おいでませ獏羅村①-1
課外活動当日。私はいつもより少しだけ早起きして、自宅を出た。別に遠足前日だからと言って、浮足立っている訳でもなく、ただ寝つきが良かったので、清々しく目が覚めただけだ。ここ数日はアルカードに付き纏われなくなったのが寝つきの良さなのかもしれない。
あれから三日、アルカードは私の前に姿を見せていない。だから困っているとかでもない。ただアルカードと出会ってからというものの、私の隣にはアルカードが肩を並べていたので、ぽっかりと空いた空間が寒いだけだ。寂しいとかでもない。
「おい」
登校中に声をかけてきたのは四月一日八百万だった。今日も和人形みたいで可愛らしいが、呪われた言葉を吐かれるのかと思うと辟易する。
「おはよう四月一日さん」
「おはよう骨茱さん」
「四月一日さんも早いんだね」
「骨茱さんには関係ない」
ちゃんと挨拶はできるんだけど、次の会話が絶望的だ。
「え、えっと何か用?」
「用がなきゃ声をかけちゃいけないのか?」
「えぇっと、いやぁ、そうじゃないけども・・・」
「じゃあいいだろう」
会話をしてくれないけど、隣を一緒に歩いている。同じクラスだけど、蝶番井と一緒にいるからそんなに話したこともないし、話せば暴言が飛んでくるので、積極的には話にいかない。つまるところ、気まずい。
無言のまま学校まで辿り着いた。学校に辿り着くまで一切会話が無くて、何か話を切りだそうとしたけども、何かを発言するのが億劫で、結局何も発言しなかった。本当になんなのだろうか。
校門を潜って昇降口までやってくると、昇降口前に見たこともない人が立っていた。雰囲気が蝶番井に似ていて、ウルフカットで背中まである襟足を結んでいるスラリとした長身の女性がリクルートスーツを着て立っている。
その人が私達を見つけると、柔和な笑顔を作って軽くお辞儀をした。私は反射的に会釈をする。
「保護活動をされる学生さんでしょうか?」
凛とした声でもないが、聴いていると癖になりそうな特徴的な声だ。だからこそ、ここの教師陣でもないし、用務員でもないのが理解できる。
「はい」
「私は今回補佐監督を務めます神呪神音と申します。学生さん方は保護活動の準備の為に、被服室へ移動してもらっています。被服室には守屋先生がおられますので、守屋先生の指示に従ってください」
「分かりました、ありがとうございます」
お礼を言うと、神呪さんはまた柔和な笑顔でお辞儀をした。
私が歩き出すと、四月一日も同じ歩幅で歩き出す。
「神呪・・・骨茱さんは旧知の仲か?」
「え? なんで?」
「骨茱さんの兄と同じ世代だから」
「あぁ・・・ううん。今さっき初めて会った。一応名前は知っているよ」
神呪神音という名は兄からずっと聞かされていた。なにやら世話好きで、ツンデレで、暴力系ヒロインの化身らしい。コテコテなキャラらしいが、会話をちょっとしただけでは、そうは見えなかった。多分、兄の前だから素の自分を出せたのだろう。
「どうして気になったの?」
「守屋流なのに、卜部流が補佐監督は厄介」
学校内に派閥があるように、その延長上にも派閥がある。守屋と卜部は水と油だ。そんな相反する二つが、仲良くお手々を繋いで保護活動なんてする訳もなく、卜部流が何らかの思惑があるのが計り知れる。それに巻き込まれる私達学生のことも考慮してほしいものだが、その学生内でも同じような派閥があるから、結局当事者にならざる負えない。
「それにあの神呪だと、更に厄介」
「最後の世代だもんね」
兄や神呪を含むのが最後の世代。陰陽師としては桁外れの力を持っている人たちの総称とでも言えようか。私達の代の二年生も三十数人しかいないのに、兄の時は学年全体で指で折れるくらいしか陰陽師はいなかった。その後に増えたのは、五年前の厄々しいお話になるので割愛。
外靴から上靴に履き替えて、そんな話をしつつ、被服室へとやってくる。
被服室の前には守屋教諭が、どこかの教室で余っていた椅子に座って待っていた。
「お。早い到着だね。えーっと、骨茱と四月一日参加っと」
私達を見るなり、膝に置いていた記入用紙に丸を付けた。
「じゃあ中に簡易ベッドが人数分あるから、テキトーに場所取っておいて」
そう気怠そうに言ってから扉を開けてくれた。
被服室は普段の様子とは違い、机は隣の準備室に仕舞われたのか、その机があったところには守屋教諭が言ったように、寝心地は普通そうな簡易ベッドが参加人数分並べられていた。
被服室には私達しかおらず、どうやら一番乗りのようだ。
どのベッドにしようか迷って、結局扉から一番離れた窓側の端っこのベッドに決める。私が決めると、四月一日はなぜか隣に陣取った。
「・・・どうしてベッドなんだろうね」
「寝るからだろう?」
至極当然な顔で返された。そりゃあそうなんだけどさ。
「四月一日さん、今日はどうして私に寄り添ってくれるの?」
「迷惑か?」
「迷惑って訳じゃないけど、ちょっと気になるだけかな」
四月一日は持っていた手荷物をベッドに置くと、ギロリと目線をこちらに向けた。
「私が隣にいるよりも、吸血鬼が隣にいる方が良かったか?」
どうしてそうなる。これもアルカードが周りに植え付けた私との不健全な印象操作のせいだ。
「いやいや、あいつよりも四月一日さんの方が何倍も良いよ」
アルカードと四月一日、五十歩百歩な気もしなくないが、四月一日の方がまだマシであろう。今日は四月一日が私とアルカードの防波堤になってくれるという認識でいいのだろうか。
「そういうことだ」
「・・・そ、そういうことね」
理解できないけど、そういうことってことで理解したつもりになっておこう。
集合時間までにはアルカード以外の全員が集まった。アルカードは珍しく遅刻なのかと思ったが、そもそも急用で来られなくなったらしい。土御門弟が、どこからの情報なのかは知らないが、私にそう話してきた。要らない情報だよ。
私はそこまでアルカードに固執していないにしろ、周りは私がアルカードと親身な仲なのだと勘違いしているようだ。
丁度いいことにアルカードもいないので、今回の課外活動において、そこらへんの勘違いを正しておいた方がいい気がするな。




