発現せし能力
◆発現せし能力
視界が真っ赤に染まる。僕の頬に紅の液体が飛ぶ。そして、アリアはその瞳から生気を失って倒れ……なかった。
金棒は、確かにアリアに当たり、彼女に血を流させた。しかし、なぜか、頬を掠っただけだった。だが、それはグレガーの意図したものではない。グレガーは間違いなく、スイカ割りよろしくアリアの頭を潰すつもりでいた。
では、なぜ金棒はアリアを叩き潰さなかったのか。それは……
「どゆことや、これは! ワイの金棒が勝手に動いたで! 風でも吹いたようやった……!」
「一発目で正解を引いたようなのです、グレガー。あの娘が超能力者なのですよ。見た感じ、念力か何かのようなのです」
「意味が分からへん、ミアセラ! 一から説明しぃや!」
「ミアセラは、人は死の危機に瀕した時に超能力が覚醒すると推測したのです。だから、一人ずつグレガーに殺してもらおうとしたのですよ。そして、運良く一発目で超能力者を引き当てたようなのです」
「もっと分かりやすくや!」
「頭の悪い奴なのですよ、あなたは。その黒髪の小娘が、物を動かす超能力を手に入れた人物だったのです。そして、あなたに殺されかけたことでその力が発動したのです」
「そゆことか……。ワイが殺そうとしたから、あの餓鬼が無意識に抵抗して金棒を動かしたってことなんか……」
「そういうことなのです」
「え。あ。え、あ、あたし、死ん……?」
混乱の渦に呑まれるアリアは、胸を手で押さえながら、ぜいぜいと苦しげな息を吐いた。
「ん、随分と混乱しているようなのです。このまま暴走されても困るのです」
パチン、とミアセラが指を鳴らす。すると、ローブを着た三人の錬金術師がどこからともなく現れ、彼らはアリアの口を布で覆った。次の瞬間、くたりと彼女の体はくずおれる。
研究室へ、とだけミアセラが伝えると、その三人は音もなくアリアを担ぎ、部屋を出ていった。
「それじゃあ、ミアセラも行くのです。あの娘の力を調べなければならないのです」
「了解や。けんど、ミアセラ、この三人はどないする?」
「殺していいのです。陛下にも、殺すように言われているのですよ」
「この部屋で殺ってもええんか? 鬱陶しい仕事は早く終わらせたい主義なんや」
「ん、今回はあなたに多少手伝ってもらったので、構わないのです。掃除だけ、後でちゃんとしておいてほしいのですよ」
「それは構へん」
そしてミアセラは部屋を出ていった。この僅か十秒の会話の中で、僕ら三人の処刑を決めてから。
「さてと。ほんなら、死んでくれや、お前さんがた」
アリアを殺そうとした金棒が、再び振り上げられる。
「おいおい、急展開すぎるだろ! 逃げろ、サム坊、ローゼン! オレが十秒でも時間を作る!」
「無駄や、餓鬼。お前じゃワイを二秒も止められへん!」
グン、と金棒が降りてくる。
「ティリオン!」
世界がスローモーションになった。
金棒が、徐々にティリオンの頭に近付いていく。
僕は駆け出した。アリアの時とは異なり、ちゃんと動けた。
しかし、足りない。
時間が足りない。
このままでは、ティリオンは、間違いなく、死ぬ。
僕の目の前で、鉄の塊がティリオンの頭へと吸い込まれていって……
その時。
世界が、カチリと鳴った。
気付くと、僕はティリオンを抱えて床に転がっていた。
ティリオンも僕も、金棒で殴られていない。
「た、すかった……?」
「ありえへん……。ありえへんやろ。あの距離から、間に合うはずがないやろ。ワイでも無理やで。おい、何をしたんや!」
分からない。そんなの、僕が聞きたいくらいだ。そう叫びたかった。しかし、叫べなかった。
なぜなら。
熱い。
ゴォ、と炎が燃えていた。僕の真下で。
ティリオンが、発火していた。
「なんや。何が起こっとるんや、一体!」
意味、分かんない……
突然襲ってきた謎の頭痛と、真下で燃え盛る炎のせいで、僕は気を失った。