秘密の共有は墓場まで⑦
私は呪われている。呪具であるシュシュを外せば、私の身体は透明になる。それは軽度な呪いで、呪いが進行していくと、周りのものまでもを透明にしてしまうのだと言う。私はそこまでは進行していないが、そのうちそうなるのだろう。現在の進行度では私に対する全てを透明にし、消し去ることができる。だから私とアルカード間で交わされた誓約は透明になって消えた。誓約は反故にできないが、これは私だけが使える裏技のようなもの。だけど反故にした誓約がどこかで誰かに制裁を加えているかもしれないので、おいそれと使ってはいけのないのだと。
「さてさて、俺の大切な人を傷つけた貴様をどうしてくれようか」
保火がアルカードの力で青い火に包まれて燃えカスになったのを見届けてから、奥にいる怪異に向けてアルカードは言う。大切な人ってそんな大それた言い方はどうかと思う。私はその程度ではキュンともミキュンともしない。私は言葉よりも態度派なのだ。だから、助けに来てくれただけで、アルカードには感謝しきれない。
「どうもくそもねぇ。お前殺すよ」
「殺す? はーっはっはっはっ! 誰にものを言っているか。俺はお前よりも強い。だからこそ俺を恐れ、逃げ隠れしているのだろう? 吸血鬼もどき」
「吸血鬼もどき? えっ、こいつって狐憑きじゃないの?」
これから動く腕で、狐憑きにできる対処でアルカードの補佐でもしようかと思っていたところだもの、狐憑きじゃないと知って衝撃を受けるのも当たり前だ。
「狐が吸血鬼になったと言えるな。名を教えてやったらどうだ?」
「黙れ黙れ」
「名をも名乗れぬ礼儀知らずというわけだ。だからお前など吸血鬼もどきで充分だ」
雨月晴日の姿をした吸血鬼もどきとやらは、猛烈に気分を害する邪気を発し始める。アルカードがこの場に現れた事で、さきほどの生半可な邪気とは違う、気絶以上に至る邪気だ。邪気払いの札が一気に朽ちていく。たま様がいればこういうのは防げるはずだけど、今は召喚ができないので、当初の通りに、私は危機的状況だ。
アルカードはそんな気を受けてもものともしていない。流石は怪異の中でも最強種だ。そんな感心している場合ではない。
「灯命」
「なに? ちょっとかなりヤバい状況なんだけど」
なんとかしようと制服の中に入っている札を探しているが、役に立つ札はとくになかった。
「命に順列をつけるな。そう言ったな?」
「言った」
「では、そうするぞ」
アルカードは昨日公園で出していた刀を掌から抜き出して、また目に留まらない速さで駆け、吸血鬼もどきを袈裟斬りした。アルカードの言った言葉の意味を理解するのには早すぎる時間だった。まだ私は吸血鬼もどきを祓ったのだと言う事しか理解できていない。
「無念」
吸血鬼もどきはそう言い残すと、青白い炎を纏って灰となって散った。それを見届けると、私達は元居た十字路へと戻された。日は完全に落ちて夜になっていて、月明りは少なく、街灯がやけに眩しくあたりを照らしていた。
「も、戻った?」
「あぁ。体に大事はないか?」
「・・・・・・・うん、ちょっと邪気に当たりすぎたけど、大丈夫だよ」
「分かり切った嘘をつくな」
折れた腕は痛みさえも感じないし、邪気に当たりすぎて朦朧としているし、事が終わったので気が抜けて反動が返ってきているのが顔に出ているだろう。本音を言えば、もう立つことさえもままならない程に疲弊して、今にも眠ってしまいたい気分だ。
「雨月さんは・・・」
「死んだ。気にするな、自殺志願者を止めるのは簡単ではない」
「・・・・・・どういう事?」
地面に倒れこみそうになりながら訊ねる。見兼ねたアルカードは今日二度目のお姫様抱っこをしてくれる。ふ、不甲斐ない。
「言っただろう、雨月晴日には邪気があったと」
「それは呪符の話なんじゃないの?」
「呪符? あれは二乗院の呪力が込められているだけで、邪気は殆どない。俺が言っているのは、雨月晴日自身から発せられていた邪気の事を言っている。あいつは灯命に危害を加えようとしていたからな」
ファミレスから出てからそんなことを言っていた気がするけど、どうしてクラスメイト同士で危害を加えられないといけないのか。
「どうして雨月さんが私に危害を加える必要があるの? 呪符を渡さなかったから? それにしたら後先を考えてなさすぎるよ」
あの状況で私に危害を加えるなんて、クラスの全員から敵対認識されるし、アルカードもそうだが、クラス代表の蝶番井が黙っているはずがない。その場で極刑にされるに違いない。もしかしてそれが自殺志願ってことなのかな。
「後先を考える余裕がなかったのだろうな。あいつの身体は病に蝕まれていた。先天的だか、後天的だかかは知らないが、不治の病であるのは確かだ。呪物を集めるのは、その病を治すための行いなのだろう」
「そんなの知らない。だってそれだったら噂にでもなるはず」
「それは雨月の手腕の見せ所なのだろうな」
雨月はそんな素振りも、身振りもしなかった。私でさえ隠し通すのは難しい、クラスの人間の幾人かは気がついている人はいる。それなのに噂にもならなかった。雨月晴日という人間は隠し通すという分野においては秀でている存在だったのだろう。
「アルカードは凄い洞察力だね」
「まぁな」
「ちょっとは謙虚になりなよ」
「ふっ。本当のことを言われたまでだ。それに・・・・・・灯命に言われたのだから、素直に受け止めるのが心意気だろう?」
「変なの・・・」
お姫様抱っこが、無き記憶を呼び覚まし、まるでゆりかごの上にいて、アルカードの甘美な声が子守歌に聞こえ、私は安心して瞼を閉じた。




