短剣
◆短剣
アリアとローゼンはお風呂に入るために城に戻り、イグリットは地下労働場に着くとすぐに別行動を始めた。というわけで、僕とティリオンは二人で我が家に向かった。
僕らの家は、地下労働場の入り口から南に六キロほどの地点にある木造の家だ。元々はティリオン一家の家だったのだが、ティリオンの両親が亡くなり、その後僕ら三人が転がり込んだ形だ。
五年暮らした我が家に入ると、ほんの数日間離れていただけなのに、たまらなく懐かしさが込み上げてきた。当たり前だ。その数日間は、この家に二度と帰れないとさえ思っていたのだから。
「サム坊、感傷にでも浸ってんのか? それもいいけど、何を持ってくか決めるんだろ? 用事だけ済ませてからくつろごうぜ」
「それもそうだ。明日の昼に出発なんだよね? 何が必要だと思う?」
「ま、着替えは全部持っていくべきだろうな。あとは、怪我した時のために簡易治療セットとか? ……いや、今はローゼンが万能治療セットをしてるからいらねぇのか」
ぶつくさ言いながら、ティリオンは泥棒さながらに家の中を物色していく。僕もそれにならって必要そうなものを探すが、子供の奴隷が四人で暮らす家だ。役立ちそうな物はほとんどない。
「まあ、こんなものかな」
着替えと非常食だけを背嚢につめ、僕は荷造りを終わらせた。
「ティリオン、そっちは終わった?」
返事がないため、ティリオンがいる部屋の方へと向かった。入ってみると、部屋中のものがひっくり返されていた。
「いーや、見ての通り、まだ終わってねぇ。そこで少し待っててくれ」
「はいはい」
部屋の前に座り込み、僕は荷造りするティリオンの姿を眺めていた。この小さな部屋にこんなにも物があったのかと驚くほど、ティリオンは次々にがらくたを取り出していく。
しばらくすると、振り返ることなしにティリオンが話しかけてきた。
「サム坊、お前は今回の話、どう思ってんだ?」
「ん? 今回の話って?」
「幽王を殺しにいくって話だ。お前の性格的に、乗り気ではないだろ?」
「そりゃあ、出来ることなら断りたいよ。いつ死ぬか分からなくて危険だし。でも、幽王を倒さなきゃ、僕らは超能力を持ってる危険人物として殺されるんだろ? 拒否権がないよ」
「ま、確かにな。錬金石ってやつのせいで、超能力を使って王国から逃げ出すこともできねぇし」
「でもさ、ティリオンは嬉しいんじゃないの? 幽王を倒すなんていう大役を任されてさ」
「ま、嬉しくないって言ったら嘘になるな。だって、幽王を倒せば、世界を救った英雄だろ?」
「まあ、それはね。でも、それを成し遂げる前に殺されちゃうかもしれない」
「んー、そん時は、オレの代わりに幽王を殺してくれよ、サム坊。で、本当はオレが殺したんだって言いふらしてくれ。そしたら、オレは英雄としての名声を手に入れられる」
「え? 嫌だよ。大体、名声を手にしても、ティリオンはもう死んでるじゃかいか。それに、もし僕が幽王を倒せたなら、その時は僕が英雄になってチヤホヤされたいさ」
正直にそう言うと、ティリオンは声を上げて笑った。
「確かに、英雄になったらアリアと付き合えるかもしれねぇしな」
「べ、別にアリアの話はしてなかっただろ?」
「え、そうだったか?」
半笑いで煙に巻くティリオンを睨みつけると、その手には見たことのない短剣がのっていた。
「なに、それ? 今見つけたの?」
「これか? お前らには言ったことがなかったけど、この家に元からある短剣だ。……あー、サム坊、オレの親父の職業を知ってるか?」
「え? 鍛冶屋でしょ? 奴隷がなれる、ほぼ最上位の職業だって聞いたことがある」
「そう。クソ貴族の気まぐれのせいで二歳の時に死んじまったから、オレに親父の記憶はねぇけどな。だが、とても腕のいい鍛冶屋だったらしい。ただ、その分仕事が遅くてな。基本的には注文を受けたものしか作らなかったんだってさ」
「へぇ、なるほど?」
「そんな親父が、唯一注文とは関係なしに自分から打った作品があるんだ」
「それが、その剣?」
「そう、オレが生まれた時に記念で打ってくれたらしい。でも正直、一生奴隷として生きていく以上、こんな上等な短剣とは縁がないと思ってた。で、ずっと仕舞ってたんだ」
「へぇ、なるほど」
ティリオンの言わんとしていることを察し、僕は僅かに口角を上げた。
「でもさ、ティリオンは幽王を倒して英雄になるんだろ? なら、その短剣が必要じゃない?」
「やっぱ、そうだよな。幽王を倒す英雄には、偉大な武器が必要だ」
ティリオンはニヤッと笑うと、短剣を腰に差した。
「さ、荷造りは終わった。この家で過ごす最後の夜を楽しもうぜ」