秘密の共有は墓場まで⑨
「失礼するかな」
唐突に現れた雨月晴日は、私の驚きように意も介さずに入室してくる。脚がしっかりとついているし、身重の姿でもない。悪い感じもしないし、アルカードも特段敵意を露わにしている訳でもないから、害意は一切ないのだろう。だとすれば、この雨月晴日は何者だ。
「いやー、二乗院先生にタイガース好調かなってを振ったら、第三次ダイナマイト打線の話をされそうになったかな。振っておいてなんだけど、興味ないから逃げてきたかな」
昨日の別れ際からの延長線のような日常会話をしながら、奥にしまわれていたパイプ椅子を持ってきて、アルカードの隣に座った。
「んで、二人は付き合っているのかな?」
「いやいやいやいやいや。そこじゃなくない。どう考えても雨月さんが」
「晴日でいいかな」
「晴日さんが」
「敬称略でいいかな」
「・・・・・・晴日が。あんたが、なんで生きてるのよ。あんたは昨日狐栗娘に喰われてたじゃない。あれは夢? 幻? 幻術? ねぇアルカード、確かに食べられていたよね?」
「そうだね」
ニパニパと取り乱している私を、エンタメコンテンツかと勘違いしているアルカード。この対応から見るに、こいつはこの事を知っているようだ。ムカつく。腹立つ。やけ食いしたい。目の前の物を一心不乱に食べつくしてやりたい。
「確かに、あの後は狐栗娘に食べられたかな。姿形を乗っ取られるくらいには食べられたかな」
「だよね! んぐっ・・・」
アルカードが話の流れを無視してケーキを差し出してくるので、ムカつくので、雨月に失礼でも食べる。
「とうとうには言ったけど、呪物集めが趣味かな。河童の手から、人魚の肉まで多種多様の呪物を持っているかな。まぁ中には効力のない抜けカスみたいなのもあるかな。僕は呪物のスペシャリストとは言わないけど、マニアではあるかな。マニアの中でもコレクション派で、使用しようとは思わなけど、ある呪物は一度しようしたことがあるかな。怨嗟のくるみ割り人形って知っているかな?」
知らないので首を振る。雨月は続ける。
「夜な夜な恨み小言をねちねち言う代物かな。まぁそんな曰くつきの呪われた人形は本質じゃなくて、くるみ割り人形の中には爪や髪が入っているかな。それらの持ち主が怨嗟となっている訳で、僕もそこに自分の髪の毛を入れたかな。あの後僕は自宅で目覚めたかな。目覚めて、怨嗟のくるみ割り人形を確認したら粉々に壊れてから、溶けていたかな。そう、怨嗟のくるみ割り人形は形代の役割を果たしてくれるのかな。つまり。僕は身代わりを用意して生き残ったかな」
「形代・・・・・・ね」
話の途中でそうじゃないかと思わせてくれた。形代。分類は式神のようなものだけど、その目的は身代わりだ。自分に模したものであったり、自分の名を刻んだものであったり、それらの形あるものに厄を移すのが目的。雨月の言う怨嗟のくるみ割り人形とやらは、そもそも形代ではなく呪物。自分の身体の一部を入れるのは呪物だ。雨月の人形は体の一部を、魂を捕らえるために作られた呪物ではないかと想像できる。その呪物に捕らわれている魂達は生前よからぬことをして、呪われたのだろう。それをいとも容易く形代として使用された。中の魂達には因果応報かもしれないが、やり過ぎではないかと思ってしまう。
「晴日」
「はいなかな」
「昨日つけていたリボンはどうしたの?」
遜色違わない雨月晴日だったけど、昨日つけていたアイデンティティでもあるピンクのリボンが無く、今日は黄色いリボンへと変わっていた。
「ふへへ、とうとうは目敏いかな。呪物は呪物と相反する物が多いけど、稀に相乗効果を生み出す代物もあるかな。あのリボンとくるみ割り人形は、それに値するかな。くるみ割り人形自体には形代としての役割ではなく、拷問器具としての役割が大きいかな。そこにあの霊蔵入れであるリボンが合わさることで、身代わり形代となるかな」
「へぇ呪物ってそんな使い方もできるんだ。・・・・・・ん? 待って。確かに身代わりとしては働いているけど、晴日、あんたの身体自体は食べられているわよね? 霊蔵ってことは魂の入れ替えだから、肉体が他にないと成立しないんじゃないの?」
「そこが僕がB組に所属している理由かな」
えっへんと無い胸を張って自信ありげに雨月は言う。B組は言わずもがな式神に特化したクラス。
「えっと・・・つまり、あんたの身体は現在式神ってこと?」
「そうなるかな」
衝撃的事実を告げられた。
「いやっ、えっ? どういう事? 肉体を捨てて、式神になったの? どうして? なんでそんなことを?」
疑問符が稚魚のように湧き出てくる。だって肉体を捨てるんだよ。それを呪物の実験のために軽々しく捨てるようなことは私には理解できない。軽々しいと言ったけど、本人の口調が軽いせいで、そう聞こえるだけだ。もしかしたら取り繕っているだけかもしれないが、聞き手の問題でもある。
「肉体からの解脱はよくある話かな。今回は偶々運悪く起こっただけで、別にしたくてした訳じゃないかな。この街にいて保険をかけてない人なんていないかな。とうとうだって、そのシュシュは保険かな」
呪物マニアには私のシュシュがどんな代物かは分かってしまうらしい。
「だとしても、そんな保険は・・・」
「僕にはこれしか無かったかな。狐栗娘の結界に入った時点で、対抗手段は無かったかな。まぁ別に式神だからと言って、人間の身体とは変わらないかな。致命傷を受ければ死ぬし、老衰はする・・・のかな?」
「私のせい?」
「それは違うかな! これは僕のせいで、とうとうは何も負い目を感じなくていいかな! 呪物収集者は遅かれ早かれ痛い目を見るのが世の定石かな」
「でも・・・」
「とうとうは優しいかな。自殺志願者に同情するのは心を腐らせるからやめるかな。呪物集めは自己責任かな」
雨月は笑って見せる。どうやら本人の中では納得がいっているようだった。アルカードが言っていた自殺志願者とはこのことだろう。だからこそあの札を無理にでも渡さなければ等と思い込むのは杞憂であり、無駄な思いのようだ。私は心の中で思いっきり、釈然としないため息をついておく。
「分かった。あんたが馬鹿。ということで、とうとうって呼び方はどうにかして」
「えー、いいじゃんとうとう。俺も呼ぼ。とーうとう」
「アルカード君はセンスあるかな。とうとう。最高の響きかな」
「とうとう」
「とうとう」
うっっっっっっっっざ。
「アルカード、お前はダメ。晴日はいいよ」
「差別だ」
「分別です」
こいつに言われるのは道理に合わない。
「それで、最初の質問に戻るかな。二人は付き合っているのかな?」
「晴日。言っていいことと悪い事があるのは知っている?」
「そ、そこまで秘密にしたいってことかな?」
「そうなんだよ。俺達秘密の関係なんだ。雨月のことも秘密にしておくから、このことも秘密にしてよ」
「おい。話を拗らせるな。私とアルカードはなんでもない。ただの友達」
「えっ、友達だったの?」
素っ頓狂な声でいうアルカード。これは本当に驚いている顔なのだろう。
「・・・・・・なに? 恋人だと思っていたの?」
「いやストーカーと思われていると思ってた」
「思ってたよ! いつも私の前に現れるし、粘着質だし!」
てか自覚あったのかい。
「・・・でも友達。なんだよね?」
「・・・・・・まぁ。うん。友達からね」
なんだか照れくさいので、ホールケーキの最後の一口をせがんで口に含む。結局ホールケーキは自分一人で食べきってしまった。これで今日は腹の虫が治まる事だろう。
「バカップルっぷり見せつけられているこっちの身にもなってほしいかな」
「どこがバカップルだ。ストロー二つで飲み物も分け合ってないでしょ!」
「いやいや・・・まぁ本人が否定するなら別にいいかな」
したり顔で雨月に言われた。どこをどう見てバカップル発言なのかはモヤッとする。隣の男はバカップルという単語に喜んでいるのか、それとも友達という事実に喜んでいるのか、ニヤニヤと玩具を貰った子供のように楽しそうだった。なんだろう、やっぱりこの一件については釈然としない気持ちで一杯であり、これが恋愛感情ではないことだけはハッキリと宣言できた。
そのうちこの感情も無色になると思うと、どこか寂しい気持ちもあった。




