おいでませ獏羅村②
眩しい光で目を瞑っていて、瞼からも光が消えたなと感じた後に、眼を開ける。
一面が緑。夏が近くなって針葉樹も広葉樹も大きく芽吹いて緑をまき散らしている。前面に映る景色は山一色だ。山の上に送電塔が見えるから、海外へ飛ばされたわけでもないし、人里離れた場所でもないようにも思える。
虫達。主に蝉だが、鬱陶しい程に鳴いている。頭部を持たれて長時間シェイクされた感覚が抜けない私には、この音は風情などではなく雑音だった。
「はい。誰も身体ちょん切れてないね。酔ってるのは数人いるけど、まぁ時間が経てば治るから気張っていこう。てなわけで、注目注目。傾聴傾聴」
背後で守屋教諭が手を叩いて注意を集める。その音もキーンと高鳴って不快だ。
守屋教諭は古い木造の校舎を背にしていた。どうやら私達はどこかのドがつく田舎の学校に転移させらたようだ。
注目を集めた守屋教諭の隣には行きにはいなかった、雰囲気が蝶番井に似ているウルフカットで背中まである襟足を結んでいるスラリとした長身の女性がリクルートスーツを着て立っていた。
「本日は文化財式神保護活動の為に、獏羅村へお邪魔しています。そして彼女は、今回の保護活動において補助監督である。神呪神音さんです。はい拍手」
本当はそれ程でもないのに、耳を劈く拍手が鳴る。
それと同時にざわついている人もいる。
「神呪って、あの?」
「最後の世代の一人の?」
「なんで卜部流の人間が補助監督なんだ?」
どこか聞き覚えがある名前だなと思ったら、兄の同級生だ。いで立ちを見るのは初めてだけど、当時の兄の話ではよく名前が出てきていた気がする。兄曰く、ツンデレで料理下手で暴力系の流行りのラノベヒロインの権化らしい。いるんだ、そんな二次元媒体から出てきた人って小学生ながらに思った。
「ねぇ最後の世代って何?」
流れてきた言葉の意味が理解できずに、アルカードが私に質問してくる。今は話せないので無視する。
「最後の世代は、身体的に天賦の才があって、尚且つ陰陽師として天性の才があるビバ陰陽師みたいな人達かな。五年前までは私達の学校は全校生徒が二つの手で数えられる程度だったかな」
「そこ死語禁止! あ、私語禁止!」
代わりに晴日が答えてくれたが、ちゃんと説明する前に注意されてしまった。晴日は姿勢を正して口を尖らせて前を向いた。
「守屋先生からご紹介にあずかりました、神呪神音です。本日は皆様の活動に粉骨砕身補佐したいと思います。要望、要請、要求、補佐監督と学生という立場上憚られるかもしれませんが、どうぞお気軽にしてください」
またまばらな拍手が起こる。隣の吸血鬼が目一杯拍手しているので、今すぐにやめさせたいが、その気も起きない。
神呪と私の目が合ったような気がしたが、目線はすぐに神呪によって切られたので気のせいだろう。
「では活動内容の説明に入ります。皆さんが転移してきた場所は、とある県にある村、獏羅村です。ここでは獏羅という土着の怪獣が人々と共存しています。獏羅は非常に繊細な怪獣で、居住地が穢れると、暴れ出します。三か月に一度穢れを払う為に獏羅を一時的保護して、獏羅の居住地を修復し、穢れを祓います。私達は村の人達の協力の元、それらをします。保護。修復。祓除。丁度十二人いるので、それぞれの特徴に合わせて、四人一組になって三班に分かれてください」
淡々と説明して、流れるように直ぐに行動しろというあたり、仕事ができる人なのだろう。兄のような力任せと、成り行きだけで行動する単細胞馬鹿とは違う。私も兄の事を馬鹿にできないくらい、思考を置き去りにする癖はあるけども。兄妹は似るものなのかも。
「とうとうはどれ行きたいのかな?」
「どれって言われても、祓除はこの腕じゃ足手まといだし、保護か修復じゃない?」
どっちでもいいと言うと、印象は悪いが、獏羅がどういった怪獣なのかも知らないから、生態も知らずに保護、修復に回っても、どちらにせよ腕が折れているハンディキャップはあるのだ。祓除じゃなきゃいいくらいの気持ちだ。
「えー俺は祓除の方が楽でいいなー」
「じゃああんたは祓除にいけばいいじゃん」
「意地悪言うね。三日ぶりなんだから優しくしてよ」
「日を置いたからって私は優しくならないよ、煮物じゃないんだから」
「・・・?」
煮物って日が立つほどに味が浸みて美味しいよねってお話はイギリス人にはわからなかったみたいだ。ウケる為に言った訳じゃないけど、ややウケくらいは欲しかったな。
「骨茱さん。よろしかったら私達と保護班になりませんか?」
このお嬢様のような気品がある話し方をするのは、B組のもう一人のお嬢様繭杜社だ。東谷風派閥の影の頭領というのが全生徒の共通認識で、実験を握っている女。西洋のお嬢様の縦ロールでもなく、蝶番井のような姫カットでもなく、年に見合わないローツインテールだ。私よりも更に低い身長的には見合っているかも。
繭杜の後ろには執事兼従者で、頭にバンダナを巻いているのが目印の大守堅牢が、ヤンキーの目つきよろしくで睨んできていた。彼女は男勝りな名前なのか、それとも元来の性格なのか、言動行動全てが威圧的だ。基本的に睨まれるか、舌打ちしかされたことしかない。
今回の召喚術支援会の内部の人間が二人揃っている。その二人が私に声をかけてくると言うことは、それはそれはまたクラス内政治に巻き込まれつつあるという訳だ。ま、どうせしがない私が目当てなんじゃなくて、吸血鬼の付属品として見られているのが透けて見える。
「保護かぁ。うーん、でもなんか今は気性が荒いみたいな言い方を神呪さんはしていたから、やめとこうかな」
「あら、それは残念ですわ。アルカードさんはいらっしゃいますか?」
「俺は灯命と一緒がいいから遠慮する」
「まぁ不健全ですこと」
はい、その通りですね。
「僕は誘ってくれないのかな?」
「雨月さんはその身に宿った穢れでは保護には向いてませんもの」
「あっは、確かにもりもりの言う通りかな。もりもりと相反しても困るかな」
「てめぇ・・・」
晴日は煽られたので、煽り返した。その煽りを受けたのは大守で、晴日の胸倉を掴まんとしようとして、目の前までやってくる。
「ちょちょっと、揉め事はよくない」
「おい化生映えしかしなさそう顔の骨茱さん」
かなり失礼な事を言ってきたのは、コンプライアンス違反女子の四月一日だった。今日も日本人形みたいな出で立ちからでる暴言が冴えわたっている。これは私も眉毛のラインがぐだぐだ顔とか言い返した方がいいのかな。言ってもいい気がする。
「なにかな・・・四月一日さん」
ぐっとこらえてしたくもない返事をする。
「修復班に入れ」
「えぇ・・・」
どうやらお誘いしたかったらしい。ファーストコンタクトが絶望的に険悪になるしかないんだけども、もしかして四月一日的には褒めていたのかもしれない。そうじゃなきゃ、話が繋がらなさすぎる。
「えっと四月一日さん以外に修復を希望している人はいるの?」
「いない。祓除が土御門弟と天生と酒澤と武刕口 。残ったのが土御門姉と蜂起星とここにいる残飯共」
病気じゃなきゃ、口が呪われているのかもしれない。それかどこかの軍人の訓練教官の幽霊にでも憑りつかれている可能性もある。
「・・・四月一日さんは保護はしないのかな?」
「保護は繭杜と大守がいるから」
行きたくないって事ね。蝶番井派閥はほぼ蝶番と山田と四月一日で構成されていると言ってもいい。後援会のように一人二人派閥を応援しているのもいるけど、蝶番井が認めていないので派閥には入っていないと言っていい。
蝶番井派閥は敵しか作らない。なので繭杜や土御門と一緒に行動などしない。
だったらほぼその派閥しかいない課外授業に来なければいいのにと、思うのは派閥外にいる人間だから言えることだろう。
「修復に入ってもいいけど、暴言はやめてね」
「は? 言ってないが?」
暴言のボーダーラインが違いすぎたようだ。
私が入ると言うことは必然的に。
「じゃあ俺も修復に入ろ」
アルカードも参入する訳だ。
「あんた修復できるの?」
「まぁそこそこは」
テスト前に勉強してきたと訊いた時の、めちゃくちゃ勉強した奴の調子で言われた。これは度肝を抜く程にできるはずだ。結界も張れて、祓除も簡単にできて、修復もできる。ふとした時にアルカードと比べて自己嫌悪しちゃいそうだ。
「晴日も入るでしょ?」
私達そっちのけでまだ大守とメンチを切り合っている晴日に問う。
実は雨月晴日は意外にも短気だ。私との腹の探り合いもすぐ折れるし、駆け引きをするのも拒む。手は出さないけど、邪な何かをぶつけてくる腹が黒い女。新生した身体も、家に帰ったら呪物の邪気に侵されたらしい。
「入るかな!」
力強い回答が返ってきた。
「それでは私は、蜂起星さんと土御門さんに声をかけてきますわ。堅牢行きますわよ」
大守は舌打ちをすると、繭杜の後を着いていった。
「じゃあリーダーは骨茱だから、報告してきて」
「えっ四月一日さんじゃないの」
「お前がやれ」
てっきり自分で集め始めた四月一日がやると思っていた。高圧的に指名されて納得いかないけど、これくらいならば許容範囲だ。
「・・・わかった」
「ん、感謝する」
ツンデレの権化はここにいた。これデレてるかな? 四月一日基準ではデレかもしれない。
ほぼサボって欠伸をしている守屋教諭ではなく、一任された神呪の前までやってくる。
「骨茱、アルカード、雨月、四月一日が修復班になりました」
「はい。了承しました」
用紙にスラスラとボールペンで記入してから、はにかむような笑顔で対応される。
この人も煌めいて見えるな。私がなりたい人物像に近いせいで、これまた自己嫌悪してしまうかもしれない。いやいや、ここは羨望の眼差しを向けておこう。私はこういう仕事ができる人間になりたいものなのだ。
「どうかしました?」
「やっ・・・あの・・・」
恐れも汚れも知らないような清涼とした瞳に見つめられて、不甲斐なくも目を泳がせる。兄は最近どうしているかとか聞こうかなって思ったけど、神呪が兄と出会っているかも定かではないので言葉を詰まらせてしまう。
「・・・何でもないです」
「そうですか。あ、保護班の方ですか?」
私の後ろに繭杜がやってくるのを見て、柄にもなく舞い上がってしまった自分に恥ずかしくなってそさくさと退散した。




