02:ケイトの推し生活 1
太陽が頂点に昇る時、天窓のステンドグラスが薄暗い教会を照らす。床に反射した色鮮やかなカーペットは、少女が舞えば美しいドレスへ様変わりする。この時間だけは舞踏会の主役になれた。
鼻歌交じりに軽々ジャンプすれば、歪んだ床に足を取られ膝を打ってしまった。
「うわっ!いたたたた……」
掌の土埃を払いスカートで拭う。薄い生地のドロワーズを汚したが、そんな事も気にも留めず立ち上がる。暇があれば走り回り、傷を作ってきたお転婆少女には日常茶飯事だった。
「お前またサボってんのか?」
振り返れば少し身長の高い栗色パーマの少年が、やれやれと肩を竦め少女の乱れた髪を整える。花が咲いたように笑えば頬を赤らめ視線を外す仕草は、惚れているなと少女は内心面白がっていた。少年は気まずさを払拭しようと喉を鳴らし、全くお前は、などと呟きながら視線を戻す。
「ジーナおばさんが探してたぜ、今日は芋の皮むき担当だろ?怒られない内に行ってきなケイト」
「ありがとうグレッグ!」
教会敷地内に併設された孤児院には、十人弱の子供が教会の手伝いをしながら生活している。時折近所の奥様方が料理や裁縫を教えに来てくれて、ジーナは若い頃メイドとして働いた経験から良く面倒みてくれている。孤児院の中でも恵まれた環境だと、ジーナは口癖のように説教中何度も口にしていた。
ケイトは常に笑顔が絶えない朗らかな少女だ。どんなにきつい洗濯だろうと重い荷物を運ぼうが、毎日幸せで辛い事が一つも無かった。周囲の評判は良く、いずれ屋敷メイドとして働き出すだろうと誰もが思っていた。
「ケイト!」
「ジーナおばさーん!」
「今日は魔塔からお客様がいらっしゃるから早く手伝いなさいって言ったでしょ!あんたまた――」
「はい!そうです!今からやりまーす!」
長くなりそうな説教を遮り元気よく返事すれば、ジーナもケイトに押されて許してしまう。炊事場は既に戦場と化しており、人の波をすり抜け外の水場に置かれた根菜の山を見上げる。他の子たちに挨拶し、腕まくりにエプロンの紐を直し気合を入れ作業を始め、無心で捌いていけばあっという間に料理を運ぶだけになった。
子供たちは綺麗な服に着替えると花を持たされ玄関前に集合する。お客様を出迎える準備が終わり一列に並ぶと、神父に連れられた若い男女が数人和やかに入ってきた。
「子供たち、魔塔からヨゼフ・カーニッシュ様がいらっしゃいましたよ」
「カーニッシュ様いらっしゃいませ!」
魔塔は魔力保持者を育成する機関であり、孤児院を訪ねては孤児の中から魔法使い候補を引き取っていた。魔塔で学び諸国行脚しながら修行する者や、国のお抱え魔法使いになる者、または町医者になる者もおり、ケイトはそのどれでもなく魔塔で働く事を夢見ていた。
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ケイト・フレミングは転生者だ。
転生前は日本の女子高生、津雲ミユキ。学校帰りの薄暗い道で、無点灯自転車に弾かれ後続車に轢かれた。思い出したのはケイト六歳、実を取ろうと木に登り足を滑らせ頭を打って気絶。強烈な夢見の悪さで汗だくになり、シャツは張り付き頭には包帯が巻かれていた。異世界転生した現実に狂喜乱舞したい気持ちを抑えつつ、全身痛いはずなのに天井に拳を掲げガッツポーズ。そう、ミユキことケイトはこの世界が『紺碧の聖女と白薔薇の皇子』だと知っている。
乙女ゲームやネット小説好きな友人に借りた、『悪役令嬢と聖女は仲良しです!カフェを開いたら超人気店になりました』の作者の新作である。通称『百合カフェ』は、婚約破棄された悪役令嬢が、性悪王子から逃げてきた聖女と二人でカフェを営むほのぼの百合ライフだ。百合ものは興味無かったがコミカライズならと読んでいれば、最終巻まで購入する程ハマっていた。
今作『紺碧の聖女と白薔薇の皇子』は異世界転移した聖女が呪いに苦しむ第一皇子を助け、愛を育むラブストーリーだ。最新話は、継母と裏で手を組んでいた魔女と――序盤は第一皇子と対立していたが解呪の手助けをするようになる――魔塔の主の息子が闘い、致命傷を負い死の淵を彷徨い亡くなる場面で終わる。
津雲ミユキには推しがいる。
魔塔の主、イライジャ・ルーンはミユキの最推しである。亜麻色の髪に蒼と黄のダイクロイックアイに惚れ、クールぶってるが使い魔が可愛い猫で甘党のギャップに落ちてしまった。彼には姉がおり、姉の死の原因が第一皇子にあると敵視していたが、誤解が解けてからは皇子の良き友人となる。
ミユキは考えた、最新話の死を回避する方法を。
プランA『魔法使いルート』側で仕えれば危急の事態に対応可能だ。しかしケイトの魔力保持量により、配属される先が下っ端の可能性もある。魔力保持量は言わば運、当てには出来ない。
プランB『メイドルート』帝国のメイドとして内部捜査等、内側からアプローチをしていく方向をと考えたが、一介のメイドが城内を自由に行動する事は不可能。無力なメイドなど即罰せられ運が良ければ追放、悪ければ死……。
結局原作が始まらなければ動きようもなく、空論で療養中の暇を持て余していた。
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