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消えるラブコメ  作者: 菅田原道則
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決闘の決着とはこんなもの

「私が勝ったら、骨茱さんが土下座。私が負けたら、骨茱さんを解放。それでいいかしら?」

「いいよ」



 別に蝶番井に謝罪して貰いたい訳じゃないし、苛立っているのは露骨に何かを隠しているのに、それを無視して強行してくるところだ。この現状が無くなってくれるならば、何でもいい。



「非公式式神決闘、二年B組蝶番井稟慈 対 二年B組骨茱灯命を始めます。審判は山田吉兆が務めます。なおルールは公式ルールに乗っ取ります。よろしいですか?」



 四人でせっせと作った、円形に並べた机のバトルフィールド。相撲の行司のように山田が真ん中に立って言う。お互いルールに異論はないと首を縦に振ると、山田は続けた。



「では両者式神を選定し、位置についてください」



 式神を選定するのはB組ではありふれた言葉だ。普通は一人一式神しか扱えないが、B組は式神の達人の集まり、蝶番井は数十体扱える。



 かという私は、B組でありながら、一体しか扱えない。



 バトルフィールドの両端に立って、式神の母体となる札が入っているケースを胸ポケットから取り出す。



 私が勝てる確率。不明だ。私はここまで追い詰められたことは無い。式神決闘にまで追い込まれない。尊厳と尊厳がぶつかり合っても、お互いに譲歩できるようにコミュニケーションが取れてきた。理不尽と感じながらも、笑顔で隠しながら、譲歩した時もある。ただ土下座は格が違う。地に頭をつけるまで落ちられない。私はまだそこまでプライドを落とせない。



 式神決闘戦績0勝0敗。対して相手は数知れずの戦績を上げているらしい、噂では勝率八割とかだと。どんな戦いでも六割の勝率超えていたら不正を疑いたくなるよね。



「二年B組蝶番井稟慈。式神 久薇羅くびら



 久薇羅って十二神将の一人です。陰陽師と、学校名にもなっている有名な安倍晴明が使っていたと言われるアレ。この女、本気で勝ちに来ている。確かに、尊厳をかけた決闘なのだから本気なのは当たり前だけど、教室を潰すつもりなのだろうか。一応簡易結界は張ってあるが、備品はそうはいかない。



 備品の心配をしている場合じゃない。蝶番井が十二神将でこようが、こまいが、私が使役できる式神は一体しかいないのだから。



「二年B組骨茱灯命。式神 たま様」



 式神ケースから式札を出して。そっと、赤子を降ろす様に、床へと置く。それを見てから、蝶番井も式札を離し、ふわりと重力と慣性に任せて、式札が床についた。



 お互いが床に式札を置いた瞬間に、式札から式神が顕現する。蝶番井の選んだ式神、久薇羅は猪の頭を持ち、当世具足の甲冑を着込み、火縄銃? 多分旧帝国陸軍が持っていた歩兵銃(三十八式歩兵銃)を肩から下げていた。感想としては、動きづらいだろうなとしかない。



 反対に私の側に顕現したのは、猫。三毛猫で眉の部分が麿眉になっていて、背中が斑点模様でとてもキュートだ。普通の猫と違いがあれば、九本の尻尾であろう。猫又なる怪異がいる。それのかなり上位互換であり、九猫という神に近い存在だ。尻尾の数だけ怪異としての力が上がるとかなんとか言われている。



 たま様は久薇羅とその律令者である蝶番井を一瞥してから、私へと酷く面倒くさそうに振り向いた。



「ぬしゃあ、また余を戦場へと出しおったな」



 あと喋る。本来式神は言葉を介さない。だって命令する人間と、命令を実行する式神との主従関係があるし、意思疎通は意思で充分なのだ。話すという動作は行動の遅延に直結する。生殺与奪活殺自在の陰陽師の戦場では、式神との会話は不必要。



「だって」

「だっても勝手もあるか。気持ちよぉ昼寝しておったのに。なんじゃ? ぬしはしゃべるアニメキャラの目覚まし時計か? 甲高い声に命令形で起こす癇に障るあれじゃな?」



 古くからいる式神の癖に例えが現代的なのは、たま様は式神の中でも異常で、普段式札の中にいるのではなく、日常的に暮らしている。朝は私の部屋で寝ているし、登校後はどこかの家の縁側で寝ていたりするらしいし、夜は帰ってくると飯をせがんでくる。ほぼやっていること地域猫みたいな神様。私は、式札を通して、たま様を召喚しているに過ぎない。



 対してあちらの久薇羅も特別で、十二神将ともなると、蝶番井家の本家に保存されているだろう。



「そんな事ないけど」

「すっとこどっこいめ。ぬしがアニメの主役級をはれる訳あるか。精々良くても、応募型のエキストラじゃ」



 寝起きのたま様は”くそ“面倒臭い。因みに、私とたま様は会話での意思疎通しかできないから、頭の中でこんな風に罵倒してもなんら問題ない。



「余は目を見れば考えていることが分かるからの」



 細長い目で言われたけど、脅しに過ぎない。せいぜい爪研ぎされるだけだ。



「そろそろ、いいかしら?」



 自由奔放な猫神様と、主従関係なんてない私との会話を聞いて、ある程度は待ってくれていた蝶番井。しかし、式神が顕現したのならば、後はお互いの式神が消えるまで戦うだけ、の状況なのにも関わらず、のほほんとしていた空気を、彼女は一言で戻した。



「おぉ、いつでもええぞ。そんな正々堂々とせずとも、背後から襲ってもええぞ。十二神将如きに不覚など取らぬぬゆえの」

「あら、そう。不覚を取って干支にすらなれなかったのにね」

「ふっ、生肖も知らん小娘が粋がりおる」

「そうよね。この地では不勉強な輩に粋がれるわよね。さながらお山の大将と言ったところね」

「ぬしが芋女と言いたいのか?」



 今日一番空気が重くなった。凄いよね。神様に舌戦を挑んで、煽るんだもの。大した胆力だよ。傍または恐れ知らずの馬鹿。



「えぇ・・・では、始め」



 開始の合図すら言葉にするのが憚れるくらい、重い空気を断ち切って、山田が開始の合図をした。



 合図の子音が消えた瞬間に、久薇羅が私に向けて発砲した。背中にある銃を手に持ってきて、構えて、引鉄を引く。その動作が、発砲されるまで、凡人の私には気が付かなかった。発砲音が聞えて、撃ったのだと認識してから、発砲に気が付いた。



 弾丸は私の頭の一つ横を通り過ぎて、窓ガラスに罅と穴を開けた。



 遅れて冷や汗が全身に湧き上がり、それに伴って鳥肌も立った。



 式神決闘での式神の攻撃は術者には効き目はない。あくまで、式神同士の性能の差で決着がつく、熱い展開も、ジャイアントキリングもなく、面白くもない一方的な展開になるので有名な式神決闘。そうだとしても、銃で撃たれると言う心的外傷は、途轍もなく深い傷跡である。



「た、たま様?」

「なんじゃ?」

「なんで弾を止めてくれなかったの?」



 それよりも、我が式神であるたま様が、あの銃弾を止められない訳もなく、何故、無視して私のトラウマを製造したのかを問う。



「しょうもないオヤジギャグじゃの」

「至って真面目な質問だ」

「ふっ・・・余を狙っとらんし、止める必要あったかの?」

「あるよ。みてよ、この鳥肌と、脇汗。死ぬかと思ったよ?」

「当たらんのじゃから死なんじゃろ。あぁしかしショック死はあるのかの。ま、その場合は蘇生くらいしてやるわ」



 この猫が傲慢な訳じゃなくて、仕事以外ではドライなのが式神だ。温情とか、友情とか、薄情とか、そんな感情は式神には少ない。使役して、使役される。それだけの関係が多い。でもたま様は、感情豊かで、地域猫なので、やっぱりこれはただの傲慢猫だ。



「さてはて、癪じゃがやるかの」



 くわぁと大きく欠伸をしながら、猫背を伸ばして、肉球をニギニギとしてから準備運動を終える。



 しかしてたま様は、十二神将をあしらうくらいは強い。蝶番井が言った、干支云々のくだりを紐解くと、たま様はその諸説あるお話の当事者でもある。それくらいの長命猫だ。知識、経験、能力は、そんじょそこらの式神に劣らない。だから、この簡易バトルフィールドが消し飛ぶくらいには激しい戦いになる可能性がある。



 そのたま様が、今、動くのだ。



「降参よ」



 準備運動を終えた途端、最初の一撃から何も動かなかった蝶番井が、両手を上げて降参の意を示した。



「えっと、え?」



 あれだけ融通が利かずに土下座を強要していた割には、あっさりとこちらが何かをする前に負けを認めた。それが信じられなくて、私はひどく混乱している。



「負けを認める。と言っているのよ」

「どうして? あれだけ勝ちたがっていたのに、そんなに簡単に負けを認められるの?」

「別に勝ちたがっていた訳じゃないわ。きっちゃん」

「非公式式神決闘、二年B組蝶番井稟慈 対 二年B組骨茱灯命。勝者、骨茱灯命」



 蝶番井は山田に目配せをして、軍配を上げさせた。



「終わったのなら帰るかの」



 決着がついたことにより、契約が履行されたので、たま様は、その言葉を残してから姿かたちを消してしまった。見届けていると、久薇羅もいつの間にか消えていた。



「勝ちたがっていた訳じゃないって、あれだけ私に土下座をさせたがっていたのに?」

「あぁ・・・土下座・・・そうね。でも、もういいわ。私、学友の土下座を見るのは趣味じゃないの。二人も別に見たくなかったわよね?」

「えぇ、醜い土下座等、目に入れたくもありませんね。度が合わなくなります」

「・・・私は見てみたかった・・・けど、稟慈が言うなら、見たくない」



 四人でバトルフィールドを片付けながら、そんな会話をする。四月一日だけ、どうやら私の醜い土下座を見たかったらしい。醜い土下座ってなんだろう。



「と、まぁ。骨茱さんを陥れたい訳ではないのよ。ただ、模範的な行動に準じていただけなのよ」



 人に土下座を強要することが、模範的行動に準じる事なのだろうか、とツッコミを入れたくなったが、これ以上追及したところで、真相をずっとはぐらかされるだろう。だったのならば、もう藪を突かずに、大人しく、そういう事にしておこう。



「じゃあ、もう日も落ちる事だし、帰るわ。骨茱さんも暗くなる前に帰るのよ」



 山田が窓を修復したので、式神決闘の片付けも終わると、蝶番がサラリと揃った御髪を翻し、踵を返した。



「夜の王にも難癖つけられないように十分注意することにするね」



 一日の別れの挨拶としては、皮肉めいているが、一矢報いないと、流石に腹の虫が治まらなかったので、これを最後にしようと決めて言ってやった。すると、蝶番井は教室から出ていこうとしていた足を止めた。また因縁をつけられるのだろうか。



「・・・そうね。十二分に注意したほうがいいわ」



 そんな考えとは裏腹に、厳重注意をされてしまった。それだけを言って、蝶番井は、教室を出て、それに続いて山田も四月一日も出て行ってしまった。教室には私だけが残されて、山の陰へと顔を隠していく太陽が、私の中の罪悪感をチリチリと燻ぶらせて、影を伸ばしていた。


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