが悪戯っぽい笑みを漏らした。

「実はね、サムウェル。これ買ってきたのよ」

 アリアは後ろに隠していた物を僕に見せた。それは、赤黒いワインがたっぷりと入っている瓶であった。

「おいおい、アリア、酒を買ったのか? どこにそんな金があったんだよ!」

「頼んだらバリスタンがお金をくれたのよ。あの人、チョロいわね」

 仮にも僕らを助けてくれた恩人になんて口を、と思ったものの、口をつぐんだ。まあ今日くらいはいいだろう。

「よっしゃ、今日は宴会といこうぜ!」

 アリアが持つ瓶をひったくり、ティリオンがリビングへと駆け出す。

「ちょっと! それ、あたしの手柄なんだけど!」

 怒りながらアリアが追いかける。

 その二人に続こうとする途中で、僕はローゼンが玄関に立ち尽くして神妙な顔をしていることに気付いた。

「どうかした、ローゼン?」

「え? い、いえ。……ただ、この家で四人で過ごすのも、これで最後なんだなって」

 そう言って、ローゼンは悲しげな笑みを作る。

「そんなこと言わないでよ、ローゼン。みんなで、無事に戻ってくればいいんだから」

「……はい。そう、ですよね」

 ローゼンは再び微笑んだが、やはりその笑みは憂いを含んでいた。

 ローゼンは僕ら四人の中で、一番怖がりで悲観的だ。幽王討伐なんかに巻き込まれて、明るくいろという方が無理なのかもしれない。

「明日からのことは忘れて、今は楽しもうよ、ローゼン」

「……はい。そうですね、サムくん」


「「「「かんぱーい!」」」」

 ワインをなみなみと注いだグラスを、四人で合わせる。

 ぐいっと一気にワインを流し込むと、すぐに体が熱くなり始めた。

「お酒飲むなんて、久しぶり」

 ぷはーっ、とおっさんのような声を出し、アリアが楽しそうに笑う。

「そーだな。この四人で揃って飲むのは三回目とかじゃねぇか?」

「確かに。四人で引っ越してきた時と、ローゼンのお祝いの時以来。まあ、お金もないし、余程のことがないとお酒なんて飲めないよ」

「お世辞にも裕福とは言えない生活ですからね、私たち……」

 ローゼンの言葉に対し、ティリオンがニヤッと笑った。

「でも、これからは違うと思うぜ。幽王を殺して戻ってきて、その報酬をたっぷり王様に請求するんだ。それこそ、この四人が一生遊んで暮らせるくらいの報酬をな」

「あ、その話なんだけどさ! 聞いてよ! サムったら、あのおっさんがなんでも叶えるって言ってるのに、苗字なんかをお願いするらしいわよ」

 爆笑中のアリアの暴露に、僕は苦笑し、ティリオンが大笑する。しかしローゼンは一人、微笑んだ。

「私はサムくんのお願い、素敵だと思いますよ」

 三人ともキョトンとした顔をするが、少しして破顔した。

「まあ、な」

「まあね、あたしも嫌いじゃないわ」

 照れ隠しなのか、そっぽを向いて話すアリアに、僕は思わず笑ってしまう。

「なんだ、アリアは素直じゃないなあ」

「うっさいわねぇ、サム。それと、嫌いではないけど、ティリオンの言ってたお金とかの方が生産的な頼み事だとは思うわよ」

「それはまあ、認めるけどさ」

「なあ、サム坊。もし、自由に苗字をつけるとしたら、なんてつけるんだ?」

 ティリオンの質問に、僕は眉根を寄せて考え込んだ。苗字は、王様か誰かに勝手につけてもらうつもりだったのだ。

「うーーん。四人の一文字目をとって、サロテアとか?」

 その提案に、ローゼンまでもが吹き出した。

「さすがに酷いな。苗字をつける時は、サム坊にだけは任せないようにするか」

「それがいいですね。……あ、そう言えば、今気づいたんですが、この家ってどうするんですか?」

「どうするってどういうことだ、ローゼン?」

「しばらく留守にするんですよね? 誰かに取られるんじゃ?」

「た、確かに! どうすりゃいいんだ⁉︎」

「ま、なるようになるわ、ティリオン」

 ポン、とティリオンの肩にアリアが手を置く。

「おい! オレの家だからって、適当なこと言うな!」

「ほら、心配事は全部忘れた、忘れた! もう一回乾杯するわよ」

 そう言って、アリアが全員のグラスにワインを注ぐ。

「何に対して乾杯するんですか?」

「そうだなぁ……。この家で四人で過ごす、最後の夜に」

「「最後の夜に!」」

「「「乾杯!」」」

「おい、サム坊、お前までこの家を捨てる気なのか! ああ、クソ、乾杯!」


「ああ、クソ、気持ち悪ぃ……!」

 酒を飲み始めて二時間ほど。徐々に空が白み始める時間帯。口を手で押さえ、ティリオンは急いでトイレへと駆け込んだ。

 それを見る僕とアリアは、言わんこっちゃないと肩をすくめる。何度も止めたというのに、ティリオンは浴びるように酒を飲んだのだ。自業自得である。

 ローゼンは床で丸まって寝息を立てているため、この部屋には実質僕とアリアだけが取り残された。二人とも適度にアルコールを摂取し、顔が上気している。

 さっきまでティリオンが一人でバカ騒ぎをしていたせいで、急に部屋がしんと静まり返った感じがした。

「ローゼン、運んだ方がいいわね」

「あーー、そうだね」

 賛同すると、アリアは右手をローゼンに向けて突き出した。

「なにしてるの?」

「念力。でも、なんか上手くいかない。やっぱり練習が必要みたいね。……というわけで」

 じーっとアリアが僕を見つめる。念力が使えないなら、運ぶのはもちろん僕の役目というわけだ。

 たわわな胸をなるべく意識しないようにローゼンを背負うと、アリアとローゼンの寝室まで運ぶ。

「じゃ、あたしも寝るから」

 軽く息切れする僕に労いの言葉もかけず、アリアはそう言って寝室へと入った。

 しかし、寝室の扉が閉まる寸前、僕は彼女の名前を思わず呼んだ。

「なに? サムウェル」

 そう言って振り返るアリアは、頬の赤さも相まってどこか艶かしい。

 ——言った方がいいんじゃないか?

 突然、そんな思いが湧き上がる。

 明日から、僕らは死ぬかもしれない旅に出る。アリアと二人で過ごせるのは、今が最後という可能性すらある。それならば、僕の想いを伝えるべきなんじゃないか?

「なんなの? 用ないなら、寝たいんだけど」

 口をへの字に曲げ、目を細めるアリア。そんな彼女を見て、僕は心を決めた。

「……言わなきゃいけない、大事なことがあるんだ。実は——」

「ちょっと待って」

「え……? なんで?」

「それって、あたしかサムか、どっちかがこれから死ぬかもしれないから、今の内に伝えとこうって思ったんでしょ?」

「……え、あ、まあ」完全に図星だ。

「本当に大事なことなら、不安だからって理由で伝えようとしたりしないで。大体ね……、あたしは死ぬつもりなんかない。それに、あんたたち全員、あたしが守るから。だから、その大事なこととやらは、全部終わったら伝えて」

「わ、分かった……」

「ま、まあ、もうあんたが言いたいことは察しがつくけど……」

 アリアがぼそりと呟いた。

「え。今、なんて?」

「なんでもない! おやすみ!」

 バタン、と目の前で扉が閉められる。

 中からアリアが布団に入る音が聞こえてきて、僕は寝室の前を離れた。

「全部終わったら、ねぇ」

 と、ひとりごちる。果たして、全部が終わってアリアに気持ちを伝えられる日は来るのだろうか……。

 静かになった家には、ゲロを吐き続けるティリオンの声だけが響いていた。

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