つり橋効果だよ諸君
助けて。この顔面ぐちゃぐちゃ頭部が、こちらへと向かいながら、私に対して最初に発したのはSOSだ。
それに返す言葉はない。現在進行形で直面していて一番大事な事項がある。この頭部に助けるか助けないかは二の次。まずは、どちらが本物の――あるいはどちらも偽物の可能性がある、アルカードなのかということだ。
しかし、問題を解く前に、問題を積み重ねられると、凡人な私の脳みその処理能力には限界がある。人間本当に辛いことに直面した時、楽なほうへといきたくなる。どんなに身体を鍛えていても、心を鍛えていてもだ。
「どう、助けるの?」
問うていた。問題に解答してしまった。それが楽だったから。私は逼迫した思考に少しでもゆとりをあげたかった。それに逃げ隠れするのが嫌いだったからかもしれない。
「血」
頭部は血を求めた。そのチが血液だと理解できたのは、アルカード・ウラド・ラキュラという名前のおかげだろう。名前の要素にすべて血を吸う鬼、吸血鬼の要素が入っているではないか。本名なのかも怪しいが、今は問題ではない。
私は右手に貼られていた絆創膏を力強く剥がして、痛みに顔を歪める。まだ癒着していなかったのか、傷口からじわりと血が滲み始める。
「おい。お前まさか、助ける気なのか」
信じられないという顔で整った顔のアルカードが見てくる。それもそうだろう。もし、この頭部が偽物で、血を捧げた瞬間に私に襲い掛かってくる可能性だってあるのだ。
「助けるよ。助ける前に質問してもいい?」
「あぁ、構わんが・・・それよりも」
「助けたら、有無を言わさずに祓える?」
言葉を続けられる前に、私は質問する。これに私が思っているような回答を得られたならば、私は実行に移す。
「あぁ。祓える」
その言葉が欲しかった。滲み出た血を絞り落とすようにして、血が一滴頭部の口の上に落ちていく。
雫が口の中に入って、かろうじてあった喉が鳴ったように聞こえた。次の瞬間に、白い煙が頭部の喉から噴き出して、八頭身の影が目の前に出来上がる。
影が煙の中から、私に向かって勢いよく手を伸ばす。その手は明らかに私の喉を捕えようとしていて、これから私は傷を負うのだろうと確信できた。
しかし、その手は私の喉に届くことなく、灰となって消え去った。
煙が晴れると同時に、灰となったソレは霧散していく。
その奥にはアルカードが今まで持っていなかった刀を持っていて、振り下ろしたモーションから戻るところであった。
「なぜ俺が本物だと?」
霧散して、夜の闇へと消えていく灰を見ていると、アルカードがいつのまにか無手になっていた。一応面を食らったが、そういう収納術なのだろうと一人で納得しておいた。
「うん? 本物なんだ?」
「なに? じゃあどちらかが本物かも分からずに、奴を助けたのか」
「お恥ずかしながら」
「何か確証があったんじゃないのか?」
「何も」
「どちらも偽物だったらどうするつもりだったんだ?」
「その場合は式神を召喚して戦うだけかな」
たま様を出す準備はしていた。すでに血が口に入ると同時に式札を用意していたからね。
「いや、お前、攻撃に反応できていなかったぞ」
「それは・・・まぁ賭けに勝ったと言うことで」
実際にアルカードの言う通りで、喉に届く攻撃はくらっていただろう。ただ、その攻撃が喉を貫く攻撃ではなく、喉を掴んで、私を人質、もしくは血を直接吸うための捕獲のための攻撃であったから、初撃で死ななければ大丈夫であろうとの、楽観的予測であった。
アルカードは呆気にとられているようだった。判別がつかないから、自暴自棄になって害意のある方に助け船を出し、更にはそいつに人質か栄養補給されかけたのを賭けと言いのさばる。聞きようによれば、いや、どう聞いても、陰陽師の卵としては愚かだ。慢心と思慮不足。戦場で欠けて良いものではない。
「お前さては・・・」
それらを踏まえると、アルカードが私に対する、今現在妥当な評価を出す言葉が分かる。
馬鹿だ。
「面白いな!」
私は肩透かしをくらったのと、他愛ない会話で安心が襲ってきたのか、ズッコケそうになる。
「どこが!? 敵に塩送るなんて、単なる馬鹿でしょ」
「お前は俺が本物か偽物だともどちらでも良かったのだろ。群の繁殖の人間と違い、怪異の本質は個の楽だ。シェイプシフター、人に化ける怪異は群れない。お前を栄養素とした場合、取り合いが生じる。お前はそれを読んで、あれに血を渡した。なのにお前は馬鹿を装おう。面白い!」
勝手に誇大解釈されて面白い女扱いされたのだけれども。今日は疲れたし、早く帰って風呂入って寝たい気持ちになってきた。なので訂正するのも面倒だ。
「バレタカー」
「ふん。俺にはバレバレだ」
ここまで棒読みなのに、まだ見透かしているように語るのは、実は私は本当に馬鹿にされているのではなかろうかと、深読みしてしまう。しかし、話しているとそんな気はないので、アルカードからの善意な評価なのだろう。
「そうだ結界を解く前に、もう一つ聞いておくことがあったな」
この結界を張ったのはアルカードなのか、流石は特進クラス、陰陽術に関することは何でも卒なくこなす人間が多いことで。そんな特進クラスの人間でも、なんでどうしてと、凡人の私に訊ねたいことがあるらしい。
「どうして、透明になって逃げなかった?」
私はアルカードが言ったとおりに髪留めを外して、脱兎のことく逃げた。




