親睦会は金欠には厳しい
「ねぇねぇ結局転入生とはどうなったの?」
ひどく消耗した登校から、二時間程度、一限目が終わり、休憩時間に入ったところで、クラスメイトの一人、霧切栖 とありが目を輝かせながら訊ねてきた。
霧切栖とは一年時に仲良くさせてもらっていて、二年に上がってからは、適度に話す程度に仲良くしている。まぁ所謂、一年時に仲が良かったグループメンバーの一人。
私と似たような性格で、噂好きで、不備を嫌い、その場当たりではなく、情報を糧として洞察し、行動する狡猾さを兼ね備えた性格。決して自分をそう解釈している訳じゃない。霧切栖がそういう性格なのだと一年を通して知っているだけだ。
「どうなったって? なんでそこまで気になるのさ」
「昨日いきなり転入生に暴行したのに、朝から一緒に次女様と転入生と登校してくるんだもん。そりゃあ誰だって気になるよね。ねぇ嘯木」
「ん? あぁ。一応はな」
私の後ろの席で読書をしていた嘯木芽吹樹にまで声をかける霧切栖。確かにクラス中から針の筵になるほど見られているのは自覚していたが、まさか霧切栖が訊ねた瞬間に、クラス全員の視線を独り占めするとは思ってもいなかった。皆、何かに没頭している振りをして、さりげなくこちらを見ている。そういう視線には私は敏感なのだ。
「それおれも気になるわ~」
霧切栖が崩した均衡が更に崩れていく。今度は左隣の席の土御門黙過が話に入ってくる。こいつは面倒だ。クラスを見渡すと、蝶番井と四月一日がいなかった。普段は話しかけてこない土御門が話しかけてくるなんて珍しいと思えば、こういうことか。
正直に話すのは億劫だ。この土御門には隙をみせるのは好ましくない。アルカードと親睦を深めて最終的には週一で接吻をするのが目的になったよ。なんて大っぴらに言える訳がないが、アルカードと親睦を深めるくらいまでは言える。言えるのだけど、派閥争いに巻き込まれそうな予感がひしひしと感じる。
このクラスには派閥がある。筆頭としてはこの街の権力者蝶番井派閥。古来陰陽術の家柄、旧支配者土御門派閥。大海離島の寵愛を受ける家系、東谷風派閥。クラスを動かす大きな派閥はこの三つ。私や霧切栖は小さな仲良しグループで、政治的なグループではない。
蝶番井のグループは、蝶番井があの調子なので、敵を作りやすく、土御門派閥とは犬猿の仲である。ここ数日私は蝶番井グループと仲良くさせてもらっているので、土御門としては急な派閥拡大に内心穏やかじゃないのかもしれない。私如きが、派閥拡大になるかは知らないけども。
土御門は私に興味があるわけではなく、アルカードに興味があるのだ。私は外から来た人間に興味を示すなんてことはしないけど、土御門は悪食で、毒を食らわば皿までと言った性格だ。だから私を使って、アルカードへのパイプを繋ごうとしているのだ。正直私としては、アルカードの興味が土御門にいってくれてもかまわない。解呪なんて棚から出た牡丹餅であり、あの癪に障るアルカードと関わらないでいれるならば十分だ。
「相手が仲良くなりたいんだってさ」
「え? 灯命ちゃんがぶったのに? アルカード君はマゾなの?」
「いやぁ・・・打ったのは不可抗力というか、相手が悪いというか・・・」
「歯切れの悪い回答やなぁ。でも転入生が骨茱と仲良くなりたいのは納得やな」
「納得って、なんで?」
「だって骨茱はD組の連中と知り合い多いやん? 物部に不安原に鳴闇。あいつらと関われているのって、この学校の教師とクラス代表を除いて、骨茱ぐらいやろ」
物部とは旧知の仲であるが、他の二人は、事のついでで関わったことがある程度だが、関わった時点で特別扱いされるのがD組の人間。彼らはほとほと人間に興味がない。物部が特別で、他のD組の人間は人との繋がりが稀薄だ。
「確かに、灯命ちゃんは顔が広いよね。いつの間にか知り合いになっている子もいるし、友達百人できるかな? の実績を解除しようとしているんだよね」
「そんな大それた実績は解除できないよ。私はただ、少しでも皆と話がしたいだけだよ」
陰陽師という策謀士の反面、怪異との戦闘に矢面に立つ仕事柄、学生という立場でも、命を落としかねない。だからこそ、いつか命を預けたり、預かったりする立場になる、内にいる人間との関係は良好にしておきたいし、少しでもその人間の事を知っておきたいのだ。
「じゃあ、骨茱さんがアルカード君を殴ったというのはデマかせという訳だね?」
ずれた眼鏡を戻しながら嘯木は問うてくる。どうやら嘯木は私が暴力を働いたことに興味があるらしい。
「デマじゃないけど、当人間で解決してるから、あんまり悪い噂にはしないでほしいかな」
出合頭に顔面を打つ女だと認識されてしまっているけど、お互いの間で解決済みにしておこう。そうすれば、これ以上悪い方向へといくことはないだろう。
「別に僕はそんなつもりじゃない。むしろ骨茱さんが手を出したっていう異常性に心配しているだけだよ」
嘯木は済ました顔で心配しているアピールをするが、この男の言葉を七割信用してはならない。彼は本心を話すことは一割もない。適当と嘘と真実を織り交ぜて、それっぽい会話を作り上げるのが上手いのだ。彼の一言一句の行間を読むのは苦労する。なんせ行間を読んでも、それが真意ではないのだから。ある種怪異よりも恐怖だ。
「私も感情を携えた人間ってこと」
「何を当たり前の事を言っているんだい?」
こんな風に! 人を小馬鹿にするのが大好きな眼鏡君なのだ!
「嘯木の事は置いておいてさ。仲良くなりたいって、どういうことなの? 恋愛面ってこと!?」
「僕の事は放っておいてくれ」
「恋愛面じゃなくて、友達だよ」
「えー、つまんないね。じゃあとありも、アルカード君と仲を深めたい。灯命ちゃん紹介してよ。中を深めるってことは一緒にお昼食べたり、下校したりするんでしょ?」
「し、しないんじゃないかなぁ・・・多分」
「えぇ~? じゃあどうやって友達になるの?」
「それは・・・」
蝶番井に仲を深めろと釘を刺されたが、私としては俄然乗り気ではない。だからここで具体的な提案は出せないのが心情。
「親睦会をします」
突然降って湧いたような声は山田。人斬りの達人は、気配を殺すのも達人なのか、いつの間にか、私たちの輪に入っていた。
「親睦会って? D組の人間の親睦会ってことか?」
「そうです。アルカード君は、召喚術にも秀でているので、私達B組との交流も兼ねて、お嬢様が場を設けました。日程は本日が週末ということと、アルカード君が休日に予定があるので、本日となりました」
ぐおおお、あのお嬢様が勝手にアルカードと私を近づけようとしてくる。嫌がらせか、もしかして昨日の事を根に持っているのか。だとしたら相当に小狡い悪役令嬢様だ。とりあえずお金がないとかで、一回断る体をみせてみるか。
「強制参加じゃないよね?」
「えぇ、お嬢様の提案ですので、金銭面の心配をしなくてもいいですよ」
「う、うん。それは良かったぁ」
退路を断たれたので、笑顔を作っておく。
「では、急ですが、参加する方はこの用紙にお名前を」
山田から参加用紙を渡されて、いの一番に書けと圧をかけられる。どうやら私はもうクラス政治の渦中にいるみたいだ。




