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暗いと表現するにはその部屋はあまりにも暗すぎた。
完全な闇。
暗順応がどうだという話ではない。そこはただひたすらに、どこまでも続く暗闇だった。
無論それはあくまで比喩であり、部屋はそれほど広くはない。人が三人も寝転べば窮屈だと感じる程度の広さ。広くもなく、かといって狭くもない。
そこはあるマンションの一室だった。マンションの10階、102号室の玄関を抜けて風呂場の次にあるドアの先。窓の無い、そして照明のない部屋。廊下の光さえこの部屋には漏れない。隙間がない。抜け場がない。まさにそこは世界から遮断された空間だった。
その空間の主は若干10歳ほどの小さな少年だった。
少年は丸く、膝を抱えるようにして横になっている。胎盤の中で赤ん坊がするように。眼をしっかりとつむり(開けたところで見える景色は変わらないが)、微かな寝息とともに眠りについている。
少年がここに住まうまでこの部屋は書庫となっており、そこには大量の書籍が並べられている。どれも難しい内容の本ばかりで、どれも10歳の少年が読む内容ではなかった。読めたにせよ、この空間で読むことは適わないのだけれど。
本に囲まれるようにして少年は部屋の中央で眠っていた。しかし突然目を覚まし、うっすらと目を開いた。この部屋にはあまり音が漏れないような設備がなされているが、全て遮断できているわけではない。いつもは少年の息遣いくらいしか聞こえない部屋だが、たまに、頻度としては一週間に一回ほど、そこに騒音が走る。
闖入者。
スーツを着た身長が180はあろうかという大きな男だ。眼鏡をかけ神経質そうにいつも眉にしわを寄せている。名前は知らない。なので少年は男に『青鬼』というニックネームをつけていた。
青鬼とは少年が幼少時に見た少ない書物の一つに登場するキャラクターだ。怖い人相で凶暴。片手に鉄の棍棒携えている。
バタン、と強い力でドアが閉じる音が聞こえる。
来た、と少年は身体を震わせた。それからドタドタと床を踏み鳴らす音が聞こえる。次の事を考える間もなく、開錠の音とともにドアが開かれる。視界は何も映し出さない。廊下を照らす弱い明かりでさえ少年には眩しすぎた。
虚ろな眼で、戻ってきた視界をぼんやりと眺める少年は思っていた。
明るんだ世界はどうしてこんなにも恐ろしいのかと。
視界には少年が青鬼と称する男が立っていた。いつも通りだ。眉にしわを寄せ、仇のように少年を睨みつける。何に憤っているのか、何を憤っているのか、さりとて何に対する憤りもなくそれがデフォルトなのか、少年には分からない。少年に分かるのは襲い掛かる痛みと、行き尽いた諦観だけだ。
しかし少年には少しずつわだかまりが生まれていた。
それが何なのか、まだ少年には分からずじまいで。
その日もまた、青鬼は一時間ほどかけて少年を痛めつけた後、少年を残して部屋のドアに施錠をした。
再び遮断された空間で、少年はゆっくりと目を閉じる。
闇に溶けるように、馴染むように、沈むように。
希望のない終焉の夢を、今日も視る。