おかえりました獏羅村
私の衝撃的な告白は、振動となり糸を伝って、糸の先にある夢の中に干渉する。
獏羅が言った弱点を信用して、私は現実と夢の矛盾を私を知っている人たちに告げた。これは分の悪い賭けだったが、どうやら配当金は大きいらしい。
保護活動に来ていた生徒たちの糸が解けて、そのまま身体ごと消えてしまう。それはこの夢からも覚めてしまったしまったのを意味する。あまりにも衝撃的な矛盾過ぎて、現実へと戻してしまったらしい。これに関しては予想外だった。
残ったのは管理人だけだった。どうやら守屋教諭も神呪さんも夢から目覚めてしまったらしい。そこまで私がアルカードに好意を抱いているのが矛盾であったのだろうか。学校内の人間にはそう思われるのはいいが、学校外の人間にもそう思われているのは不思議でならない。
「あんた達の要求は呑んであげる。でも信用ならないから、私の日常は先に返してもらう」
「・・・・・・我々も関係のない人間を巻き込むのは不本意だった」
それは関係のある人間は粛清対象に入っていると自白したようなものじゃないか。何が危害は加えないだ。獏羅の舌は蛇なのかもしれない。
「では法の場所を教える。お前は法の場所まで行き、法を破壊してもらう。法はこの家屋の隣にある離れにある」
「それが聞けて良かったです」
物腰柔らかい声がした。それは夢の中でよく聞いていた声だった。
「神呪・・・さん?」
いつの間にか神呪さんが私の隣に立っていた。気がついた隣にいたので、それが本人だと確証は得られなかったので疑問形になってしまう。
「はい。神呪ですよ。灯命ちゃん」
柔和な笑顔で返事をされた。
「お前。夢から覚めたのではないのか」
「覚めた振り。狸寝入りです。それに一学生だけに業を背負わせるほど、私は薄情な大人じゃないんですよ」
「お前の目的は夢の中で見た。だがお前は夢を壊せる存在ではない」
「えぇ私だけでは夢は壊せません。それに灯命ちゃんだけでも夢を安全に破壊できる技量はありません。だからこそ私は補助監督なんですよ」
獏羅に対しても清廉な対応で接している。夢から覚めた時点でパニックになるのは必至なのに、ここまで落ち着いて淡々と話していられるのは、肝が据わっているからではなく、こうなることを予想できていたからだ。
つまり神呪さんは、獏羅を解放するためにやってきていると思ってもいいだろう。
「私の記憶を覗いたのならば、邪魔はしないですよね?」
ニッコリとした笑顔は相手を落ち着かせる為ではなく、相手を脅迫するための冷笑のような笑顔だ。蝶番井がよくしてるやつだ。
獏羅達は慌てている。私の行動に、思わぬ伏兵である神呪さんの登場。だけども自分達を解放してくれるという目的は果たせるのは間違いがなく、これが最後の好機だと思ったのか、対話をしていた獏羅が組んでいた腕を解いて、宙を撫でた。
すると背後の方で音がして、入ってきた長暖簾が現れた。
「いい判断です。じゃあ灯命ちゃん、この茶番を終わらせにいきましょうか」
「えっ・・・あの・・・」
「道中でお話しましょうか」
「は、はい・・・」
笑顔が張り付いていて怖いので、頷くしかなかった。
私達は獏羅の寝床を後にした。背中を向けても獏羅達は手も糸も出してこなかったのは、私達が夢を破壊するしか自分達の目的が達成されないと理解しているからだろう。
「まず、私の目的を話しますね。知っての通り私は卜部流に所属している身ですが、今回は独断と私情だけで行動しています。獏羅は流派の重鎮くらいになると存在を知れる稀有な怪獣であって、今回は守屋流が所有している獏羅を解放するのが目的です。そして私が独断と私情で行動している理由は、獏羅にある記憶を覗いてもらう為です」
長暖簾を潜って直ぐに、神呪さんは話し出した。
「えっと所有?」
「まぁ表立っては指定文化財式神とされていますが、これを見れば守屋流が独占所有しているのもお判りでしょう?」
それっていいのか? と訊ねようとしたけど、どう考えても悪いとしか思えない。文化財に指定しておいて独占し、他の流派の人間に獏羅の力を使わせたくなかったと解釈すれば、大人の汚い政争が垣間見える。
「獏羅の存在は秘匿とされています。この夢から覚めれば、獏羅の存在を記憶することはできません。ここに来るときに張った法はそういうものですから」
「えっと、だから私に何でも喋っているんですか?」
神呪さんの歩幅が少し緩慢になる。
「それもありますけど、照命の妹さんだからって言うのもあります。私が獏羅の力を使いたかったのは、灯命ちゃん、貴女なんですから」
「え、私?」
「まぁその必要もなくなったんですけどね。まさか灯命ちゃんが保護活動に参加するとは思いもよりませんでした。これはオフレコですよ。照命にどうしてもとお願いされて、ここ数日夢に入る前からずっと動向を監視していたんですよ」
「ヹ? 監視していたって?」
変な言動のせいで変な声がでてしまった。
「元々私は補助監督で来る予定でしたが、灯命ちゃんが保護活動に参加すると分かってから、そういうタイプでもない灯命ちゃんを心配して照命から連絡がありまして、動向を報告してほしいと。シスコンなのは相変わらずですね」
「そ、それで神呪さんも監視していたんですか?」
「えぇ、アルカード君との甘い日々を一日二日程。ここ三日は彼の姿を見ていませんが、あの日別に喧嘩していた訳でもないでしょう?」
ちゃんとしっかり監視されている。甘い日々じゃないとツッコミたいが、この人が兄の言うことをはいはいと聞いて、それを実行していることをツッコミたい。貴方の方が兄に甘々じゃないかと。
「あ、もちろんアルカード君との蜜月な関係は照命には報告しませんから安心してください」
「それはありがたいのか、ありがたくないのかは、ちょっと判断し兼ねます」
アルカードと蜜月の関係と思われているのも癪だが、それを兄に報告されても、兄が仕事を放棄してでも我が家に帰ってくるのが目に見えるのだ。神呪さんが言うように兄はちょっとシスコンだ。ごめんなさい訂正します。身内の羞恥なる部分なので小さく誤魔化しました。大分痛々しい程にシスコンだ。
「あら? 灯命ちゃんはアルカード君の事を好いているでしょう?」
「いやいや、さっきのは夢の中に大きな矛盾を作るために言っただけですよ」
どうやら先程の告白も訊かれていたようだが、あれは状況を打開するための方便だ。
「そうなのですか? 嘘だとしても、本当に嫌っている人に好きだなんて言えませんよ。ましてやそれが全員の記憶に残るのですから」
「記憶に・・・残る? さっき記憶は消えるって」
「あら? 理解していたのではないんですね。夢から強制的に目覚めさせられた場合、その強制的に起きた矛盾は記憶されますよ。おそらく皆さんが見ている夢の中で、灯命ちゃんが愛の告白をしていることでしょう。あと現実でも寝言で叫んでいますよ。だからこそ部屋にいた全員が覚醒する確率が上がるんですけども、やはり計算してやったわけではないのですか?」
「ないのです・・・じゃ、じゃあ私のあの発言は現実になるってことですか」
「そうなりますね。今度は本人にいってあげてはいかがです?」
如何も何も絶対言わない。まさかこんなことになるとは思ってもいなかった、いやいや全員を助けるために、自分の気持ちを偽っただけだ、なんて献身的なのだろうか。ナイチンゲールは怒りそうだけど、献身的だと思っておこう。
「私は恋愛をするつもりはありませんから・・・」
そう言い切ると、長い地下道を抜けて、うるさい階段を上り終えた。
「恋愛は熱いうちに打てですよ」
「鉄では?」
「ふふっ、鉄も心も同じようなものです。心を打たれたら、それは恋愛の始まりですよ。なんて、先輩風を吹かしてみたりです」
誰の事を思って言っているのやら。これは白々しいか。
話が一段落したところで私達は離れに着いた。
離れを開くと、そこに要石があって、その石に法が一つ貼られていた。
「これを破壊するんですよね」
「はい。ただ法を剥がすだけで破壊できます。それ以外は私が絶対になんとかしますから、安心してくださいね」
あの神呪神音から絶対にという単語を引き出して貰えるのは、安心するしかない。
「でも・・・管理人の人達は夢から覚めるんですか?」
「そこらへんに関しても私が責任を負います。灯命ちゃんは今回の件に関しては組していないことになりますし、どちらかと言うならば皆を救った救世主になるでしょうね」
「それは・・・嫌ですね」
「性分ではないでしょうが、致し方ありませんよ。二乗院さんにも忠告はされたでしょう?」
あの生臭坊主の含みはこのことだったのか。確かにこうなる未来が予見できているならば、あの意味深な含みも分からなくもない。
私は覚悟して法を剥がす為に一歩前に出る。それに合わせて神呪さんが、私の身体に法と反発するような力を送り込んでくる。多分だけどこれが無かったら私は五体不満足で弾け飛んでいる可能性がある。
法に手をかけて、毎度の張り替え作業の要領で思いっきり剥がした。
今度こそ私は夢から覚めると実感できるのは、現実で瞼が開いたからだ。




