這いよる鬼は笑っている
「灯命、俺も課外活動行くことになったよ」
下校時刻。下駄箱で上靴から外靴へと履き替えようとしていると、アルカードが嬉々として聞きもしたくなかった事を教えてくれた。
「はぁ・・・よかったでござんすね」
こうなるのであろうと予測できていたが、当たって欲しくない事柄の為にため息交じりにそう言ってやった。当たるなら宝くじとかにしてくれホント。
「嬉しくないの?」
「超嬉しい~」
「だよね。俺も灯命と課外活動できるってだけで嬉しいもん」
ローファーの爪先を整えつつ適当にあしらうと、嬉しさ百の感情で返される。こいつには皮肉を言っても、全て好感触に受け止めて食べてしまう。吸血鬼にとって肉は大好物だからなのだろう。この鈍感野郎。
弁明しておくと、私達は別に一緒に登下校をしたいが為に、特定の場所で待ち合わせをしている訳ではない。ただアルカードが見計らったように、私の登校路や帰宅路に現れるのだ。まぁそりゃあ、授業が終わる時間は同じだよ。そこから物部と話して時間を潰しても、二乗院教諭の手伝いをし終わっても、奇遇だねと現れるのは最早ストーカー。しかもいない時は絶対に気配はしないので、私を不安にさせないプロストーカーだ。
友達兼ストーカーになったアルカードは、退院してからこのスタイルでいくらしい。
霧切栖と話していた通りに、これは周りから見れば不健全極まりない。ここいらでガツンと一言言ってやらないと、私達の関係は不健全のまま進む・・・個人的には後退している気がするが、とにかくこの現状はよろしくない。
玄関口を出て肩を並べて歩き出してから私は重い口を開いた。
「あのさ」
「何?」
「アルカードは私の好感度を上げたいんだよね?」
「うん? そうだよ。どう? パロメーターマックスまで上がった?」
「上がる訳ないよね」
「えっ!? どうして!」
この顔は本気で言っているようだ。
くそう。期間は短くも、長く過ごし過ぎて表情で判断できるようになっているのが先の発言と矛盾しているのが悔しい。
「そもそもね、友達だとしてもさ、ここまでベッタリしない訳よ。それも見事に私が私用だったり、誰かと一緒にいる時は現れないんだもん。気を遣ってくれているのかもしれないけど、逆にそれが不気味」
ガツンと言ってやった。
アルカードは面を食らったのか、驚き顔からゆっくりとしょげていく。
「そっか・・・」
このしょげかたは演技ではなく大真面目にしょげている。散々騙されてきたので、本当かどうかも見抜けてしまうのだ。もう騙されることもないだろう。
大真面目にしょげているのならば、私の拒絶はアルカードの芯に響いたということだ。
罪悪感を感じるな私。これは至極当然の権利であって、それを行使しただけだ。精神が強いと言い張るならば、これくらいのことでダメージを貰っていたら話にならない。蚊に刺された程度だと思えば・・・あとから痒くなるから嫌だな。
「・・・・・・俺は人からの好意は貰ってきたけど、他人へ好意を向けたことが無いんだ」
「ん・・・・・・ん?」
自慢か?
何か語り始めたと思ったら、沢山の人間から好き好きされましたっていう自慢が始まった。好きだとか嫌いだとかをせずに、当たり障りのない八方美人をしている私に対しての当てつけか。
「だから俺は好意を受けた真似しかできなし、灯命が喜ぶことがあんまり分からない」
「あー・・・」
不気味なのはアルカードも一方的な好意しか受けてこなかったからか。それで初めて好意を伝えたい相手が現れて、舞い上がってしまい、何が正解かが分からないからモノマネしかできなくて、人間味が殆どない異常な行動になっているのか。今までの行動が合致してちょっと納得してしまった。
「まぁあんたも苦労したのは分かった。が、あんたが味わって嫌だったことを私にしているのは、どういう気持ちな訳?」
「嫌だった訳じゃないけど、どれかが灯命の好みに合えばいいかなって・・・」
「それはもう私の事を思ってないじゃん」
「でも食べ物は喜んでくれるよね」
「それは・・・そう」
食べ物に罪はない。
なるほどな。だから最近事あるごとに、お菓子や総菜を手渡されるのか。私を腹ペコキャラのレッテル貼りをしているのだと思っていたが、アルカードが行動して一番好感触だったのが、食べ物を渡すことだったわけだ。
私はペットか何かか? 地域猫のたま様でもまだもうちょっとプライドはあるぞ。
「灯命は俺とこうしているのが嫌だったってこと?」
「うーん。嫌じゃないけども・・・頻度と節度ってものがあるじゃない?」
最初はめちゃくちゃ嫌だったけど、アルカードを面の良いカワイイ犬だと思えば、尻尾降って寄ってくる愛い奴に見えなくもない。私もアルカードを愛玩動物のように扱っているが、そうしなければ精神が摩耗して無くなってしまう。
「登下校を一緒にしているだけで節度を問われるの?」
「あの騒動から、警護の為にわざわざ毎日家まで送ってもらってくれるのは有難いんだけどね。私はあんたが来るまでは、警護もつけずに普通に過ごしていた訳。それでもしも私の身に何かがあって、取返しがつかないことがあったら、それは私の天寿を全うしただけなの」
家まで送ってもらった後に、アルカードが別の方向に歩いていくのは見慣れた光景となった。だけども、アルカードの居住地は私の家とは反対と言うのは掲示板情報で網羅済みである。私をお姫様に仕立て上げるのは止めてもらいたい。
「俺はそうなるのが嫌だし、もっと灯命と過ごしていたいから」
私の何がこの男を狂わせているのか。美貌、権力、富、どれをとっても無いのに、ここまで好意を向けられるのは奇妙だ。まだ透明人間と言う見世物パンダだからって理由の方が、大きく納得できて、もうちょっと簡単に関係を作れるだろう。
「だったら人間関係をもっと学んでほしい」
「俺は人間関係稀薄なんだよね。だから蝶番井が言ったように、灯命で学ばしてもらってる」
「実戦経験の前に、学んでこい」
「実戦経験に基づいての講義の方が効果あるよ」
学ぶにあたっての姿勢の違いが軋轢を生む。訳でもない。私は学んでから、実習するのが得意なだけだし、アルカードは逆なだけ。
「はぁ・・・男の子向けの恋愛シミュレーションゲームを借りてあげるから、人間の理想の恋愛について勉強しな」
「そのゲームには灯命はいるの?」
「いる訳ないでしょ。私は恋愛ゲームのヒロインになる器じゃない」
「じゃあやらない」
「なんでよ。人間関係が稀薄って言ったのはあんたでしょ、ちょっとは理解できるかもしれないでしょ」
「だって俺が好きになってほしいのは灯命だもん」
またそんな恋愛シミュレーションゲームの序盤で選んだら、好感度がガタ落ちするような言葉を吐くんだから、ちゃんと履修したほうがいいと思うのだ。
興味のない異性からの好意は時には恐怖に変わる。好意を向けられるのに慣れた持っている者の言葉だし、私としてはアルカードから向けらる好意を恐怖が麻痺して、若干慣れ始めているのが悪い部分だ。
「よくそんな歯が浮く様な言葉を何回も言えるね」
「八重歯だからね」
そりゃあ会話も嚙み合わない訳だ。
「とにかく、私は誰かに負担をかけてまで、生命を維持されたくないの。それに私の好感度をあげたければ、他人のモノマネじゃなくて、自分の言葉で会話して、私の気持ちを汲んで自分の行動で責任を持つべき」
「・・・わかった。じゃあ今日は灯命の作った料理が食べたい」
「なにも分かってないし、じゃあの意味が分からん!!!」
どうしてそうなったのかを頭の中で理解しようとしたけど、考えることを放棄しました。
「えー、いつも灯命に食べ物あげてるけど、何でも美味しそうに食べるじゃん。だから灯命の好きな料理が気になったんだよ」
「どうしてそこから私の手料理が食べたいに繋がるんだ」
「普段作って食べている料理が好きな料理でしょ? だから灯命の料理が食べたい」
「やっぱあんた勉強からした方がいいわ。それじゃあ今日も警護をありがとうございました。また明日ね」
丁度家に着いたので、捨て台詞だけ投げ捨てて、扉を閉めようとすると。
「えぇ・・・俺何か悪いことした?」
扉が閉まる直前にそんな落胆の声が聞こえたので、ムカついた。
「そこで待ってて」
閉まる扉の隙間からそう言って、速足で自室に入って、棚の中にある決定版恋愛漫画を数冊掴んで、袋に詰め入れる。あと明日の朝食にする予定であった、今回は外に出しても良い出来の自家製パンをサランラップぐるぐる巻きにして入れてやった。
「これ読んで勉強しなさい。あとパンは早めに食べる事! それと私の限定的な好物はない! 嫌いなものは蜘蛛! 以上!」
袋をアルカードの胸に押し付けてから、自宅の扉を強く閉めた。
驚異の共依存の関係は、直ぐには変わらないのだろうなと思う。だから一歩ずつ進退しながら変えていくしない。それが人間関係ってやつだ。
アルカードが浮ついた足取りで帰ったのは、ただの私の妄想かもしれないし、たま様が見かけただけかもしれない。




