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消えるラブコメ  作者: 菅田原道則
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周知の事実は己が羞恥を刺激する

 何度目の起床と言えるだろうか。私が目を覚ますと、長い睫毛を重ね合わせて目を瞑ったままのアルカードの顔が迫ってくるのが視界に入ってきた。

 ハハッまだ夢を見ているのかな。私の勘違いじゃなければアルカードが私にキスを迫っているように感じるんだが。こんなのは夢でしかないだろう。じゃあ普段はできないことをしてやろう。


 という訳でセカンドコンタクト同様に頬をひっ叩いた。


「いったぁ・・・灯命って寝起き気性が荒いの? 低血圧?」

「夢だろうと、あんたにキスされるのは夢見が悪いったらありゃしないからよ」

「夢? 灯命、ここは現実だよ。ほら被服室の簡易ベッドだし、皆もいる」


 ようやく上半身を起こすと、周りには心配そうにしている雨月から、携帯で写真を撮っている蜂起星に、ちょっとホッとしているような表情の四月一日に、一息をついている守屋教諭に、保護活動に勤しんでいた全員がいた。


「いや、あんたはいなかったじゃない」

「連絡もらってさっき来たからね。えい」

「ひひゃいひひゃい。何するのよ」


 両頬を引っ張られたので、咄嗟に振り払う。うら若き乙女の顔を引っ張るとは何事か。


「原始的だけど、痛かったでしょ。それに夢ではこの腕が動いていたんじゃない?」


 コンコンとギプスを叩かれる。ギプスの中の腕は動かそうにも動けない。夢の中で実感できなかった痛みもあることだし、この目の前にいるアルカードが本物であり、ここは夢の中ではなく、紛れもない現実と言うことだ。


 私はやってしまったと頭の中で後悔する。今度は大衆の面前でアルカードをひっ叩いたのだ。私が男に迫られれば頬をひっ叩く強気な女という印象を学内に残してしまう。それだけは困る。私は強気な女ではなく、強かな女でありたいものなのだ。


「お互いに頬を擦り合わせて、じゃれ合ってる場合かな?」


 土御門弟が私の隣に移動してくる。


「最後の生徒が帰還したんだから、じゃれ合ってもいいものでしょ?」

「報告の方が先だと思うけどね。ねぇ先生」

「んー、まぁ皆無事に起きられたんだからいいんじゃないか。今回の保護活動は少々トラブルはあったものの、無事全員が帰還した。それでいいじゃないか」

「・・・この場ではそうしましょうか」


 土御門姉でさえも、土御門弟がこの場での追及を諫める目で見ていたので、土御門弟は身を引いた。


「神呪さんは?」


 全員を確認する前に、私よりも後に帰ってくるはずの神呪さんの姿が無かった。その質問に答えてくれたのは、守屋教諭であった。


「神呪補助監督は一番最初に起きて、現実に救援を送ってくれたんだよ。今は陰陽師協会の本部へ行っててんやわんやしてるんじゃないかな。流石は補助監督だ、僕よりも仕事ができるのは羨ましい限りだね」

「え・・・そうなん・・・だ」


 それ以上は藪蛇になってしまうので言わなかった。

 神呪さんはここの全員よりも最初に起きていたと言うならば、夢の中で私を補助してくれた神呪さんは、本物の神呪さんなのか、それともどこからかもう一度夢に入ってきたのか。考えられることは沢山あるし、どれも私の予想に過ぎないので、考えないことにした。


 ただ、神呪さんが最後に言った言葉も頭の中に過っている。

 彼女は私が保護活動に参加する意を表明した日の二乗院教諭とのやりとりを知っている。それは参加の意を知った後日の兄から監視してくれと嘆願されたという言い分がまかり通らなくなる。果たして彼女の事をどこまで信用していればいいのだろうか。


 しかし何にせよ、こうして御身も心身も無事で帰ってきているということは、明確な敵ではないとは言えるか。


「じゃあ今日は一旦解散。後日なんかややこしい紙や、人が来るかもしれないけど、気楽にいこうね」


 守屋教諭が手を叩いてそう言ってから一番最初に被服室を後にする。急いで繭杜と大守が守屋教諭の後を追って行った。そこから何人かが被服室を後にして、残ったのは四月一日、雨月、蜂起星、アルカードと私だけ。


「いやいや大変なことになったかな」

「はぁ・・・これから隅々まで見逃せない長ったらしい文が書かれた紙を読んでから正印しないといけないと思うと頭が痛いね」


 そう言うと、全員が顔を見合わせる。何か変な事を言っただろうか。


「えへっ、骨茱ちゃん☆雨月ちゃんが言いたいのは、アルカード君に告白したことじゃない☆」

「・・・やっぱ覚えているんだ」

「そりゃあ皆覚えているよ。そのおかげで目が覚めたんだからね☆もちろん、アルカード君もその場にいたらしいから、ねぇ」


 蜂起星はニヤついてアルカードへと視線を移した。

 当のアルカードは話を振られて、私と目を合わせた。するとあろうことか、あった瞬間に目を逸らして顔を背けた。


「え、なんでアルカードも聞いてることになってるの、夢の中にはいなかったじゃない」

「夢の発言は寝言として出るらしいかな」


 そういえばそうだった・・・。


「あ、あれは違うからね。皆を起こす為に仕方なく矛盾を作り出すしかなかったの」

「はいはい。ごちそうさま」


 鼻で笑われてから四月一日に言われた。今ならコンプライアンス違反の発言を許すから、その他者公認の空気を出すのをやめてもらいたい。


「てかアルカードあんたも分かってるでしょ、俯いてないでなんとか言いなさいよ」


 飄々として、煌々とした後光が見えるイケメン吸血鬼の癖に、目が合ってから口数が少ない。そもそも目も顔も合わせない。さっきまで私にキスをしようとしていた男とは思えない程の変わりようだ。もしかして頬を叩いたのが今頃になってきいてきたのだろうか。


「打ったのは悪かったわよ。それとも何か気に障った?」


 と、言ってもアルカードは何も言わない。他の三人も不思議に思っている。


「どうしたの?」


 何かがおかしいので私が近寄ると、アルカードは近づいた距離と同じように距離を取った。


「あーあ、ある君怒っちゃったかな。もっと謝った方がいいかな、謝罪の口づけとかした方がいいかな」


 いらぬ茶化しをいれる晴日を睨むと、素知らぬふりをして口笛を吹いた。誤魔化し方が一元号古い。


「ねぇ何か言ってくれないと、何もできないじゃない。さっきまではちゃんと喋っていたじゃない。どうしたのよ」


 近づいて、逃げて、近づいて、逃げられて。最終的にアルカードを被服室の角に追い込んで逃げ場をなくしてやった。それでもアルカードは俯いて、私と顔を合わせようとはしない。

 晴日よりも短期ではないが、相手の気持ちを重んじて攻勢には出なかったが、相手が拒絶でも、完全なる逃げでもないのはモヤモヤする。


「ねぇなんでそんなに避けようとするわけ? 私が嘘であんなことを言ったから軽蔑してるのなら、それでもいいわ。でもそれならばその態度と対応してくれないと、私もいきなり過ぎて何もできないわよ」

「それは違っ」


 やっとアルカードは反論とも言えない言葉を発した。どうやら嫌われた訳ではないらしい、人の嫌い方はよく知っている方だから、これは嫌われていない。でもどういった反応なのかは分からないし、知りえない。


「じゃあなんなのよ。ちゃんと顔見て言ってよ」

「それは・・・ごめん・・・無理だ」


 アルカードは俯いて床を見る。その表情からは申し訳なさと、なんだろうか、哀愁? いや違うな。


「どーん☆」


 なんの感情なのかを検索かけていると、蜂起星に背中を思いっきり押された。私の身体が浮き上がるほどに思いっきり突き押されたので、前にいるアルカードへと倒れこんでしまう。幸いアルカードの隣には簡易ベッドがあって、そこに二人で倒れこむことになった。


 私は蜂起星に文句言ってやろうと思っていたが、アルカードを押し倒すように接近して、ようやく検索をかけていた感情を理解した。


 羞恥。


 アルカードは私と顔を合わせることを恥ずかしがっている。だけど今は私を庇うように胸板に乗せて、顔と顔が毛穴さえも分かるほどに近く、どうあがいても顔を逸らすことはできない。


 これは、想像だ。

 恋愛経験も何もない私だが、他人の恋愛経験を見て聞いてきた私の、とんでもなく愉快な想像だ。


 アルカードは私のあの告白を聞いた。アルカード自身は私に好意を向けていたが、私から明確に好意を向けたことは殆どと言ってない。つまりは本当に好意を向けてもらいたい相手から、好意を向けて貰ったことはないアルカードは、雪国育ちが灼熱砂漠で暮らしにくいように耐性がないのだ。


 だから嘘の発言だとしても、初めて好意を向けられて、しかもそれが大本命から告白であれば、歓喜を通り越して羞恥に至っているのではないか。


 でもそれって、えっと、あの、本気にしてるってこと?


 アルカードの顔が朱に染まっている。私の顔を見ては、目を逸らし、何かを言おうとしても八重歯を覗かせるだけで、言葉を詰まらせている。


 あぁ本当に穴が合ったら入りたい。


 自分の顔も熱くなっている気がする。いやいやこれは背後を照らす夕日のせいだ。そう夏前のじとっとした暑さのせい。やばっ変な汗かいてきた。


「灯命・・・俺・・・」

「言わないで、今は何も言わないで」


 アルカードの動悸は、私の動悸よりも激しかった。このまま何もないまま、進展しないまま、何もかもが止まってしまえば楽なのだろう。


 だけど私はそれを許さない。


「校内不純異性交遊」

「自分たちの世界に入ってるかな」

「いやーまだいれてないでしょ☆」


 三人が言いたいことを言ってくれる。それはこの変な空気をやわらげた気がしたので、私は眉を顰めて立ち上がって、三人に振り返る。


「今日はもう解散って言われたでしょ! 解散解散!!!! 」

「わー逃げろかな~」


 私が噛みつくとでも思ったのか晴日は急いで退散した。四月一日も蜂起星もそれに倣って被服室を後にする。全員空気が読めすぎるのも困ったものだ。


「灯命・・・」

「待って。先に私が言いたいことを言っていい?」

「・・・うん」

「私はあんたと仲良くなるだけ、それ以上はない。これだけは理解して」

「・・・・・・うん」


 これ以上守りたいもの、守らなきゃいけないものは私の両手から零れ落ちてしまうから、アルカードと深い仲になるのはよろしくない。


「そんな顔しないでよ。別にあんたを嫌いになる訳じゃないんだから」

「・・・じゃあ好き?」


 ここでそれを聞くか。

 ここだからこそなのかもしれない。


「まぁ・・・ちょっとはね」


 そう言うとアルカードは目を大きく開いて、そのうちに口角をあげた。その表情を見て、ようやくいつも通りを取り戻したのだと理解した。


「最初よりかはってことだからね。それに恋愛的な意味じゃなくて、人間的な意味だからね」

「人間的に評価されているなら、それはそれで本望だよ」

「てか、あんたさっきしれっと公然でキスしようとしてたわよね! どういう了見よ!」

「眠り姫にはあれが特効薬って昔から言われてるでしょ?」

「私には劇薬だからいりません。今後一切ね」

「いつか免疫をつかせてあげるよ」


 いつも通りのやりとりは、現実に帰ってきたのだと実感させてくれた。

 そんなやりとりをしながら、私達も被服室を後にした。

 こうして保護活動は無事に終わった。


 いつか。


 いつか私の呪いが解けるのならば、アルカードが夢想する未来も、もしかしたら悪くないものなのかもしれない。


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