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消えるラブコメ  作者: 菅田原道則
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恋は盲目と言われており

 最低最悪が昨日であるとすれば、今日はそれを更新する日なのか、平均的に平凡で且つ最悪な日なのかは、頭を猫パンチで叩かれて起こされたことは、暫定するのには悪くない条件だと思うのは早計だろうか。



「たま様、痛い」

「なんじゃ、起きてからボーッとしておったから、叩き起こしてやったんじゃろうがい」



 ありがた迷惑な老害猫だことで。



 朝七時十五分。アニメ声の目覚まし時計よろしくな猫に叩き起こされてから十五分経っていた。簡素な机に置かれた携帯を開くと、メールボックスに新着メールが一件届いていた。



 送ってきたのは兄であった。メールの内容は直近での私の体調面の心配。姑のような小言。小言。小言。小言。悪口。小言。最後にツンデレの権化のような甲斐性な一文。いつも通りな心配性な兄のメールであった。



 いつも通りに適当に返して、最後に悪戯なハートマークでもつけておいてやる。大体本当に心配ならば、顔でも見せてくれればいいのに、うちの兄はそんな殊勝なことはしない。仕事と家庭がどちらが大事だと問うたら、迷いなく仕事があっての家庭と答えるタイプの男。



 殴り合いの喧嘩なんてしたことはないけども、口喧嘩なんてしょっちゅうしていた。大体感情的になった方が負けるし、どちらもへそ曲がりだから、収拾がつかなくなって、物部が事を収めてくれるのが一連の流れだ。兄妹喧嘩の仲裁もできる物部はなんと器量ある人物か。



 兄のことは苦手だとか、嫌いだとか、そんなんじゃない。たった一人の肉親で、たった五つ違うだけで、妹の世話をして、小学生低学年から大人にならなければならなかった人を嫌いになれるわけがない。私は薄情者じゃない。



 かと言って、大好きだとか、ブラコンだとか、そんなこともない。ただ普遍的な兄妹だ。



 さて、経済的支援を行ってくれている兄に対して、礼儀礼節、面子槓子も立てて跳満くらいの余剰金があることを追伸してから、ようやく携帯から目を離す。



 定型文に近い文だったので、身支度に朝食も片手間に作れてしまうのであったのだ。携帯に目を落としながら器用にもできるのは特技と胸を張っていいのかどうか。しかして、現在の日用的には重宝している。



「いただきます」



 失敗した自家製のパンを頬張ると同時に、たま様が机の上に置いてある、たま様用の朝食を箸を使いながら食べ始める。猫が箸を持って食べている光景は実に奇妙なのだけど、もう慣れた。



 ねっとりとした食感を味わった後に、味変をするためのシロップをかけようとしたところ、インターホンが鳴った。



「なんじゃ、朝っぱらから失礼な奴もいたもんじゃの。それとも何か、家賃でも滞納したのか?」

「する訳ないでしょ。してたら朝ごはんなんて食べてないよ」



 どっこいしょとの、おじさんっぽい掛け声と共に立ち上がって、玄関のドアスコープを覗く。魚眼レンズには昨日の夜ぶりに出会った白人男性が立っていた。



 冷汗が湧き出た。いくらイケメンでも、昨日の逃走から、半日も経っていないのに、自宅を突き止められて、玄関先にいる男に冷汗をかかずにいられるか。それに私は、自宅に辿り着くまで、誰にも視認できなかったはずだ。



 アルカード、彼の異能か、それとも術か、何かを使って、私を追跡したのは確定している。本能的にも、風説的にも興味を惹かれてはいけない人間なのは理解していた。だが、こうして彼は玄関前に現れてしまった。



 どうにかして退散させたい。どうしても関わり合いになりたくない。家を間違っていますと言ってやりたいが、そんな嘘は玄関に飾られた表札が真実を露わにしてくれている。



 では居留守を使おうかと言う手段に出ても、今日は休日でもなく登校日である。無遅刻無欠席を誇る私は、その矜持を易々と捨てられない。このまま玄関で待たれるならば、裏の窓からこっそりと出て登校してしまうか。それがいい、そうしよう。



「おはよう」



 行動を決意し、ドアスコープから目を離そうと決めた時、赤い瞳がこちらを明確に捉えながら、そう言った。



 今度は体が硬直する。明らかにこちらに人がいる物言い、というか朝の挨拶。爽やかな表情で言ったが、脂汗のせいで爽快感はない。いますぐにシャワーをしたいくらい、嫌な汗を流したい。



「あれ? おーい。俺だよ。二年D組のアルカードだよ」



 まるで目が合ったのに、無視をされた人間が言う言葉を、ドアスコープ越しにいう人間がいるとは。



 目が合ったのはこちらの勘違いである。そうに違いない。そうであってくれ。だから、これ以上玄関前で不審者のような行動を起こさないでくれ。私の平穏を侵さないでくれ。


 

 祈るように思っていると、アルカードの後ろに人影が写った。


 ストレートに降ろされた黒髪に、唯我独尊を地で行くのが趣味だと言える立ち振る舞い、アルカードが美麗だとすれば、この女性は端麗。目を引く美しさはないが、目を引かせる圧はある。だからこそ、私はその二人がドアスコープ越しに現れて、目が離せないのだろう。



「迎えに来たわよ。骨茱さん」



 蝶番井稟慈はアルカードに一瞥もくれずに、まるで事前約束をしていたように言い放った。



 この助け船は泥船か、それともノアの箱舟なのか。どちらにせよ乗ったらタダでは済まない船だろう。しかし、アルカードと関わるよりも、和解を成し遂げた蝶番井と登校した方が遥かにマシだ。乗っかろう。



「う、うん。すぐ準備するから、ちょっと待ってね」



 押し殺した声になって、猫なで声のような声で答えてしまって、更にぶわっと冷汗をかいたので、鞄に入れてあったボディーシートで体を拭いてから、制服に着替えた。



 たま様はいつの間にか、食器を流し台に片付けてから外出していた。



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