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消えるラブコメ  作者: 菅田原道則
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知らない笑顔にご用心

「さてさて同行の許可もでたし、ずっと気になって仕方なかった事を訊いてもいいかな?」

「どうぞ、好きにしてください」


 蝶番井から梯子を外されたので、もうこの男に抵抗したところで、意味もないのだろうと確信した。だから嫌々顔を表に出さずに言ってやる。


「透明になれるのはどうして?」

「なれるからです」

「透明人間なの?」

「そうとも言います」

「呪いを受けてそうなったの?」

「かもしれませんね」

「・・・俺、何か嫌われるようなことをした?」


 ツンケンしすぎた答えに、ようやく自分に非があるのかもしれないと思ってくれたようだ。


「どうでしょう? 例えば、親しき仲でもないのに手を舐めたり。例えば、人のことを暴力女だと吹聴したり。例えば、朝一番から女子の家の前で待っていたり。例えば、人の話したくないことを根掘り葉掘り訪ねてきたりしていないのであれば、嫌われてないんじゃないんですかね?」


 これまでの行いと、言ってやりたいことを蝶番井のチクチク言葉の如く羅列してやる。これでハッとした表情で気が付かないのならば、相当な鈍感野郎だ。


 アルカードは笑顔を固めながら次の言葉を探している様子だった。蝶番井も勝手にしろとのご様子で、アルカードと私に関わらないようにして、先導するように先を歩くだけだ。


「ある男が言いました。隣人を愛せよと。俺はその言葉に感涙した。他人の幸福を愛していいものだと、他人の幸福を奪うのは自己愛だったのだと。だから俺は他人の不幸を幸福へと変える為に日々を過ごしている。灯命は相当な不幸を背負っているから、俺は引き寄せられたんだ」

「つまり個人的な慈善活動を私に押し付けている訳ですね」

「んー、そういう見解もできるね」

「私が不幸を背負っているから。透明人間に呪われたから。怪異達に魅入られ易いから。助けてあげる。ってことですね・・・・・・あまりナメないでもらえます? 私の不幸は私の不幸だ。何をかってにアンタのモノにしようと、分かち合おうとしてんだよ! この呪いは私が私に科した呪い。他の人に迷惑をかけたとしても、私に返ってくる呪いなんだ。アンタが他人の幸福を愛するのは勝手だけど、それを私に押し付けてくるな。私が不幸か幸福かどうかは私が決めるんだ!」


 肩で息をしながら、最後のほうは感情を剝き出しにして、久々に喧嘩腰で言葉を吐いてしまう。それだけアルカードの言葉が癇癪に触ったのだ。


 蝶番井が歩みを止めてため息をついている。私が感情的になったせいで、朝から和気藹々とした話し合いなんてできないと踏んだのだろう。私だって怒りに身を任せて言葉を投げかけるなんて楽なことはしたくなかった。でも、それでもアルカードは私の大事な部分に土足で踏み込んできたのだ。


 怒りの感情が露呈した強い目つきでアルカードを見ていると、アルカードはここで初めて笑顔ではなく、叱られた犬のように眉をひそめて、くしゃっとした表情になっていく。


「すまない」


 ポツリと呟いてから、深々と頭を下げた。それは初めて見せた顔で、演技でもなく、芯を打たれるような申し訳ない表情だ。


「灯命を不幸だと決めつけていた。君が幸福なのならば、俺はそれでいい」


 あの空気の読まなさのあたり、鈍感野郎だと思っていたけど、意外な素直な一面もあるようだ。理解して謝ってくれるならば怒りも嚥下していくというものだ。


「わかってくれたならいいよ。でも間違えないでね、私は幸福じゃないよ。じゃなかったら透明人間じゃない。かと言って、不幸でもないからね。普通だよ」

「普通?」

「そう普通。透明人間なだけで、それ以外はこの街では普通。平々凡々な女子高生」


 この街では犬も歩けば呪いにかかる。のは言い過ぎだけど、呪いにかかっている人はある一定はいる。昨日だって怪異が発生しているのだし、日常的には、そういった非日常が日常なのだ。だから同情なんて犬の餌にもならない。


「灯命。俺がその呪いを解呪できる可能性があると言ったらどうする?」

「どうするって・・・そりゃあ、できるならば、やってもらいたいけど。絶対無理だよ」


 非日常のベテランが集まるこの街で十年以上呪いが解けていないと言うことは、それは一生のお付き合いか、時間が解決してくれるのを待っているお手上げ状態のどちらかだ。私は進行を遅らせつつ、一生のお付き合いだ。


 というかさっきから呼び捨てじゃない?


「俺は吸血鬼だ」

「うん。そうだろうと思ってた」

「吸血鬼は血を吸う」

「存じ上げてます」

「血も吸うが、精気も吸うのは?」

「一応そういった説もあるのは知ってる」

「では負を吸うのは?」

「不勉強ながら」

「精気というのは正しい気でもあり、+の気だ。+の気が多い人間は幸福であり。吸血鬼はそれを糧とする。反対に-の気、邪気もある。邪気は不幸の源で、それらが怪異や呪いに転ずる。俺はそれらを吸うことができる」

「えっと、じゃあ今も必要以上に追っている理由は、私の不幸を吸おうとしているってこと?」

「そうなるかな」


 そう言われると、今までの行動に辻褄が合う・・・合うが、出合頭に傷口を舐める行為は納得できない。確かに再三確認されても断ると思う。


「それだけで治るものじゃないと思うんだけど」

「うん。それだけじゃ治らない」

「普段は手を出さないんだけど、今日も叩いていい?」


 至極まじめな話なのに適当吹かれて、平手をかかげる。まだ咄嗟に出てないあたり、アンガーコントロールはできているだろう。


「まぁまぁ落ち着いて。人間に満腹中枢があるように、吸血鬼にもそういった機関が備わっているんだ。例えば、塩も過剰に摂取すれば毒になるように、正も負も過剰に摂取すれば、身体に悪影響を及ぼす。さらには自身の身体だけじゃなくて、周りにも影響を与え始める。これは吸血鬼という知的生命体の中でも最強の力を持つ者のデメリットでもあるね」

「私の呪いが強すぎるから、ちょっとずつしか呪いを吸えないということね」

「そう! 灯命は聡明だね。それで血だと頻繁に吸わないといけなしい、血と同時に吸うと灯命の体調にも関わる。だから週に一回で済ませられる粘膜接触といこう。高校生という青年な立場から淫らな粘膜接触以外でことを済まそうと思うんだけど、どうかな?」


 ん? 何かふしだらな単語が耳に入った気がする。それを確認するために。


「ごめん。もう一回簡潔に言ってもらっていい?」

「簡潔に・・・俺と週一でキスして」


 自分がイケメンだと自覚している男が、異性を落とすための笑顔だ。その大人びた煌びやかな笑顔の中に無邪気さもあり、この街以外の普通の女子高生ならば、百人中百人が意中に落ちるだろう。だが私はこの街の普通の女子高生。この笑顔は知っている。


「だ」

「え?」

「い! や! だ!」

「ど、どうして!? 灯命の呪いが治るんだよ。そうすれば、もう昨日みたいに危険に冒されることもないんだよ」

「どうして? 最初に戻ってあげる。あんたと私の間には絆や信頼関係がなりたってないから! そんな赤の他人に唇を差し出せだ? 私はそんなふしだらな女じゃない!」


 呪いが治るのならば、それに越したことはないけど、この男の自己満足に付き合って、唇を差し出すのが我慢ならない。私は至って冷静だ。深呼吸を何度もしている。そう冷静だ。


「じゃあ、これから作っていけばいいじゃない」


 登校している生徒がちらほら見受けられるようになった通学路で、流石に悪目立ち始めた私達を見兼ねたのか、黙っていた蝶番井が口を挟んだ。


「そうだよ。そう俺達は今から知り合っていけばいいじゃないか。蝶番井は良いことを言うね」


 なんで蝶番井は苗字呼びなんだろう。そんなことはどうでもいい。


「蝶番井さ」

「いいわね?」


 ギロリと有無を言わせない凄味がある目つきで、柔和に笑っている。私は出かけた否定の言葉が胃へと落ちていくのを感じた。私はこの笑顔の蝶番井のことを知らないので、子犬のように従うしかなかった。




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