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消えるラブコメ  作者: 菅田原道則
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指差し確認は大事

 これか。

 この噂が広まって、骨茱灯命如きが、麗しき編入生にお姫様抱っこされて、関係を持った事が、唯我独尊クラスのスケバン、蝶番井稟慈ちょうつがいりちかちゃんの逆鱗に触れてしまったのだろう。



 そうに、違いないと分かれば、言い訳や謝罪する労力は少ない。

 しかし決定事項となったのは私の中だけなので、蝶番井さんの言い分を聞いておいた方がいいだろう。



「け、今朝の事だよね?」

「は?」



 怒り心頭と言ったご様子だった。それはそうなのだけど、見当違い甚だしいとの熱が籠った言い草だった。



 違うのか。では何だろうか、生臭坊主、もとい物臭教師の手伝い中に、起こった事件だろうか。



 今一度思い出してみよう。



 編入生アルカードなる者に、辱めを受けて職員室に連れて来られた。

 私を職員室に連れてきたアルカードは、担当の教師に見つかると、職員室の奥の方へと、私に手を振ってから消えて行った。



 当の私と言えば。



「骨茱。何でお前は顔を隠してるんや?」



 ニコチンガムをもっちゃもっちゃと噛みつつ、まるこめ頭を光らせた、二乗院梅崇にじょういんばいすう教諭が、辱めを受けて、誰にも顔向けできない私に尋ねてきた。



「乙女の尊厳を保つ為」



 薄氷のような尊厳だけど、私も一応乙女と言って過言ではない。・・・過言かもしれない。



「ははん。さてはあやつに惚れたな」

「それはない」

「お前に限って、それはないやろうな。なっはっはっは」



 うわ、うざ。



「大方、噂話の渦中にいるのが嫌やから、少しでも周りの認識能力を下げる為に、顔を隠しているだけやろ。照れ隠しなんて柄やないもんな」



 ナハハと、軽快に笑われる。同級生だったら軽快に頭皮を、木魚のように叩いてやるのに、この男は年上で、教諭で、恩人である。

 さすれば、ぐぬぬと下唇を噛んで、その欲求を内包するのに留める事しかできない。



「まぁ、骨茱が誰と関わろうと、儂に迷惑かけなきゃ何でもええけどな。でも、あやつとは、あんま関わらんほうがええと、助言だけはしといたる」

「私だって、自分から関わりたくて関わった訳じゃない」



 何度も言うが、外から来た者は禄でもない。関わると、碌なことにはならない。これは経験談である。



「せやなぁ。骨茱は巻き込まれ体質みたいなところあるもんな。そんじゃ、巻き込まれついでに、これ」



 二乗院教諭は、木蘭色の袈裟の懐から、一枚の御札を取り出した。お札には達筆に、色々と法が書かれていた。私は目だけを隠して、その御札を受け取って、携帯をしまっている反対側のポケットへと押し込んだ。



「認識能力を下げたいんやったら、目より口や。そのポーズはちょっと女子高生がするとエッチちゃうか?」

「うるさい。どこに貼ればいいの?」



 自分でもやっていて、ちょっと破廉恥だなって思ったよ。余計恥ずかしかったよ。



「講堂の裏や」

「至急?」

「まぁホームルーム始まるまでやな」

「分かった。失礼しました」



 用事も終えたし、他の教諭から、怪訝な目で見られていたので、踵を返して、足早々に職員室を後にする。



 二乗院教諭と話すと、ストレスが溜まる。

 普段からストレスは溜めているのだけども、そのストレスの原因の四割は二乗院教諭だと言えよう。あのおどけた関西弁と、心を見透かしてくるところが、本当にストレス。



 そんなストレスの原因であるのに、どうして私は二乗院の言いなりになっているのかは、別に脅されているとか、弱みを握られているとか、そんな相手方に倫理的に問題がある訳じゃない。

 これは私が、私の矜持を維持する為に、二乗院教諭と共に定めた、約定。対等な取引なのだ。



 彼は昔、私の一命を救ってくれた。私は彼に、その恩を返したい。それだけの関係性だ。



 取引の内容は、ただ二乗院教諭の頼み事を熟すだけ。檀家に代わりに訪問したり、校内の草むしりを手伝ったり、こうして校内に有難い御利益のある御札を貼ったりするだけの、簡単な軽作業が多い。



 怠いと思うことはないが、あの教師と絡むと思うと、かっ怠い。

 別にこの作業は苦ではない。二乗院教諭の出す取引の中には、私にしかできない仕事もあるのだ。

 だからこそ、内申点を上げる為にも、恩を返す為にも、どこかの誰かを救うかもしれない為にも、私はこれを遂行するのだ。



 校内にはチラホラ登校してくる生徒が見受けてきた。職員室から、指定された講堂は、歩いて三分もかからない。そもそも学内移動に時間がかかることは特にない。ただ、講堂の裏は侵入するのが一般生徒では難しい。



 講堂の裏手は、木々が生い茂り林になっている。遠目からでも、鬱蒼としているなと感じる程で、普通の感性を持ち合わせていると、近寄り難い雰囲気を醸し出している。

 そのせいで、学校七不思議の一つ、講堂裏の林招きなんてのがある。まぁ名前の通りの七不思議で、林の魔力に憑りつかれて、引き込まれて、そのまま行方不明みたいな感じの、ありきたりのやつだ。



 誰も寄りつからないから、不良生徒の溜まり場になる、とか、何か良からぬ後ろめたい行為が行われる場とかになっている訳ではない。きっちりと、安全の為に、フェンスで入れないようになっている。



 フェンスにはしっかりと錠前がされており、鍵がないと開かない仕組みだ。



 私は、周りに誰もいない事を確認してから、後ろ髪を纏めた髪留めを外して、ポケットへと入れてから、ふぅと、気合を入れる為に息を吐いた。

 そしてフェンスを掴んでよじ登り始めた。



 ガシャガシャと金網の音をたてながらフェンスが揺れる。最初に講堂の裏へ行ったときは、相当苦労したが、今では要領を掴んだので、猿の如くフェンスを昇れるようになった。



 どうして教諭からの取引なのに、錠前を外す鍵を受け取っていないかと言うと、そもそもこの錠前には鍵穴等ないからだ。このフェンスが施錠されてから、一度も開かれていない。らしい。

 このフェンスはただ、壁の役割を果たすだけでいいのだ。それ以外の用途方法はない。



 フェンスの反対側に身体を向けてから、飛び降りられそうな高さになったのを確認し、飛び降りる。風でスカートが捲れ上がったが、誰かに見られる心配もないので気にはしない。



 すぐ横には陽の光を殆ど通さない林がある。林の奥を見れば見る程、何かがいるのかと勘違いしてしまいそうになる。

 直ぐに目を背けてから、目的地である講堂の裏へと歩む。



 講堂の裏まで来ると、このポケットに入った物をどこに貼ればいいかを理解する。

 講堂の裏の壁には、ポケットの中にある御札と同じような、くすんで、年月が経ったような見た目をした御札が貼られていた。これと取り換えればいいのだろう。



 周りの雰囲気に臆せずに、剥がれかけていた御札の右端を摘まんでから、勢いよく剥がす。

 剥がした瞬間に、びゅおうと、生暖かい風が吹いた。ポケットから取り出して、手に持っていた変わりの御札が飛んでいきそうだったけど、しっかりと、平手打ちの要領で壁に貼り付けた。



 これにてお使い終了だ。フェンスを越えて、御札を貼るだけ、簡単なお使いだ。

 剥がした札の奥から、悪鬼羅刹が現れる訳でもなく、御札を茶化して剥がしたせいで、呪いを受ける訳でもない。ただの貼り替え作業。

 しかし、フェンスを越えるのは、体力に自信がないので、昇り降りが億劫ではある。



 その億劫な行動をしてから、フェンスの前へと戻ってくる。



 乱れた身だしなみを整えてから、ちょっとだけ散髪時期を逃した、長い髪の毛を後ろ手で纏めてから、髪留めをまたつける。



「痛っ」



 急に痛みを感じて、痛みを感じた右手の掌を見ると、横一線に切れて、赤い血が滲み出ていた。フェンスで切ってしまったのだろうか。何にせよ止血しなければならない。



「大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、絆創膏持ってるから・・・え?」



 鞄の中にあるポーチを探していて下を向いていたので、自然に言葉を返していたが、誰かがすぐそこにいるのは予想外だった。



 慌てて声のした方を向くと、本棟と、講堂を繋ぐ渡り廊下の影の下に、アルカードが立っていた。



 本日二度目の邂逅となるが、陰りを帯びていても、その美麗差は健在で、逆に陰があるからこそに、美しさが際立っているように感じられた。



 アルカードが綺麗で、美しい人物なのは理解している。

 それよりも。

 それよりも大事な、事柄がある。私はそれが気になって仕方ないので、質問に質問で返してしまう。



「い、いつにからそこに?」

「ん? さっきかな? 手、大丈夫?」

「そうなんだぁ。大丈夫大丈夫、絆創膏貼っておけば治るから」



 落ち着いているようなので、私の秘密を知られたようではない。私の秘密を知れば、普通だったら、取り乱すはずだ。アルカードがもしも、肝が据わっていたとしても、手の怪我よりも、私の秘密の方が気になるはずだ。



 ポーチの中から消毒液を取り出すも、あたふたと、心の焦りが出てしまったようで、落としてしまい、拾おうとしたら、蹴ってしまった。消毒液は絶妙にアルカードの足元まで飛んでいった。



 あぁもう、踏んだり蹴ったりだ。



 アルカードが消毒液を拾い上げるのと同時に、俊敏な動作でアルカードの前まで移動する。

 アルカードが柔和な笑顔で消毒液を差し出してくれたので、右手を差し出して受け取ろうとすると。



 ペロッ。



 右手の掌を舐められた。



 スッと一筋、掌に出来ていた切り傷のような傷。その傷からぷくりと赤い液体が溢れ出ていた。

 その赤とは違う、健康的な紅色をした潤いと熱を帯びた、ザラリとした感触と、背中に冷や水を掛けられたかのような感覚が、同時に私を襲う。



 実際のところ、これは襲われていると言っても過言ではない。うら若き少女の、血行良き掌を、いくらイケてる面である者であっても、舐める行為は、行き過ぎた行為だ。

 例えそれが医療行為だった場合でもだ。そもそも唾を付けとけば、治るなんて、現代医学では非衛生的だ。



 どうしよう。

 どうしてやろうか。

 私がラマの如く、唾を吐いてやった方がいいのだろうか。いや、それでは威嚇で終わってしまう。そうだ、身体に正直になろう。体裁や体制なんて関係ない。今、私が、このイケメンにやってやりたいことを行おう。



 パン。

 と、乾いた音が鳴る。



 それは、私がアルカードの頬を叩いた音だった。

 舐められた右手とは反対の左手で、怒りと嫌悪感を乗せ、ついでにスナップを効かせて、あと哀情も入れて、全力で叩いた。



 叩かれた反動で、アルカードの髪が少し乱れて、目線は下を向いていた。自分が一体何をされたのかを理解していないように見える。



 私はアルカードの手から消毒液を奪い取り、手を振りほどいて、校舎の方へと逃げるように走る。その時に、校舎側でアルカードを案内していた蝶番井稟慈に目撃されていたのだった。


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