表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
消えるラブコメ  作者: 菅田原道則
32/41

おいでませ獏羅村④

 約三十足の靴が並んだ玄関口を後にして、居間、広間、洗面所、台所を超えて、糸浜家の奥へ奥へと案内される。


 突き当りにまでくると、物々しい鉄製の扉が通せんぼした。糸浜さんが腰に携えていた鍵で開錠してから、扉を引いた。金属の高い音と共に扉は開かれて、地下へと続く階段が出現する。

 夏も近いのに、ひんやりとした冷気が私達の間を通ってゆき、熱い日差しを受けてしっとりと汗ばんだ肌を震え上がらせた。


 地下への階段は古い木製なので、一踏みごとにギッギッっと音を立てるので、まるで音楽のように鳴りやまらなかった。


 降りると壁面は石で、天井に配線がしてあり等間隔で電球がぶら下がっていて、人が三人程横になって歩けるかどうかの広さだった。玄関から鉄製の扉までの距離の二倍を歩いたところで、今度は大きな紺色の長暖簾がかかげられていて、奥から吹く風で少しだけ揺れていた。


「では保護班の方が糸浜さんの指示に従って、保護してください」


 神呪さんが指示すると、保護班の四人が糸浜さんの後に続いて長暖簾を潜って行ってしまう。


 あれ・・・どうやって保護するとかは聞かなくていいんだ。獏羅は文化財である式神だから、私みたいな落ちこぼれは手順を知らないけど、あの四人ならば説明されなくても理解しているんだろう。


 私は落ちこぼれなので、修復方法を神呪さんに訊ねておこう。


「神呪さん、質問してもよろしいでしょうか?」

「どうしましたか、骨茱さん」

「あの獏羅の寝床を修復っていったいどうやるんですか?」

「・・・えっと、班決めの前に説明しましたけど・・・」

「うぇっ!?」


 そうだったっけ。晴日も四月一日も、アルカードでさえも目を丸くさせている。ということは既に説明されている事柄で、私は大馬鹿者にも話を聞いていませんでしたと自己申告したのだ。

 確かにあの時は転移酔いで何もかもが高音に聞こえていたし、ボーッとして話を聞き逃したのかもしれない。


「す、すみません。転移酔いしていたので、聞き逃しました・・・」


 周りの冷ややかな空気と視線が絡み合って、居た堪れない。

 そんな空気でも神呪さんは優しい笑顔を作って再度説明してくれる。


「そうでしたか。ではおさらいとして説明しますね。獏羅は繊細な式神ですので、寝床に入れるのは限られた数人です。現在、保護班の方々は専用の捕獲網を使い獏羅を保護しています。この捕獲網は身体の内に宿る行力の安定性が大事で、繊細な作業が求められます。そして骨茱さんが行う修復。これはよくある律令を用いた修復です。一般的な保全修理と変わりませんが、村の人の指示は絶対に従ってください。そして最後に残った穢れを祓います。これは溜まった穢れを祓うだけの作業です。もしかしたら形を成している可能性がありますが、保護、修復中には襲ってきませんので安心してください。ですが、修復を終えたのなら急いで退出してください。以上が獏羅の保護、修復、祓除の説明です」


 私は静かに拍手をしていた。多分最初に説明された時はもうちょっと詳しく言っていたのだと予想する。それを私だけに説明するために、簡単に掻い摘んで説明してくれたのだ。そりゃあ感嘆と拍手したくもなる。


「ありがとうございます」

「いえいえ。もう転移酔いは大丈夫ですか?」

「はい。もう大丈夫です」

「それは良かった」


 神呪さんは兄から聞いていた性格とはまるっきり違うのは、年月がそうせたのか、大人な対応をしているだけなのかは知らない。兄には悪いがこんな姉も欲しかったななんて思ってしまう。


 そんな事を思っていると白い網を担いだ大守が暖簾を潜って出てきた。それに続いて、繭杜と土御門と蜂起星も出てくる。


「次の子たち入ってきー」


 それと同時に糸浜さんの呼ぶ声がしたので、私は意気込んで中に入る。


 暖簾を潜ると、さっきまで薄っすら寒かったのに、過ごしやすい気温に変わった。相変わらず周りは石だけど、床は苔が生えていて、体重を乗せるとふんわりとした感触と足が少し沈む感覚があった。寝床は八畳間程の広さで、左に水が張られた場所があり、真ん中には石が岩が無造作に転がっていて、右側は牧草のようなものがまき散らされている。変な場所だ。


「変な場所かな」


 後ろにいた晴日が率直な感想を言った。


「そうだね。なんか動物園みたい」

「いやそこじゃなくて、電気ないのに明るいかな」


 言われて私は気がついた。外には配線があって電灯もあったのに、この場所には電気はないのに明るい。何かが発光していたり、外の光が入ってきている訳でもないのに明るいのだ。どこを見渡しても光源がないし、影は私の背後にしっかりとある。


「見えないが、真ん中の空間に違和感がある。多分そこに律令があって、それが明るさの原因」


 四月一日は何もない空間を指さした。


「優秀な学生さんや。ここに律令がありまして、この札と同じように模写してください」


 糸浜さんが腰につけていたポシェットの中から無地の札を四枚と、一枚の律令が書かれた札を取り出して私達に渡した。


 私達はそれを受け取って、力を込めて律令を完成させる。アルカード、四月一日、晴日、私の順に書き終えると、奥で牧草を寝床のように形を整えていた糸浜さんが気配を察して振り向いた。


「うん。いい感じだ。じゃあ修復を始めるから、四人ともいつも通りに手を翳して修復してくれ」


 糸浜さんが律令の札を空中に固定させると同時に、私達四人で律令に力を送る。

 入り口側から風が入ってきて、寝床の中をぐるりと風が回った。


「はい。終わり」


 見た目は何も変わっていないが、どうやら修復は完了したみたいだ。


「さぁ次の子たちと交代だよ」


 早く交代しないといけないので、私達は外へと出た。

 外へ出ようとすると、ポケットからハンカチが落ちた。さっさと拾おうとすると、私の足元を何かが駆けて行った。


「ん?」


 それが何かは目の端でしか追えないくらいの一瞬の早さだったので、大きく振り向いた。

 ちょうど何かは牧草の方へと姿を隠して、何かは見間違いではなく存在しているようだ。穢れが形を成したのだろう。戦闘要員でもない糸浜さんも、もう外に出てしまっている、この場所には片腕が使えない私一人しか残されていない。


「ム」


 さっさと出てしまおうと、ハンカチを拾って歩みを進めようと思ったところで、そんな鳴き声が耳元でした。

 私の肩に何か乗っている。重さはそれ程ないが、確実に生き物が乗っている。こういうのは振り返るのは良くない。認識することで、相手にも認識させてしまうのだ。気づかないフリをして外へ出るのが一番いい選択だ。


「ムムム」


 最近はアルカードで無視をするのが慣れてきたので、それを生かして歩みを進めようとしたら、肩に乗っていたモノが落ちてきて、私は反射的に折れていない手で受け止めてしまった。


 掌の上にはハムスター大の楕円形の身体に豚のような四つ足を持ち、黒く丸々とした瞳に、長い鼻をすんすんと鳴らす、モチモチとした感触の生き物が存在していた。なにこれ可愛い。


「ムムムムム」


 これは穢れが形を成したものなのかは触れて理解できる。これは式神だ。穢れは触れれば侵食されるけど、式神は陰陽師が触れると感覚で理解できる。それが誰の式神かとかは判別できないけど、式神として使役されているのは判別は陰陽師ならば誰でもできる。


「ムムム」


 つまりこのムを連呼するモチモチは獏羅ということになる。保護班が保護し忘れていたのだろう。このまま外へ持って行って保護してしまおう。


「ム(待って)」


 頭の中で声がした。これは・・・晴日の声だ。


「ムムム(外へ行く前に、僕の話を聞いて)」


 晴日の声が頭の中だけで聞こえる。これは目の前の獏羅が晴日の声を使って、頭の中に直接泣き声を翻訳して話しかけてきているのだろう。文化財に指定される式神は、人間との意思疎通をとれる式神もいる。獏羅もその一つらしい。


「でも早く外に出ないと穢れが襲ってくるよ」

「ムム、ムムムムム(大丈夫。君が外に出なければ穢れは発生しない。だから僕の話を聞いて)」

「うーん。あんたは獏羅なの?」

「ム(獏羅だよ)」


 式神にしては愛らしい見た目をしていることだ。霧切栖なら気に入りそうなモチモチ具合だ。

 式神から話しかけられるのはたま様で慣れている。だから特別驚くこともないし、日常会話の延長で話すこともできる。獏羅がそう言うのならば話を聞くのもいいかもしれない。


「ムムム(あのね僕達を守ってほしいんだ)」

「守る? 獏羅はこの村で守られているんじゃないの?」

「ムムムム、ムムム、ムムムムム(確かに守られていると言えば守られているんだけど、僕達は強制的に隠されて守られているんだ。昔は自然の中で他の怪異や怪獣と過ごせていたのに、僕達を狙っている集団がいるからってこんな檻みたいな場所に閉じ込めれたんだ。僕達は式神契約はするけど、物ではないんだ)」

「それって守屋流が、他の流派の人に獏羅を使われないようにする為に、秘匿にしているってこと?」

「ムムムム、ムムムム、ムムムム(この村の人達は良い人に部類されるかもしれないけど、僕達は人間の都合で住処を奪われた。だから君に頼みがある)」


 なんか嫌な予感がする。


「頼みって?」

「ム(ここから出して)」


 無理な頼み事だ。文化財式神を一学生が勝手に持ち出して、野へ放つなんて極刑にされてもおかしくはない。


「それは」

「ムム(待って、外が騒がしいよ)」


 断ろうとすると、獏羅は鼻を入口に向けて神妙に言う。

 獏羅の言う通り、暖簾の奥が騒がしい気がする。私は獏羅をその場に置いて、答えを行動で示してから暖簾を潜った。


 暖簾から出ると、通路には数人の忍び装束を纏った人達が三人倒れていた。


「え、えっと何があったの?」

「あ、とうとう。えっと急に忍者が現れて襲ってきたかな! でも神呪補佐監督と、ある君と、守屋先生が倒しちゃったかな」


 一番近くにいた晴日に話しかけると、そんな頓珍漢な回答が返ってきた。


「に、忍者? なんで忍者がこんなところに?」

「ムム(あれが僕達を狙っている奴らだよ)」


 私のジャージのポケットから長い鼻がひょこり出ていた。


「ん? とうとう何か言ったかな?」

「なにも!? 何も言ってないかな!」


 ポケットからはみ出している鼻をさりげなくハンカチで詰め込むと、獏羅の声なき悲鳴が聞こえた。


「ふ~ん。出てくるの遅かったけど、何かしてたのかな?」

「は、ハンカチ落としちゃってね。探してたら遅くなっちゃった」


 疑惑の目線はないけども、勝手にポケットに入り込んだやつのせいで焦りが生じたため、話を変える。


「そ、それよりも呑気に話している場合? 誰も怪我していない? あと忍者は何のために襲ってきたの?」

「怪我人はいないかな・・・なんの為? とうとう陰陽御庭番集知らないかな?」

「え、なにそれ、漫画の話?」

「歴史の話かな。名前は戦国時代くらいからあって、存在はもっと前から示唆されているかな。どこかの有力武将が飼っていた陰陽師であり忍者が、大政奉還後に散り散りになって、現在は暗部の集団として息を潜めているって話かな」

「吉宗が設けたのは知っているけど、それは初耳なんだけど・・・」

「はぁ、義務教育の敗北かな」


 やれやれと言った様子でため息をつかれた。歴史を一通り勉強しているが、そんな単語は出てきた事すらないのだ。


「いやいや、あんたが何を言っているの、冗談を言っている場合じゃないわよ。てか忍者はどこから現れたの?」

「・・・忍者は上から落ちてきたかな」

「そんなわけないじゃない」


 天井は岩だ。しかも肉眼で天井を確認できる程の高さしかない。落ちてくることは不可能だ。


「天井にずっと張り付いていたかな!」

「・・・晴日、あんた何かおかしいわ・・・よ?」


 私がそう言うと頭がズキリと痛んだ。転移酔いに似ているが、これは狐栗娘の時と同じ感じだ。幻を見せられていて、虚構と現実を脳がどちらかを処理するか迷っている痛み。手荷物の中から呪い消しの札を取り出して貼る。しかし貼っても効力はない。


「ねぇ晴日、私達が幻術にかけられているってことはない? 忍者や、それ以前にどこかで幻術をかけられた形跡はない?」

「先生。とうとうが御乱心かな」


 全員の目がこちらを向く。だけど誰も何も言葉を発しない。

 おかしい。奇妙。それはずっと付き纏っていた。私達は陰陽師であり、個性が爆発するくらいの個性的な集団だ。特に土御門姉弟がいるのにも、二人が私に絡んでこない。それに奇妙な決定打はアルカードも、私をまるで私が奇妙な者であるかのような目で見てくることだ。


 このアルカードの眼は知らない。

 私が怒らせてしまったのか、ツンケンした態度を取り過ぎたから、愛想をつかれてしまったのか。移動中も、家の中に入ってからも、いつも通りのようにアルカードは私と肩を並べて歩かなかった。それは私が望んだことでもあるが、アルカードの発言した言葉とは矛盾している。


 これは晴日の言う通りに、私が変になったのか。


「どうした骨茱、慌てるのも分かるが冷静になろう。な」


 奥にいた守屋教諭がヘラヘラしながら、私の両肩に手を置いた。


「間違っていたらごめんなさい」


 私は握りこぶしを作って、守屋教諭の鼻先に拳をぶつけた。


「いったぁ、何をするんだ!」


 赤くなった鼻先を抑えながら守屋教諭は軽い怒りを乗せて言葉を発した。


「守屋先生こそ、私の身体に触れるなんて教師にあるまじき行為をするのはどうかと思います」

「セクハラじゃないぞ、これは骨茱を落ち着かせようとして」

「その考えが聞けて良かった・・・」


 私は皆をかき分けて走り出す。

 私の呪いを知っている教師人は私に触れない。いくら抑制する呪具をつけているからって、他人をも対象とする呪いに直接素手で触れようとはしない。それは陰陽師としてはありえないことなのだ。守屋教諭がいくらちゃらんぽらんでも、それだけはない。そもそも私を煙たがっている教諭の一人なのだから、そこまで気にかけないし、問答無用で気絶させてくるだろう。


 だから。

 これは現実じゃない。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ