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消えるラブコメ  作者: 菅田原道則
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夜の公園は薄暗い

 結界の外から中へと侵入する時、世界がぐにゃりと歪んだような感覚を覚える。それは外から中へと入らせないために結界が人体へと、何かしらの不都合な何かが働きかけた証拠だ。人払いの結界の中でも人体へと危害がある結界だ。



 足を踏み入れた瞬間には何も感じなかった。だから害のある結界ではないが、それすらを感じさせない高度な結界の可能性も無きにしも非ずだ。



 どうして。なんて後で考えるんだろうけども、今はなぜか無性に、この公園の奥へと誘われる様に足を進めている。



 年月で塗装が剥げて、雨風に晒され、目の部分が錆びた像の滑り台がシンボルの第三公園。順番待ちになるであろう、イチゴとブドウがあしらわれた二つのブランコ。怪我人続出で撤去待ったなしの回転ジャングルジム。シーソーや鉄棒のアスレチックゾーンを超えると、サッカーや野球といった球技ができる広場へと出る。



 奥のほうにサッカーゴールが一つあり、手前にはバスケットゴールがポツンと一つある。人工物の明かりは無く、月明りだけがその広場を照らしていた。



 第三公園の中を歩いてきたが、血生臭くも、嫌な臭いも何もしなかった。音も臭いも何も変化がない。無である。だからこそ恐怖を感じる。自分のローファーが、砂利を踏む音も、風や虫の音もない。自然なものを不自然なくらい感じられない。



 公園に入る前、入った後、ずっとだ。本当に自分がここに地に足ついて立っているのかも怪しくなってくる。一体どこまで進めばいいのか、と、疑問が湧いてくる。



 そもそも私は、どうして・・・何をしているんだ?



 疑問を抱いた瞬間に、サッカーゴールがある方向から、何かが飛んできた。何かは弧を描いて、バスケットゴールの角に一度当たった後に、強く上方向へと跳ね上がり、私の足元へと、どちゃりと生暖かい飛沫をたてて落ちてきた。



 月明りでは足りなかったので、恐る恐る、携帯電話の明かりを向ける。



 それは頭部だった。獣や化け物のではなく、人間のだ。パッチリとした目は見る影もなく腫れ上がり、赤い瞳は充血し、真っ赤に染まっている。整った鼻筋は半分皮膚が剥げ、辞世の句を詠まんとする青ざめた唇。脱色したようだった白髪は、自身の血で斑に染まっていた。



 そう、これは今朝見たのに、見る影もないほど変貌したアルカードの頭部だ。



 饐えた液体が、食道へと込み上げてくるのが分かった。



「待て待て、吐くな吐くな」



 喉奥からこんにちわしそうになった時に、奥のほうから声がした。目の前の頭部ではない。奥の暗闇から、やっと気配というものを感じられた。



 私は言われたとおりに、口に手を抑えて、なるべく頭部を見ないようにするために、携帯の光を今度は奥の暗闇へと向ける。



 私は目を疑った。いや、頭を疑うべきだったのかもしれない。



 光を受け、暗闇の中から現れたのは、アルカードであった。それも前にある見るも無残な頭部ではなく、学校で出会った時と全く同じ西洋のお人形さんだ。



「ど、どういう事?」



 どういう事? なんて相手が素直に話してくれる訳がないのに、混乱している私は尋ねてしまう。陰陽師に必要なのは冷静さだ。現場の状況と判断。それらが一瞬でできないと、次の瞬間には命を落としてしまう可能性だってある。なのに私は愚かにも、それがアルカードであると信じて尋ねるのだ。



「どうもこうも、そいつは偽物だ」



 アルカードは私と対極にいるらしく、いとも簡単に説明してしまう。



 偽物? 確かに偽物かもしれない。怪異は同一の人間に化けることもできる。だから、偽物が本物の振りをしている可能性も大いにある。この頭部が本物のアルカードで、喋っているのが偽物だというのも。



 私の知能が見分けをつける。



「喋り方が違う」

「喋り方? あぁ、昂るとこうなるんだ。今朝のように振舞いたいが、ちょっと興奮気味でな」



 アルカードは私がギリギリ見える距離を保ちながら、そう返した。この距離は適切だ。いつでもたま様を召喚できる距離だ。アルカードはそれすらも見据えていて、これ以上進んでこないのかもしれない。



「まぁ信じなくてもいい。とりあえず、その頭から離れろ」



 情報の整理をしろ。必要な情報だけを取り入れて、真意を読み取らないと。さもなくば取返しのつかないことになる。悪い予感ってやつは、ほらみたことかと、起こってから的中するのだ。取返しのつかなくなる前に・・・。



 思考しようと、脳に施行した。だけど、目の前の光景が悍ましすぎて、思考を放棄してしまった。



 目の前にあった頭部が、ずりずりと、地面をずりながら――どういう原理で動いているのかは理解できないが、こちらへと這いずり寄ってきていた。



「もう一度言うぞ。離れろ」



 離れたくても足が釘付けにされる。こんな凄惨な現場に立ち会ったことがないから、いつも文字越しにしか凄惨な現場を知らなかったから。ここまで隠れずに恐怖を味わうのは久しいから、動けない。



「あ」



 這いずる音とともに、声が聞こえた。崩れた口から、漏れ出た言葉は、私を試す言葉だった。



「助けて」


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