幽王へと続く道
◆幽王へと続く道
「アッシはこのルートをオススメするっす! バリスタンっちの言ってたルートは、今は危険っすね〜」
「なるほど。では、イグリット殿に従うとするかのぅ」
「けどなぁ、イグリット。お前さんの言っとる道は、かなり遠回りとちゃうか?」
「遠回りなのは確かっすけど、安全が第一っす。アッシたちが行くのは迷宮。しかも、幽王の支配下にある迷宮っすよ?」
「それも一理あるのですよ」
僕らが国王に幽王退治を命じられて、一時間。会議は白熱していた。議題は、如何にして幽王のもとに辿り着くかだ。
バリスタンによれば、幽王は迷宮の最奥に居を構えているらしい。
迷宮とは、何千年も前に建築された地下の巨大構造物のことで、三年前まではロンド王国の保護下で発展していた。そこでしか取れない鉱物や作物などが存在していたからだ。しかし、三年前幽王陣営によって制圧されて以来、迷宮に入ることはできなくなったのだという。
迷宮を支配した幽王は、まず八つの砦を作ったという。そして、それぞれの砦には幽王軍が大勢詰めていて、誰か敵が通りはしないかと日々監視しているのだ。
その八つの砦を抜けた最奥に、幽王が住まう城があるのだが、当然ながら砦を全て抜けるというのは容易ではない。
そこで用意されたのが、迷宮案内人のイグリットである。
彼女は、幽王に支配される前の迷宮出身であり、支配後も鉱物の密輸や情報収集のために迷宮に出入りしていた。そのため、幾つかの砦を通らずとも城に辿り着く道をも知っているのだという。彼女の知識と経験を生かし、幽王のもとにたどり着くまでのルートを決めるというのが今行われている会議であった。
しかし、つい一日前に超能力を手に入れただけの元奴隷に建設的な案を出せるはずもない。そういうわけで、僕ら四人は会議から外されていた。
ティリオンとローゼンに至っては、今は城の中で仮眠をとっている。一方で、ずっと寝ていたため眠くない僕と、面白そうだからと会議部屋に残ったアリアは、手持ち無沙汰になり、部屋の端で無駄話をしていた。
「にしても、まさか幽王退治の旅に出ろとはねぇ。予想もしてなかった」
「う、うん。ほんとに驚いたよ」
前述の通り、僕はアリアのことが好きだ。そのせいで、かれこれ七年の付き合いになるものの、いまだに二人きりだと少し緊張する。
「サム、幽王退治ってどれくらいかかると思う?」
「さあ。一ヶ月くらいかな?」
「げぇ、うんざり。かなり長い」
「長いだけじゃなくて、生きて帰れるのかも分からないんだよ、アリア。本当に最悪だ」
「それは大丈夫。あたしの超能力で、幽王なんか簡単に殺してくれるわ」
ふふん、と胸を張り、アリアは念力を使おうと僕に手を向けた。しかし、何も起こらない。
「動け! 力よ! ……あれ? 上手くいかない。さっきは出来たのに……」
「練習しないと駄目なのかもね」
「そだね。でも、一ヶ月か……。あたしたち、どこで寝るんだろ」
「地面の上じゃない?」
「えー、あんたと並んで寝たりすんのかな」
その状況を想像して、ドクンと胸が鳴った。アリアに聞こえていないか不安になるほど、鼓動がうるさい。
ティリオンにはとっくにバレているが、僕がアリアを好きだということは、まだアリアには知られたくなかった。
「そ、そういえば! まだ言ってなかったよね、助けに来てもらったお礼」
「あー、すっかり忘れてたわ。超能力のこととか色々あったし。でも、そんなの気にしなくていいよ」
「でも、ありがとう」
「別にいいって。な、何より……、あんたが、無事だったから、それが良かったよ」
少し照れて目を逸らしながら言うアリアに、思わず僕もたじろぐ。
「そ、そーいえば、幽王を倒して生きて帰ったら、何でも叶えてくれるらしいけど。サムは何が欲しい?」
幽王を倒しにいけと命じた後、それが成った暁には可能な限りの望みを叶えると国王が約束した。巨万の富や貴族の地位すら与えると、確かにそう言ったのだ。
正直、幽王を倒して帰ってくるビジョンが見えないため、それについてあまり深く考えてはいなかった。
「そうだね……。そうだなぁ……、うーん、叶えてもらいたいことは色々あるけど……、僕は苗字が欲しいかな」
「は? 苗字?」
驚きと呆れの入り混じった顔をして、口をポカンと開くアリア。
「ほら、奴隷って基本は苗字がないでしょ? 僕は平民から奴隷になったからあるけどさ。ともかく、僕は家族四人に共通した苗字が欲しいんだ。なんか、共通のものがある方が、家族って感じがするじゃん?」
「随分と小さな願いだこと。ま、あの王様が約束を守ることを期待しようか」
「おお、それなら安心しなされ」
突然、バリスタンが僕らの後ろに現れた。
「もし陛下が約束を反故にするならば、代わりに儂がお主らの望みを叶えよう」
「ば、バリスタンさん! それじゃ、話し合いは終わったんすか?」
「そうじゃよ、サム殿。儂らの道のりは定まった」
「へぇ、どうすんの?」
「迷宮の入り口までは、まっすぐ向かう。一応、そこまでは王国領土じゃからな。しかし、正規の入り口では入らない。当然、警備が厳しいからじゃ。その代わり、儂らはイグリット殿の案内で隠れた入り口から入る。
迷宮に入った後は、まず第一の砦へと向かう。第一の砦は幅が広く、避けて通れぬからじゃ。第一の砦を攻略して通って後は、可能な限り砦を避ける。儂らはイグリット殿の案内で脇道を通り、幽王陣営に見つからぬよう気をつけながら、第八の砦まで進む。第八の砦もまた、第一同様に避けられぬからじゃ。第八の砦を抜ければ、すぐに幽王の城に到着。と、まあこの通りじゃ」
「あの、よく分からないです……」
「おお、おお。仕方あるまいのぅ。だが、お主らが道のりを気にする必要はない。儂らと共に来て、超能力で儂らを助ける努力をしてくれればよいのじゃ」
「それは良かった」
「儂らの出発は明日の昼じゃ。正午に、城の正門にいておくれ。それまでは自由時間じゃ。それでは、ティリオン殿とローゼン殿を起こしに行くかのぅ」